わたしの旗の下に集まらないといけないんだからね!(五)
弱々しい女の子は男の心をくすぐります。ラノベの世界では超強力な力を与えられた女の子がチート力を活かして暴れまわりますが。この娘は見た目は正統派健気な少女。主人公のどストライクですが、作者にもストライク!
大きな県病院の一室の前に俺と美鳴は立っている。現在、午後6時。まだ初夏になりたての7月前半だから、日は落ちていない。病室の主は「小谷吉乃」と書いてあった。美鳴は、扉をスライドさせると努めて元気な声で、
「よしの…元気してた?」
と声をかけた。広い個室にぽつんと置かれたベッドにその女の子は半身を起こして雑誌を読んでいた。
「美鳴、来てくれたのですか?」
長い髪を横に束ね、若干、顔色が白くいかにも病弱そうな女の子だ。この娘も可愛い。いや、可愛いというより美人だ。美鳴が健康的な美少女なら、この娘は、守ってあげたくなる儚げな美少女だ。寝ているから体型はわからないが、胸元は結構膨らんで、ここだけは健康的であった。
「こちらは島大介さん。訳あって、部活のコーチしてもらっているわ」
美鳴はうまいことを言う。まさか、女装させて一緒に部活しているとは言えない。
「こちらは、私の親友の小谷吉乃さん」
「初めまして。と言っても美鳴からよく聞かされていたから、初めてのような気がしないわ、大介様」
そう言って吉乃ちゃんは、ほっそりとした手を差し出した。俺はそれを握る。
(か…可憐だ…)
病弱な女の子はどことなく惹かれるというが、これはハマってしまいそうだ…。俺は吉乃ちゃんの顔を思わず見つめてしまった。
「あらあら、どうしたのですか?大介様、わたくしの顔に何かついています?」
不思議そうにころころ笑う吉乃ちゃん。同時に俺は耳を美鳴に引っ張られる。
「左近…じゃなくて、大介、何、吉乃を見つめているの!」
「いや、今時、めずらしいおとなしい子だと思って…。周りは強烈な子ばかりだし」
「きょ…強烈って!まさか、私のことを言っているんじゃないでしょうね?」
(その通り…)とは言えない、トホホな俺。そもそも、最初に会った美鳴は、吉乃ちゃんみたいな大人しい系の美少女を演じていたから、俺もつい情けをかけてしまったが、元々、こういうタイプが俺のストライクなのだ。
「コホコホ…」
吉乃ちゃんが軽く咳をした。病室で騒ぐのはいけない。
「美鳴、さっさと用事を済ましてお暇しよう。吉乃ちゃんも休みたいと思うし」
「そうね。実は大介…。吉乃ちゃんも今回の戦いに参加してくれることになったから」
「えっ?吉乃ちゃんは、病気なのにそんなこと頼んだのか?」
見るからに具合悪そうな吉乃ちゃんをネットゲームとはいえ、戦いに駆り出すことは俺にはできない。
「吉乃ちゃん、いくら病室でできるとはいっても、長時間のゲームは体に悪いんじゃ…」
「はい、分かっています。わたくしが全力で戦えるのは2時間ってところです。ゲームのルールやシステムはよく理解しましたわ」
そう言って吉乃ちゃんが見せてくれたのは、戦国ばとる2のマニュアルや関連雑誌。かなり、読んで研究してくれていたようだ。
「ですが、2時間以上かかることもザラだし、たかがゲームに、いや、美鳴がいくら親友でも君の体のことが心配だよ」
「ありがとうございます。でも、それこそ、わたくしのたった一人の親友の頼みですし…」
俺は病気の体を推してまで美鳴のためにゲームに参加しようという彼女の態度を見て、どうやら、このゲームが単なるお嬢様の遊びではないことを悟り始めた。美鳴のゲームへの動機もはっきりとは聞いてはいないが、自分を雇うために目に涙を浮かべて必死だったことを思い出した。
とにかく、今後のことを吉乃ちゃんと少しだけ話して、俺は美鳴と病院を後にした。
「なあ、美鳴…。吉乃ちゃんは何の病気なんだ」
俺は儚げな姿の小谷吉乃ちゃんの姿を思い浮かべて、そうたずねた。
「何?大介、気になるの…。まさか、吉乃ちゃんに気があるんじゃないでしょうね!」
「な…何を馬鹿なこと言ってるんだ。俺は吉乃ちゃんの具合を心配して聞いているんじゃないか」
「ふ~ん、どうだか…」
実はというと、ちょっと心惹かれているのは事実だ。だが、それを美鳴の奴に悟られるとやっかいだ。
「吉乃は生まれつきの心臓の病気で、何度も入院しているの。学校にも来ることはあるけれど、無理するとすぐ具合が悪くなるから、本当はこんなこと頼むのはいけないことは分かっているけれど、吉乃の方から言ってきたのよ。今回のゲームの件」
「吉乃ちゃんは、美鳴のゲームをする理由が分かっているんだよな…」
実は俺は前に聞きそびれた、美鳴がこのネットのゲームに入れ込む理由を知りたかったが、おそらく、現時点では、俺に美鳴は話してくれないと感じていた。
小谷吉乃ちゃんですって?もうバレバレですね。美鳴の旗の下に集まる友人たち。
実際の関ヶ原の戦いも結局は石田三成の友人だけが戦うし。友情はいいですね。