限界集落に舞い降りた迷子のエルフ、村のジジババに孫可愛がりされてます 〜シルヴィアのはじめてだらけのなつやすみ〜
◆◆◆01 限界集落にエルフの少女が舞い降りる◆◆◆
某県某市――
木々が生い茂る山奥の集落、山奥田地区(旧山奥田村)の朝は早い。
平均年齢70歳以上。人間よりも猪や鹿の方が多いど田舎だ。
「シゲさん、おはよう。朝から精が出るねぇ」
「おうトメさん、おはよう。今年はナスもキュウリも、ようけ育ったわい」
真夏の日差しがまだ本気を出していない、夏の日の早朝。
麦わら帽子に作業着姿のシゲが、たわわに育った野菜をせっせと収穫する。
隣の畑では、トメがほっかむりにもんぺ姿で雑草を引っこ抜いている。
若者は仕事を求め都会に移住し、盆と正月にたまに帰ってくる程度。
老人だけの静かで平和な、でもちょっぴり寂しい、それがこの集落だ。
そんな静かな時間が突如として打ち破られた。
ゴゴゴゴゴ! ピカーーーーー!
上空に魔法陣が現れ、轟音と共に閃光が二人の目の前に落ち、砂煙が立ち上る。
「な、なんだ!? 隕石か!?」
「いんや、なんか動いとる」
シゲとトメが驚いていると、砂煙の中で小さな人影が立ち上がる。
「こ、ここはどこ? お父様の転移魔法の実験が失敗しちゃったの?」
砂煙から現れたのは、年の頃10歳程度の女の子。
古めかしいローブを羽織り、大きな木の杖を杖代わりに立ち上がる。
転移の衝撃なのだろうか流れるような美しい金の髪は乱れ、白い肌は砂だらけ。
そして最も目を引くのは、長く尖った耳。
そう、ファンタジー世界では、定番の種族エルフだ。
エルフの少女は、シゲとトメを見て、サファイアように美しい瞳にみるみるうち涙を溜めた。
「ひぃー!? に、人間!?」
パニックになるエルフの少女。
『シルヴィア、人間には十分気をつけるのよ。捕まったら奴隷にされて売られてしまうわよ』と母親から耳にタコができるほど注意された人間が目の前にいるのだ。
必死に虚勢を張り声を上げる。
「わ、私は高貴にして誇り高きエルフにして魔術師のシルヴィアよ! 驚いたのなら、ひ、ひれ伏しなさい!」
精一杯、虚勢を張り大声を出そうとしたが、声が震えている。
「なんだ、なんだ? かわいい娘っ子が出てきたぞ?」
「何でしょね? 手品かい?」
興味津々に近づくシゲとトメに、シルヴィアは杖を突き出した。
「ち、近づくなー! 私の魔術を見なさい!」
ポンッという可愛らしい音とともに、杖の先に現れた小さな火の玉が、線香花火のようにパチパチと弾けている。
「な、何でこんな小さな火の玉しか出ないのよ!?」
奥の手が不発に終わり、無遠慮に近づいてくる人間たち。
シルヴィアは絶望した。目の前の人間たちに捕まり奴隷として売られるのだと。
「「おおおーーー!」」
シゲとトメは、歓声を上げた。
「見たかいトメさん! すごい手品だねぇ!」
「小さいのに上手いもんだねぇ! シゲさん!」
二人は、拍手喝采しながらシルヴィアに近づく。
「な、なによ!」
「お嬢ちゃん、手品が上手だねぇ!」
「『えるふのまじゅつし』……これは村おこしになるんじゃないかい?」
「む、村おこし……? 何を言っているの?」
「まあまあお嬢ちゃん、喉が乾いてないかい? こっちおいで」
トメはシルヴィアの手を取り、家の縁側に座らせる。
「えっ、あ、ちょっと」
「ほい、麦茶だ。腹減ってないかい? ハッピーターンもあるぞ。好きなだけお食べ」
シルヴィアの目の前に、冷えた麦茶とハッピーターンが出された。
「に、人間の食べ物なんか……!」
まだまだシゲとトメを警戒しているシルヴィアだが、緊張と炎天下で喉はカラカラだ。
彼女は恐る恐る麦茶を一口飲む。
「ん!?」
香ばしい麦の香りが口いっぱいに広がる。
「なにこれ? 初めて飲むけどおいしい」
「ほれ、ハッピーターンもどうぞ」
「いただきます」
サクサク
「お、美味しい! こんな美味しいものがあるなんて」
ハッピーターンの魔法の粉がエルフの警戒心を粉々に打ち砕いた。
サクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサク
「腹が減っておったのかの?」
「麦茶のおかわりもあるよ」
◆◆◆02 迷子じゃないもん!◆◆◆
麦茶とハッピーターンですっかりシゲとトメと仲良くなったエルフの少女シルヴィアは、小さな駐在所へとやってきていた。
シゲとトメが駐在所に入ると、デスクワークをしていた中年の駐在さんが、顔を上げる。
「シゲさん、トメさん、二人揃ってどうしたんだい? ん? その後ろの可愛い子は? お孫さんですか?」
駐在さんが奇抜な衣装のシルヴィアを見て目を丸くして尋ねる。
「駐在さん、この子はうちの畑に突如として現れた迷子なんじゃが」
「迷子じゃないもん!」
迷子という単語に反応し、シルヴィアがムキになって叫ぶ。
「私は誇り高きエルフ! 迷子なんかじゃないもん!」
「まあまあ、シルヴィアちゃん」
トメが、シルヴィアの手を優しく握りながら話しかける。
「これは迷子の手続きじゃなくて、シルヴィアちゃんのお父さん達が探しに来た時に、早く会えるようにしておくため手続きだよ」
「そ、そういうことなら仕方ないわね」
駐在さんが、シルヴィアに優しく質問する。
「それじゃお名前を教えてくれるかな?」
シルヴィアはコホンと一つ咳払いをして、答える。
「よく聞きなさい! 私の名前は、シルヴィア・フォン・アウローラ・エルフェンよ!」
「しるびあ……ふぉん……あうろーら……えるふぇん……とお父さんとお母さんの名前は、分かるかな?」
「お父様は、ヴァルター・フォン・アウローラ・エルフェン。お母様は、フローラ・フォン・アウローラ・エルフェンよ!」
「うーん、どう考えても海外の子だろうけど、日本語も上手だし、生まれたときから日本に住んでるのかな?」
「住んでいるのはエルフの森よ!」
駐在さんは困ったように頭を掻いた。
持ち物は、服と大きな木の杖だけ。親の連絡先も分からず『作り込みがすごいコスプレーヤー』としか思えなかったからだ。
「困ったな。すぐに親御さんが見つかればいいんですが……本当なら児童相談所に連絡するんですが……」
シゲとトメの手をしっかり握るシルヴィアを見て考え込む駐在さん。
「どうしましょう?」
「だったら、俺達で預かるさ」
シゲが即答した。
「俺もトメさんもこの子がすっかり気に入ってな。なに駐在さん、この近所の連中はみんな家族みたいなもんだ。何かあったらすぐ電話するから」
駐在さんがチラリと見ると、シルヴィアはシゲとトメの手をしっかり握りしめている。『離れないわよ』と言わんばかりの目だ。
「うーん、本当はダメなんですけどね。でも、その子も懐いてるみたいだし、少しの間、保護をお願いできますか?」
「分かった、任せとけ!」
「なに? どうなったの?」
「シルヴィアちゃんのお父さんたちが来るまで家で一緒に暮らしていいって」
「そうなの!? やったー!」
かくして、異世界から迷い込んだシルヴィア・フォン・アウローラ・エルフェンは、シゲとトメたちと共に限界集落で過ごすことになったのであった。
◆◆◆03 五平餅◆◆◆
とある日――
村の広場は、久しぶりに人で賑わっていた。
「おいおいおい、『可愛いエルフがいるから村おこしの手伝いをしろ』って爺ちゃんが言うから……ついにボケたのかと思って急いで来てみたら……」
シゲの孫であり、街で細々と動画投稿をして糊口をしのいでいるタカシは、スマホを片手に構え絶句していた。
「タカシか遅かったじゃないか! ほれ、エルフのシルヴィアちゃんだ!」
「えっ、本当にエルフ? 本物!?」
タカシが驚愕しながら撮影するなか、当のシルヴィアは、目の前の難題と戦っていた。
「よーし、シルヴィアちゃん歓迎流しそうめん大会のスタートだ! ほれ、シルヴィアちゃん、いくぞ!」
シゲ達が、山から切り出してきて制作した流しそうめんの竹のといに、水を流し素麺をサーと流す。
