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全力で戦う!それがわたしにできること(七)

戦い前に美鳴ちゃんが密かにしていた工作がやっと実ります。これで東軍はますます不利になるのですが、不意をつかれて主人公が狙撃されます。おい、美鳴ちゃんを泣かすとは、読者様の怒りのメールが来るぞ!

 細川ルシア珠希は、自室にこもって「戦国ばとる2」に没頭していた。今晩も兵5千を率い、憎っくき石田美鳴の陣に攻めかかったが、彼女の部下である蒲生、島の両部隊にうまく受け流され、四方八方から攻撃されて大混乱に陥り、退却し、同僚の黒田メイサと共に後方で軍の再編成を行っていた。


「美鳴の奴め。殺してやる!殺してやる!」


 ブツブツ言いながら、パソコンを操作しているルシアの部屋のドアをコンコンと叩く音がした。

「誰?」

「ルシア、僕だよ」

「ジョ、ジュルジュお兄様にいさま


 不機嫌そうなルシアの顔つきが一気に輝くような笑顔に変わった。大好きな兄が久しぶりに部屋から出てきたのだ。あの美鳴に振られてから、部屋にこもりきりであった兄とは、ほとんど顔を合わせていない。


「お兄様にいさま、もう大丈夫ですの?」

「ああ。ルシア、心配かけたな」


 久しぶりに見る兄、細川ジョルジュ忠人は、フランス人ハーフの王子様みたいな容貌は相変わらずで、妹のルシアが見ても惚れ惚れとする美男子である。


(ああ…お兄様って、本当にカッコイイ!王子様って言葉はお兄様のためにある言葉ね)


 ゲームでは阿修羅のような形相で敵を殺しまくるルシア珠希の悪鬼のような目は180度変わり、兄を見る目はハートであった。


(こんなカッコよくて、優しいお兄様をあの美鳴の奴は、傷つけた。信じられない!)


 兄の顔を見ると振られた痛手からは立ち直ったようであった。これでルシアは安心であった。今日から、兄様はまた以前のように自分の元に帰ってくるだろう。また、朝早く起きて、兄様のためにお弁当を作り、朝起こしに行き、駅まで一緒に登校し、帰りは兄様の学校まで迎えに行く生活に戻るのだ。


「ルシア、そのパソコン…。やっぱり、お前、戦国ばとる2をやっているんだな」

「お兄様」


 ジョルジュは妹のパソコン画面を見る。画面上では、妹の細川隊が石田隊と戦っている。


「美鳴ちゃんと戦っているんだね」

「はい、お兄様」

「ルシア、今更で悪いけど、美鳴ちゃんを助けてやってくれ」

「え?何を言っているの?お兄様」

「さっき、美鳴ちゃんからビデオレターをもらったんだ」


 そう言って、ジュルジュは、スマホの画面を見せた。そこには石田美鳴の顔が映し出されている。ジョルジュはそれを再生させる。


「しばらくぶりです。忠人さん。あなたのこと、ひどく振っておいて、こんな動画を送るなんて、わたしは恥知らずの自分勝手な女です。あなたの真剣な告白を真面目に受け止めず、あなたを傷つけてしまったことを謝ります。ごめんなさい。わたしは最近まで男の人を好きになるって気持ち分かりませんでした。だから、あなたの気持ちをこれっぽちも思いやることができませんでした。今なら分かります。人を好きになるって気持ちは素敵ですね。忠人さんがそんな気持ちでわたしのことを思ってくださったなんて光栄です。

 でも、わたしはあなたの気持ちに答えることはできません。わたしには今、好きな人がいます。今、その人と一緒に人生をかけて戦っています。だから、わたしは幸せです。忠人さんもいつか、そんな幸せを見つけて欲しいです。ごめんなさい」


(お兄様…改めて美鳴の奴に振られていますわよ!)


「お兄様を一度ならず、二度までも振るとは!石田美鳴、今晩、ここで抹殺してやる!」


 ルシアはゲーム画面に向き直り、再編した細川隊を前進させようとする。だが、キーボードを叩く手をジョルジュが掴んだ。


「ルシア!やめるんだ!これ以上、美鳴ちゃんの邪魔をするな!」

「お兄様…」

「美鳴ちゃんの今置かれている状況は、この風魔の小太郎とかいう奴のメールで知った。彼女はこのゲームで負けると大変なことになってしまうのだろう。そして、その彼女の邪魔をしているのがお前だと知って、僕は申し訳ない気持ちでいっぱいだ」


「そんな、お兄様。彼女はこともあろうに、お兄様の告白を無視して振った女です。妹として天誅を与えなければ!」


 バシッっと、ジョルジュはルシアの頬を叩いた。


「お、お兄様…」

「ルシア、目を覚ませ!美鳴ちゃんは、このゲームに勝とうとするなら、僕を振るどころか、付き合うとかなんとか言って、僕を抱き込み、お前を西軍にすることもできたんだ。でも、彼女はそれをしない。彼女の正直な気持ちに心が動かされないなんて、お前の心に優しさはないのか?僕の愛しい妹、ルシアなら兄の言っていることは分かるはずだ!」


