全力で戦う!それがわたしにできること(参)
霧が晴れて関ヶ原の戦況が徐々に分かってきます。序盤は西軍有利なようですが、南宮山は未だ動かず・・・。動けば、歴史が変わるのに・・・動かないです。
これじゃあ、石田美鳴ちゃんの運命が・・。
その安国寺恵弁護士は、朝から何度も山頂に使者を派遣して、山を降りるように進言している。だが、返事は同じであった。
「まだ戦機が熟していない」
の一点張り。もう最初の鉄砲の音がしてから半時は立っている。いくら素人だからと言っても、戦いが始まったことは理解できる。そして、この山に陣取っていても意味がないことも…。
「東宮院は昨日から株の買い圧力を高めています。今まではなんとか抑え込めていましたが、情勢不利と感じた大口株主が東宮院ファンドに株を売り始めています。このままではストンデングループの行く末に関係なく、毛利屋の経営権を奪われてしまいますわ」
そう安国寺恵は、吉川専務に直談判するが、吉川は、
「創業家と社員持株会だけでも、35%は抑えてある。過半数を超えて東宮院ファンドが株を取得することはありえない。君は危機感を煽って、浅慮な判断をしているが、そんなに簡単にことは運ばないのだよ」
「しかし、専務。今、この山を駆け下りて、東宮院こと徳川家康に攻めかかれば、彼を討ち果たすことは簡単でしょう。彼をこのゲームで倒せば、ストンデングループの買収失敗で、毛利屋どころではなくなるはずです。チャンスなんです!」
「ふん。君は法律のプロだが、経営のプロではない。さらにこのゲームでは、素人同然。このゲームに関しては、私の判断に従ってもらおう!」
そう吉川専務は冷たく言い放つ。この毛利軍団の指揮権は、彼にあるのだから、恵としてもどうにもならなかった。
(まさか…。彼自身が東宮院に取り込まれていたら…)
そうしたら、毛利屋は終わる…間違いなく、乗っ取られるだろう。東宮院是清の人なりを考えれば、黙って見逃すはずがない。
埓があかないので、今度は毛利元人のところへ使者を送る。元人も何度も問われて、正直、面倒になった。彼は1万6千の兵力を預かるが、最終指揮権は吉川専務にあり、また、山を降りるにも吉川専務の軍勢4千が邪魔で進むことすらできないのである。
「安国寺先生の言うとおりに下へ降りたいのは山々だけど、吉川専務の許可がないと無理だよ…。といっても、あの先生、納得しないよね」
元人は首をかしげて思案する。
「僕はちょっと、腹具合が悪いのでトイレに行く。戻ってきたら、出陣するって言ってやってくれ!」
そう家来に命ずると、彼自身は一旦中断して、本当にトイレにこもってしまった。安国寺恵が使者を送っても、
プレーヤーは一旦休憩中です。
とういうメッセージが流れるだけになってしまった。
史実では、毛利軍団を率いた毛利秀元は、安国寺恵瓊の再三の出陣要請に
「弁当を食べているから…」
と答えて、ついにはその理由で1日押し通し、参戦しなかった。
「宰相殿の空弁当」
と称されて、世の笑いものになったのであるが、トイレにこもって現実逃避した毛利元人も、ネットで
「嘘下痢宰相 トイレ超長い!」
と散々、馬鹿にされることになる。
霧が晴れてきた。すでに戦闘が始まった南西部の状況が桃配山の東軍本営にもたらされたのは、戦闘が始まって40分後であった。
「なんだ!これは!」
是清は予想外の戦況に驚きの声を上げた。南西部は西軍が東軍を圧倒していた。浮竹栄子は、1万8千の兵力を存分に使い、東軍先鋒の福島帆希を散々に打ち破っていた。
「引くな!逃げる奴はブッ殺す!」
相変わらず下品な口調で兵を激励するが、押されまくっている状況はどうにもならない。彼女自身が、攻撃力に特化していたため、福島勢は守勢に回ると非常にもろい一面があった。軍団のコントロールがきかない福島帆稀の軍団を、浮竹勢は右に左に引きずり回し、個々に分断して方位殲滅していくのであった。もし、藤堂魅斗蘭の3千が浮竹勢の横を突いて、救わなかったら壊滅していたかもしれない。
「ちっ!邪魔が入ったようね。一旦、引いて陣形を再編しなさい」
そう部下に命じて浮竹栄子は、自軍の宇喜多勢の突出を修正する。
(まだ戦いは始まったばかりだ。目指すは東宮院の本陣)
そう栄子は憎い男が居座る方向を見やった。
西軍の南に位置する小谷吉乃ちゃんも敵を敗走させている。こちらは、相対するレディースのメンバーが素人軍団ということもあって、吉乃ちゃんの巧みな戦術に合わせて6千もの軍がボコボコにされていた。吉乃ちゃんの軍勢がもっと数が多く、与力大名たちが吉乃ちゃんの思う通りに動かせたなら、この方面の東軍は壊滅していたであろう。吉乃ちゃんが自由になる軍勢がわずか2千5百程度であることが惜しまれた。
関ヶ原中央部は、小西雪見の6千が配置されていたが、彼女は有利な地形に立てこもっているだけだったので、ここは東軍も遠巻きに鉄砲を撃ちかけるだけであった。お互いに積極的に攻勢に出ることのない戦いが延々と続いていた。その隣の島津維新入道の軍は1千5百と小勢であったが、その武勇に恐れをなしたのか、東軍は攻めかかってこない。維新入道の方も戦力が戦力なだけに、自ら攻めかかることができずに敵の出方を伺っている状態であった。
「くそ。このままでは南から崩れる。帆希の奴、まったく役に立たない女だ!」
是清は自分の軍団である井伊直政の軍を南西に向かわせる。このままだと東軍が全面崩壊しかねない。メイサ、ルシア、帆稀、魅斗蘭の4人は、反美鳴の旗の元に集まってはいるが、後の連中は金で雇った一般公募者であるから、戦況が不利になれば、西軍に加担することも十分考えられた。
「美鳴の方はどうなっているんだ?」
是清はやっと霧が晴れて、戦いが開始された笹尾山方面の石田隊の様子を見たのだった。
「宰相殿の空弁当」と言われて歴史に名を残した毛利秀元は、人のいい若者がおじさんに、全部仕事の失敗を押し付けられてしまうのと同じ。超気の毒な人。この物語の元人君もこのあだ名じゃ、ネット社会では生きていけない~。