シルヴィアは、竹の横で箸を不器用に握りしめ、素麺を睨みつける。
「ふん! この程度のこと、エルフの私の手にかかれば、えいっ!」
ちゅるんっ。
無情にも、素麺はシルヴィアの箸の先を滑り抜けていく。
「くっ! もう一度よ! とうっ! ああっ、またすり抜けた!?」
「がんばれ、シルヴィアちゃん!」
「落ち着いてー、よく見てー」
集落の老人たちが、まるで孫のお遊戯会を応援するような優しい声を送る。
「なんなのよこの白い糸みたいな食べ物は!? ぜんぜん掴めないじゃない!」
「アハハ!」
タカシが笑いながらスマホを向けていると、シルヴィアは「うるさいわよ!」と威嚇する。
「ほれほれ、シルヴィアちゃん、五平餅が焼けたよ。冷めないうちにお食べ」
素麺との戦いに敗れたシルヴィアに、トメが焼き立ての五平餅を持ってきたのだ。
「なにこれ?」
シルヴィアが目を丸くする。
『五平餅』それは、中部地方山間部の名物だ。
細長い木の板に、程々に潰したご飯が付けられており、表面には甘い特製味噌が塗られ、炭火で炙られた香ばしい匂いが漂う。
そして地域ごとに様々な特長がある。
この地方の五平餅の特長は、そのサイズだ。シルヴィアの顔と同じくらいの巨大な小判型だ。
「こ、こんな巨大な棍棒みたいなものが食べ物?」
驚きながらも、シルヴィアは両手でしっかりと五平餅を握りしめた。
そして、大きな口をあけて、かぶりつく。
「んん!!」
シルヴィアの瞳が大きく見開かれた。
表面に塗られた香ばしい味噌、中はモッチリとしたお米。未知の食べ物が、エルフの少女を魅了する。
「なにこれ、すっごくおいしい!」
「そうだろ、そうだろ! トメさん特製の味噌ダレを使った五平餅は絶品だからな!」
タカシがなぜかドヤ顔で自慢する。
「はむっ、あむっ! んんっ!」
小さな口で無我夢中で食べるので口の周りに、味噌がべったりとくっついている。
「ふぅ、ごちそうさま。とっても美味しかったわ!」
口の周りを味噌だらけにしながら、ドヤ顔で木の棒を天に掲げるシルヴィア。
「口の周りに味噌がついてるよ」
トメが濡れタオルでシルヴィアの顔を拭こうとする。
「ちょっと、やめなさい! 自分で拭けるわよ!」
はたして、限界集落『山奥田』地区の過疎化問題は、エルフの少女の村おこしによって、解決するのだろうか。
いまは、まだ神のみぞ知る。
◆◆◆04 日常◆◆◆
朝もやが漂い真夏の太陽が本気を出していない、まだちょっと涼しい時間帯。
「トメ、立派なトマトが沢山採れたわよ!」
「シルヴィアちゃん上手だねぇ。大助かりだよ」
トメの畑で、麦わら帽子を被ったシルヴィアが、トマトの収穫をお手伝いしていた。
現在彼女は、トメの家の『居候』……もといトメで『保護』されているのである。
今のシルヴィアが着ているのは、暑苦しいローブでなく、ご近所さんが持ってきた、お古の「花柄のTシャツ」に、動きやすい「ジャージのズボン」という、完全に田舎の夏休みを満喫する女の子にクラスチェンジしていた。
「シゲ! 次はあの紫色の野菜を収穫すればいいのね!?」
「おう。トゲがあるから気ぃつけてな。終わったら、スイカが冷やしてあるぞ」
「スイカ! あの、緑と黒のシマシマで、甘くて赤い玉ね!」
目をキラキラさせながら畑を手伝うシルヴィア。
すっかりこの田舎の生活に馴染んだ彼女は、毎日シゲとトメの農作業を手伝うのが日課になっていた。
朝の涼しい時間帯の収穫作業が終わり、真夏の太陽が本気をだしてきたので屋内で休憩をするシルヴィアたち。
扇風機が首を振り、風鈴がチリンチリンと涼しげに鳴る中、シルヴィアは真剣な顔で『ある特訓』をしていた。
「上側の棒だけを動かすっ! えいっ!」
彼女の右手には、箸が握られている。
流しそうめんで『箸』を使いこなせなかったのが許せなかったらしい。
小皿に入った大豆を、プルプル震える箸で挟もうと悪戦苦闘している。
「ああっ! また逃げたわ! 難しすぎるは!」
