さらば!友情、さらば!わたしの恋(壱)
ついに松尾山の小早川が動く!美鳴ちゃんの勝利は確定か?
でも、ここで・・・。
黒々とした狼煙が笹尾山の石田隊から上がったのを見て、早川秋帆はついに決断した。
「先輩が助けを求めている!今、私が駆け下りれば、先輩の勝ち。さあ、みんな、山を駆け下りて、東軍を殲滅するわよ!」
「ま、待ってください!」
家老の平岡石見が慌てて止める。
「まだ、早いです。戦局を見てから効果的なタイミングで…」
「平岡!」
「は!」
「いくらなんでも、この状況は素人の私でも分かります。今がその時です」
(東宮院の奴め、なにやってるんだ!もう止めておけないぞ!5百万がパアになっちゃうだろうが!)
平岡は約束の金がもらえない結果になりそうで、がっかりする。だが、彼の目に松尾山の麓にその東宮院が派遣した徳川の鉄砲隊百人が、こちらに向かって鉄砲を撃ってくるのが見えた。パンパンパンっと散発する音がする。
(史実通りに催促の鉄砲か…残念ながら、この娘はそんな脅しでは動きませんよ)
平岡がそう思った時、秋帆のところにメールが届いた。ピロリぃん…と着信したメールを秋帆が開くと、自動的に添付された動画が流れ始めた。
「石田様、それはちょっとできかねます」
「え~。そんなこともできないの?他の業者さんならやれるのに」
「それは安全基準を無視するからであって、建物の耐震基準を考えると設計からやり直さなければいけません」
「じゃあ、設計をやり直してよ」
動画に映っていたのは、秋帆の父親。そしてその話の相手は、石田茶々。美鳴の義理の母親である。どうやら、例のマンションの建設のことで話し合っている場面のようだ。
「設計をやり直すといっても、すでに基礎工事は進んでいますし、今更変えるのは、費用の面で問題が…」
「あらあ、お金の面は問題ありませんわ。総額に上乗せすればいいじゃない」
「ですが、工事工程の半分で半金をいただかないと、私どもの会社も資金繰りが」
「ですから、設計をやり直して急いで半分までこぎつければ払いますわ」
「それでは、時間がかかってしまいます!」
父が言っていることは秋帆でも理解できる。労働者への給料や建築資材の支払いなど月単位で資金繰りしているのだ。この大口の仕事で工期が大幅に遅れたら、それこそお金が回らなくなる。
「あ~あ。何だか楽しくなくなっちゃったわ。せっかく、わたくしの好きなようにマンションを建てられるというのに。なんでこんな不快な気分になるの~」
「石田様、マンションは建てれば50年、60年も保つ資産です。価値を落とさない品質のものを建てることが、結局は石田様の思いに叶うこととなりましょう」
「なあに?お説教?わたくしが若いのでバカにしてるんでしょう?」
急に茶々が怒り始めた。
「わたくし、決めました!業者を変えます。あなたの会社なんかに建てて欲しくないわ!」
「えっ!それは困ります。それでは、私の会社の損害が」
「訴えればいいじゃない。でも、日本の裁判って時間かかるのよねえ~。賠償のお金が入るのは10年後かしら~20年後かもねえ」
秋帆の父親は茶々の前に土下座をする。
「すみません!それだけは堪忍してください。奥様のお好きなように仕事をさせていただきますから」
「なによ、今さら。前から思っていたんですけど、社長さん、あなたのネクタイの趣味、わたくし大嫌いだわ。センスが合わないのよねえ。主人が早川建設がいいなんて言うから、あなたのところにしたけれど、やっぱりイタリアの設計士に依頼した方がよかったわ」
「奥様、今、契約を解除されてはわたしの会社が潰れてしまいます。それだけはご勘弁を」
「あらあ…。そういえば、社長さんの娘さんもアナスタシアに通っていたわよね」
「は、はい。アナスタシアの中等部3年で、もうすぐ高等部に上がります」
「うちの娘もアナスタシア高等部に通っていますわ」
秋帆の父親は、土壇場で光明が見えてきた。自分の娘と同じ学校に通っていることで、少しは情を感じて契約破棄などという暴挙は思いとどまってくれるかもと思ったのだ。
「石田様のお嬢様、美鳴さんでしたよね。とても優秀なお嬢様だそうで、アナスタシア始まって以来の秀才だそうで。ウチの娘も見習って欲しいと思っていました」
「わたくし、あの子のこと嫌いなのよね~。そんな娘と同じ学校に通っているなんて」
「いや、あの、それとこの契約の件とは別でありまして…」
「そうですわよね。こんな些細なことでヘソを曲げては大人じゃありませんわね。ほっほほほ…」
「は、ははは…冗談でしたか。奥様もお人が悪い」
秋帆の父は内心、(助かった…)と思った。セレブ奥様の気まぐれで会社を潰されたら泣くに泣けない。だが、茶々はそのように安心した人間を陥れる腹積もりであった。
「ほっほほ…ざ~んね~んでした!契約は破棄!とっとと潰れてしまえ!娘はアナスタシアから一般校へ通わせなさい。公立の授業料は無料だそうよ」
「そ、そんな~。奥様、どうか、考えを変えて…」
「し~ら~な~い~わ~。茶々、何だか眠くなってしまったわ。お昼寝に戻るからバイバイ。あ~、もう会わないわよね。さようなら」
「奥様~」
秋帆の父の悲痛な叫び声が画面から鳴り響く。
そして画面に一文字ずつ、文字が浮かび上がる。
これでも君は西軍。石田美鳴の味方をするのか?
父親の無念をはらすのは今しかない。
時は今だ!
バッドエンドの臭いがしてきた・・・。どうなる?目が離せない展開です。美鳴ちゃんは幸せになれるか?ここまで来て不幸になるのか?それは読者様が許さない?