左近!関ヶ原へ移動するわよ!(六)
南宮山に行ってきた美鳴ちゃんを吉乃ちゃんの病院で待つ主人公。今晩にも関ヶ原の戦いは始まります。
夕方、小谷吉乃ちゃんの病室で俺は美鳴と会った。元気な彼女の顔から生気が抜けて青白い顔で現れた。この顔を見ると結果は聞くまでもないだろう。だが、俺は彼女の部下、明日の西軍の大将を補佐する軍師として聞く立場であった。
「美鳴、どうだった?南宮山の連中は?」
「みんな山に陣を張って動きそうにないわ。毛利元人さんは、戦ってくれる気持ちはあるようだけど、吉川専務が…」
そう言うと、思い出したのか美鳴の目に涙が浮かんでくる。よほど悔しかったのであろう。
「元人さん、吉川専務。明日の決戦、わたしが狼煙を挙げたら、この南宮山を駆け下りて東軍の横腹を突いてください。そうすれば、西軍の勝利は間違いありません」
「そうだね!美鳴たん!僕の1万6千が襲いかかれば、勝利は間違いないよね」
そう毛利元人は、美鳴に約束する。この若者には悪意がない。年が近いだけに美鳴を勝たせてやろうという気持ちでいっぱいであった。だが、曲者は吉川広志専務であった。この毛利屋グループの屋台骨を支える男は、このゲームでの自分の立場を決定していた。
(東軍に付く。それが毛利屋を東宮院ファンドの買収から守るための唯一の方法だ)
そう決めていた。だが、あからさまに裏切っては、美鳴よりの社長やこの後ろ盾をしてやっている御曹司の立場がない。うまく彼らの立場も配慮してやらねばならなかった。
「分かっていますよ。石田美鳴さん。我ら、毛利屋グループ。あなたの会社のために全力を尽くしますよ」
そうにっこり微笑んだ。美鳴はその吉川専務の笑顔を見て、心がゾゾゾ…と寒気に覆われていくのを感じた。心からではない形だけの笑顔。
(この人…何か企んでいるわ)
そう思ったが、美鳴には成すすべがない。出兵を重ねて頼むしかない。
「安国寺弁護士や、彼女の部下の長束英美里さんのところにも行ったわ。もっと、下に降りてくるようにって!」
「で、彼女らはどう答えたんだ?」
「毛利の本軍と共に下りるという答えの一点張り。いくら素人でも臆病すぎるわ!」
「仕方ないだろう。安国寺さんも、長束さんもゲームはまったく素人だし、兵力も少ない」
2人合わせても3千程度の軍勢だ。上の毛利軍団の援軍がなければ、殲滅させられてしまうだろう。
「安国寺弁護士も弁護士よ!わたしの会社が乗っ取られれば、毛利屋も危ないっていうのに、それが分かっていても吉川専務を説得しようとしない。あの二人、仲が悪いのだろうけど、会社を守るってことでは思いは一緒のはずなのに!」
美鳴の怒りはごもっともだ。一応、奴のことも聞く。
「長谷家部の奴は?」
「彼はダメね。荷駄部隊を伊勢方面に撤退させたわ。逃げる気マンマンね。しかも、長束さんの陣へ入り浸って、僕は新しい恋に生きるんだ~とかなんとか言って、英美里ちゃんにアタックしてたわ」
(あの浮気者め~)
と俺は思ったが、なんだか重いものが取れたような感覚もあった。これで左近ちゃんは卒業だろう。だけど、彼の兵力はあてにできなくなったことは確かだ。
「秋帆さんの方は?」
黙って聞いていた吉乃ちゃんが、そう尋ねた。彼女が演じるのは大谷吉継。関ヶ原では裏切った小早川秀秋に真っ先に攻め込まれた武将であるから、彼女の動向を確認するのは当然であった。
「秋帆ちゃんには、調査結果をすべて話したわ」
美鳴は、自分の会社から得た情報を話した。
早川秋帆の父親が経営する会社は、小さな建築会社。個人の家の設計、建設を請負、手堅い商売で会社の業績も上々であった。ところが、美鳴の母親が発注した別宅の建設で歯車が狂った。
「お母様って、茶々さん?」
吉乃ちゃんがそう聞く。コクリとうなずく美鳴。
石田茶々は、美鳴の生みの親ではない。美鳴の母親は美鳴の小さい頃に他界しており、この母親は最近、父親に嫁いだ若い女だ。元高級クラブのホステス嬢。29歳で47歳の父に嫁いだのが5年前。当初は、元職業から親戚中から石田家にふさわしくない、財産目当てだのと中傷されていたが、今は跡取りの男の子も産み、磐石な地位を築いていた。
なかなかのエレガントで優しい女性であったので、美鳴は嫌いではなかったが、贅沢が好きなことと、自分より立場が弱い人間にわがままを押し通す悪い癖があって、母親と認めたくないと思っていた。そのせいか、この若い母は、美鳴にはよそよそしく接し、自分が生んだ男の子を溺愛していた。
「美鳴に弟がいたとわな」
「まだ4歳。石田英頼っていうの。可愛い弟よ」
「で、その継母が元凶だと?」
「茶々さんが自分専用の別宅を建てたいと、市内の中心にマンション建設を秋帆ちゃんの会社に依頼したらしいわ。総額30億円のビックビジネスよ。最上階のペントハウスを自分の家にして、あとは分譲マンションとテナントにする計画だったらしいのだけど」
「それがポシャったとか?」
「何が気に入らなかったのか、途中で秋帆ちゃんの会社から別の会社に乗り換えたらしいわ。それが原因で秋帆ちゃんの会社、資金繰りが悪化して倒産になったって」
「それを全部、秋帆ちゃんに話したのか?」
「石田家の私人としての事案なので、会社の調査では詳しくはわからなかったけれど、全部、秋帆ちゃんに話したわ」
「で、彼女はなんと?」
俺はそれが知りたい。彼女の不幸な境遇が美鳴に関係しているなら、彼女は西軍に組みするのを是としないであろう。
茶々って、やっぱり、淀君のこと?美鳴ちゃんの母親で登場。ちょい役かもしれませんが、チョイ悪で活躍しそう。ちなみに、淀君は信長の妹で絶世の美女と言われたお市の方と浅井長政の長女。秀吉の側室となり、豊臣秀頼を産む人です。
そんなこと知ってるわ!と言われそうですが、一応、説明。