 正直、ルシアは兄の気持ちを今ひとつ理解できなかったが、兄の望みは石田美鳴を助けろということらしい。


「分かりましたわ。石田隊への攻撃は中止します。でも、いきなり、西軍に寝返ることは現時点ではできませんわ」


 細川隊は現在、東軍の真っ只中にいる。急に反旗を翻しても無駄死にするだけだ。裏切りが戦局を変えるのに効果的な状況で行うべきだろう。ルシアは兄の命ずる通り、まだ、軍の再編ができてないと称して、東軍の北東方面の後方に下がった。


 本多忠勝隊を大筒で打ち破った俺と聡は、勢いに乗ってこの方面の東軍を散々追い散らした。総崩れで徳川本隊の陣取る地点まで退却する東軍諸隊。俺の島隊と聡の蒲生隊が、3千もあれば、東宮院の本隊に切り込み、徳川家康の首を上げていたかもしれなかった。残念ながら、兵力不足で、そこまで決定的な打撃を与えられない。


「畜生め!あと一歩なのに…」


 俺は全体マップを見て、ため息をついた。現時点では西軍が優勢である。だが、東軍8万に対して戦っている西軍は3万5千程度。決定打を与えるに至っていない原因であった。南宮山の毛利隊や、松尾山の小早川勢が戦いに加われば、間違いなく勝利するだろう。


(せめて、秋帆ちゃんが参戦してくれれば…)


 未だに動きがないのはどうしたわけだろう。彼女に何かがあったことは間違いなさそうだ。

そんな歯がゆい気持ちで指揮をする俺は、黒田メイサが、密かに少数の鉄砲隊を動かし、俺の側背に展開させたことを見逃した。一番の強敵の本多隊を蹴散らしたことで、俺の気持ちに油断があったのだろう。俺は考えもせずに進むと突然、鉄砲の音が背後から聞こえた。一発の銃弾が俺に直撃する。


「うっ!」


 打ち抜かれた俺は思わず、馬から転げ落ちる。画面が真っ赤になる。俺自身の見る光景も真っ赤に染まる。


(これはヤバイ!)


 HPは残り2だ。いわゆる重傷ってやつだ。不覚にも黒田メイサの別働隊による、1点集中射撃の餌食になってしまったのだ。


「惜しい!もう少しで島左近を打ち取れたのに!でも、彼は重傷よ。この機を逃すな!」


 メイサは黒田隊に命じて、大将が倒れた島隊を攻撃させる。有効な手が打てない島隊は一気に崩れて敗走する。


「だ、大介!」


 本陣で自軍の戦いぶりを見ていた美鳴は思わず、椅子から立ち上がり、フラフラと前へ進んだ。兵士が止めようとするのを振り払う。


「いや、いや、嫌~大介、大介!大介が死んじゃう~!」


泣き叫ぶ美鳴。


(おい、まだ死んでないって!)


 総崩れになる島隊であったが、ここは戦術の天才、蒲生聡が、巧みに島隊の混乱を収拾する。舞さんも2番隊を率いて突入してくる黒田隊を食い止める。さらに危機を察っした島津維新入道が、千五百の薩摩兵でもって黒田隊の横を突いたので、黒田隊はまたもや崩れて後方に退却するしかなかった。


 俺はかろうじて討ち死にをまぬがれて本陣まで下がる。美鳴が泣きじゃくりながら、運ばれてきた俺にしがみつく…。


(おいおい、そんなに抱きついたら、本当だったら痛いじゃないか!)


 戦国ばとる2は、バーチャリアルゲームで触感もリアルに再現しているが、さすがに痛みは再現してない。血まみれで倒れている俺だが、痛みがないからちょっと不思議な感覚である。だが、ケガをしている設定は変えられないので、俺は怪我の程度に合わせて現在は起き上がれない。


「泣くな、美鳴。まだ、戦いは続いている」

「だって、だって!」

「大丈夫。HPはまだ残っている。後方で休んでいれば、死ぬことはないさ。指揮はここでも取れる。聡と舞さんで、何とか挽回できそうだし。維新のじいさんもいいタイミングで突進してきた。西軍の優勢は変わらないさ」


 俺が流暢に話すので、美鳴の奴もやっと安心したらしい。確かにゲーム慣れしていない彼女から見れば、見た目重傷で倒れている俺を見れば、リアルで取り乱すだろう。ゲームで戦死したからといって、リアルで死ぬわけではないのだが、それだけゲームに精神がのめり込んでしまうのだろう。

 

 だが、いくら指揮はできるといっても前線で俺自身は戦えないことは事実だ。痛手であることには変わりがない。


(秋帆ちゃん、頼む…。美鳴を助けてやってくれ!)


 美鳴もここだと思ったのだろう。松尾山に向かって狼煙を上げた。本日、何度も上げた狼煙だ。美鳴の思いが込められた狼煙だ。


 


 黒々と上がったその狼煙を見て、東宮院是清は決断した。このままでは、東軍はこの関ヶ原の地を墓標にして潰える。自分自身も破滅する。


「松尾山に鉄砲隊と例のメールを小娘に送りつけろ!」


いよいよ追い詰められた東宮院是清。戦い前は自信満々であった彼も、美鳴ちゃんの仲間の団結力の前に敗れ去る運命にありそうですが・・・。

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