「アハハ、力を入れすぎだって。もっと力を抜いてみな」
シルヴィアの悪戦苦闘を、スマホで録画しながら笑うのは、シゲの孫のタカシ。
シルヴィアの動画を公開し、一獲千金を狙うしがない動画投稿者である。
その夜。
タカシは、ノートパソコンとにらめっこしていた。
カチカチカチッ、カタカタカタッ。
ノートパソコンの編集画面で、口の周りを味噌だらけにして五平餅にかぶりつくシルヴィアの姿が表示されている。
「いやぁ、何度見てもこの破壊力、エグいな。絶対バズるな! …………多分」
この『迷子のエルフ』の映像は、間違いなくバズる。いや、バズるどころの騒ぎではなく世界中が飛びつく超ド級のスクープになるはずだ。
ほぼ無編集のノーカットロング版に、バラエティーっぽく編集したダイジェスト版、宣伝用のショート版と、シルヴィアの可愛さを最大限に引き出すため、タカシは丁寧に編集していく。
「よし、とりあえず『五平餅』の動画はこれで完成」
動画編集が終わりタカシはふと手を止めた。
よく考えたら、シルヴィアのことを全然知らない。
「明日、改めてインタビューしてみるか」
◆◆◆05 インタビュー◆◆◆
「録画スタートするよ。はい! ……えー、本日は我が故郷、旧山奥田村に現れたエルフさんにインタビューしたいと思います」
タカシがスマホをシルヴィアに向けながら、前口上を話す。
トメさんの家の縁側にちょこんと座っているのは、花柄Tシャツにジャージズボン姿のエルフの少女シルヴィアだ。
「こんにちは。私が、高貴にして誇り高きエルフの魔術師シルヴィア・フォン・アウローラ・エルフェンよ! エルフの森からやって来ました!」
「はい、シルヴィアちゃん、よろしくお願いします。」
「さっそくですが、そのエルフの森ってどんなところですか?」
「私の故郷『エルフの森』はね、美しい世界樹があって、自然豊かで、きれいな川が流れる楽園よ!」
「続いてですが、なんで異世界から日本に来たんですか?」
タカシの質問に、シルヴィアは少しだけ顔を曇らせうつむく。
「それはその、お父様ががおこなっていた転移魔法の実験が失敗したのが原因だと思うの」
「なるほど、そうだったのか」
「でも大丈夫! お父様とお母様は、エルフの中でも右に出る者がいないほどの大魔法使いなの! きっと今頃、私を探してるはず! だから、すぐに迎えに来てくれると思うの!」
シルヴィアは自分に言い聞かせるように、ギュッと小さな手を握りしめながら話す。
「それまでの間、シゲとトメと一緒に村おこしを手伝ってあげるわ!」
「頑張って村おこし、しような。では次の質問。こっちの食べ物で一番好きなのは何ですか?」
「そうね、今まで食べた中なら……」
シルヴィアは真剣な顔で悩んだ。
「『ハッピーターン』と『五平餅』ね!」
「おお! 魔法の粉と我が故郷の名物!」
「ハッピーターン、あれはまるで魔法ね。五平餅の味噌の香ばしさは、エルフの高級料理にも匹敵するわ!」
タカシは笑いをこらえながら、次の質問をする。
「ちなみにシルヴィアちゃん、歳はいくつなの? エルフって長生きなイメージがあるんだけど」
「私はまだ10歳よ! これからもっと背も伸びて、大人のエルフになるの!」
「普通に10歳なんだ。じゃあ最後に『魔法』を見せてもらっていいかな?」
「いいけど……その、ここは魔素が少ないから、上手く魔法が発動しないけど、それでもいいの?」
「いいよ! この世界では、魔法そのものが珍しいというか、存在しないからね」
「そういうことなら、見せてあげるわ!」
シルヴィアは立ち上がり、大きな木の杖を突き出した。
「燃え盛れ! 業火!」
ポンッ、パチパチパチ……。
杖の先から飛び出したのは、パチパチと弾ける線香花火のような可愛らしい小さな火の球だった。
やがて小さな火の玉は、線香花火のように地面に落ち消えた。
「本当だったらもっと、大きな火の玉が出るのよ!」
「さっきの魔法だけど、あれはどうやってるの?」
