左近!関ヶ原に移動するわよ!(弐)
ついに敵の大将、徳川家康(東宮院是清)が戦場に到着します。強大な敵を前にか弱き女子の軍団、西軍は動揺しますが・・・。どうします?主人公。
南宮山から、大垣城に戻ると場内が慌ただしい。物見の兵が慌てふためいて城を出て行く。俺は急ぎ、城の天守閣に上る。
「美鳴、どうしたんだ!」
「ゲームでは姫でしょ!」
まったく、非常時でも細かい奴だ。天守閣には美鳴の他に、浮竹さん、吉乃ちゃん、雪見ちゃんがいて、遠く赤坂の東軍陣地を見ている。
「どうやら、東宮院の奴が到着したらしい」
そう美鳴が俺に言った。現時点で、実は信州の雪之ちゃんの戦況や会津の愛ちゃんの戦況が伝わってこない。二人共実家でゲームをしているので、直接コンタクトが取れないのだ。ゲーム内のメールは東宮院の奴が改ざんしていて正確な情報がつかめない。これは、大阪の毛利元輝社長に何度か出した手紙が改ざんされて、彼の出陣が不可能になってしまったことが判明して、気づくのであるが、気づいたのは関ヶ原決戦の後である。だから、瑠璃千代がこちらに向かっていることすら、知らなかった。
東宮院是清が演じる徳川家康が着陣したということは、直属軍3万余りが加わったということである。これで東軍は7万近くに増強された。こちら西軍は大垣城に5万。南宮山に3万、松尾山に1万6千と兵力では東軍を上回っている。だが、大垣城にいる軍団以外は美鳴の言うことを聞かないのだ。
「美鳴、松尾山の秋帆ちゃんはなんて言っているのだ?」
美鳴の奴は、俺が南宮山に出かけていた時に松尾山へ説得に出かけている。
「それが…」
美鳴の表情は暗い。結果は良くないことが分かった。
「わたしは、秋帆ちゃんの陣地へ行ったわ。秋帆ちゃんにも会った」
「それで…?」
「秋帆ちゃんが、わたしに聞くのよ。わたしの会社を潰したのは美鳴先輩ですか?って」
「その話、本当なのか?」
もし、本当ならこれほど状況がマズイことはない。
「分からないわ。そんな話は聞いたことないもの」
「で、秋帆ちゃんは納得したのか?」
「ううん。だから、確かめることにしたの。今、お父様の会社の専務さんに秋帆ちゃんの会社と私の会社の関係を調べさせているところよ」
「そうか…。で、もし、それが真実なら、お前はどうするんだ」
「正直に話すわ」
「馬鹿な!それじゃあ、秋帆ちゃんが敵になる」
「それでも仕方ないわ。嘘は付けないもの」
俺は美鳴らしいと思った。だが、もし、秋帆ちゃんが裏切ったら…。西軍はこの地で潰える。俺も美鳴もここで終わる。リアルでは俺はただの学生に戻るだけだ。失ったキャラの再生には時間がかかるが、それだけだ。だが、美鳴は…。俺は美鳴を失うのだ。
「真実を話したからと言って、秋帆ちゃんがあの東宮院の味方になるって決まったわけじゃないわ。わたしもはっきりさせないと気が済まないから」
「物見の報告です!」
物見の将校が報告する。
「東軍前線基地、赤坂に徳川内大臣、井伊直政、本多忠勝以下3万4千人が到着しました」
「来たわね…」
浮竹さんがつぶいやいた。彼女にとっては待ちに待った瞬間だ。あの男を戦場で倒して破産させるのだ。だが、彼女以外は怯えている。みんな10代の女の子なのだ。決戦を前にして怯えるのは当然である。ちょっと前まではみんな初心者だったのだ。
(このままでは、まずい。士気を高めないと)
俺は決意する。この場で小戦闘を挑み、敵に痛撃を与えるのだ。
「美鳴、俺に兵を貸せ。五百でいい」
「そんな小勢で何するの?」
「敵に小戦闘を仕掛けて打ち破る。東軍は金で雇われた奴らの集合体だ。奴が現れたことで金目当ての奴らが失態してくれると思う」
そう言うと俺は美鳴から拝領した五百人を率いて、大垣城を出陣する。浮竹さんも自軍の信頼できるプレーヤー明石掃部介に兵八百を預けて追従させる。俺の狙いは、東軍の金目当ての体質をうまく利用して、欲に釣られた敵軍の一部を撃破して、西軍の士気を高めておこうということだった。
奇しくも、史実でも島左近は杭瀬川で中村隊に挑発をかけ、この軍を散々に破って西軍の士気を高めるのだが、俺もこのゲームのプログラムに引き込まれるように同じ行動を取ることになる。
杭瀬川の戦いは、島左近の戦術家としての力量を大いに発揮した戦闘。主人公は、美鳴ちゃんの前でいいところ見せられるかな?