「あれはね、お父様に教えてもらった古代火炎魔法よ! 体内で魔力を操作し、周囲の魔素を共鳴させて発動するの……まあ、ここは魔素が少ないから不発に終わってるけど……」
魔法の説明をするシルヴィアの背後から、「おーい、スイカ切ったぞー」という声が聞こえてくる。
シゲとトメが、よく冷えたスイカを切って縁側に持ってきたのだ。
「まだ、インタビューしてるんだけど、いいか」
タカシはそのまま録画を続け、二人にもインタビューする。
「爺ちゃんにトメさん。シルヴィアちゃんにインタビューしてたんだけど。二人はシルヴィアちゃんのこと、どう思ってるの?」
シゲはニコニコと目を細め、シルヴィアの頭を撫でた。
「とっても、ええ子だぞ。毎日、畑仕事を手伝ってくれるしな」
「そうさねぇ」
トメもウンウンと頷く。
「今じゃ村のみんなの『孫』も同然じゃ。シルヴィアちゃんが来てから、みんな明るくなった気がするねぇ」
照れ隠しでスイカにかぶりつくシルヴィア。
「あむっ! 甘いっ!」と目を輝かせるシルヴィアと、それを見てニコニコ笑うシゲとトメ。完全に祖父母と孫である。
「はい、オッケー! インタビュー終了」
タカシがスマホの録画停止ボタンを押す。
「よしよし。しっかり撮れたぞ」
タカシはカメラのプレビュー画面を確認しながら、確信に満ちた笑みを浮かべた。
限界集落に舞い降りたエルフの少女の日常は、全世界へと発信されようとしていた。
当のシルヴィアは縁側でセミの鳴き声を聞きながら、スイカの種を「ぷっ、ぷっ、ぷっ」とのんきに飛ばしているのだった。
◆◆◆06 産直◆◆◆
とある日――
シルヴィア達は、軽トラの荷台にコンテナを積んでいた。
コンテナの中身は、朝の涼しい時間帯に収穫して袋詰したトマトやナス、きゅうりたちだ。
「よし、シルヴィアちゃん。今からこの野菜を『産直』に持っていくぞ」
「サンチョク? 確か野菜市場ね! 一度、人間の市場を見てみたかったの、早速行くわよ!」
「タカシは自分の車でトメさんと一緒に付いて来い」
「へいへい」
麦わら帽子を被ったシルヴィアは、意気揚々と軽トラの助手席に乗り込んだ。
シゲたち家から少し山を降りたところにある農産物直売所、通称『産直』。
地元の農家さんたちが自慢の野菜を売り、おばあちゃんたちが井戸端会議をする場所だ。
「おはようシゲさん。立派なナスだねぇ。おや、その可愛い子が噂のシルヴィアちゃんかい?」
顔なじみのおじいさんが、シゲと一緒に野菜を並べているシルヴィアを見て話しかける。
シルヴィアと合うのは初めてだが、どうやら田舎特有の謎のネットワークで噂を聞きつけているらしい。
「おう、ウチの新しい孫だ」
「違うわよ! 私は高貴で誇り高きエルフのシルヴィアよ! はじめまして」
「はいはい、エルフのシルヴィアちゃんだね。かわいいねぇ。うちで取れたとうもろこしを持ってきな」
「可愛いお嬢ちゃんだねぇ」と頭を撫でられ、おまけに売り物のとうもろこしを貰うシルヴィア。
「えっと、いいの? ありがとう!」
「わるいねえ。おまえさんナス、作って無いだろう。持ってきな」
産直での野菜の納品、とうもろこしとナスの物々交換、トメの井戸端会議が終了し、一行はローカルスーパー『元気〜!』に立ち寄った。
ウィーンと自動ドアが開くと、真夏の熱さを吹き飛ばすような強い冷風が全身を包み込む。
「さ、寒い! なにこれ? モンスターの魔法攻撃!?」
「はぁー、涼しいー。クーラーって言って部屋を涼しくする道具だよ」
「人間の魔道具ね。エルフの森は、こんなに暑くなること無いから必要ないけど、便利な道具ね」
二人が冷気を浴びて涼んでいると、トメが財布から百円玉を3枚取り出し、シルヴィアの小さな手のひらに乗せた。
「ほれ、シルヴィアちゃん。今日のお手伝いのお駄賃だ。好きなお菓子を買っといで。タカシ、シルヴィアちゃんを見てやってくれ」
「えっ、俺が? まあいいけど……」
シゲとトメはカートを押し、洗剤やトイレットペーパーなどの日用品、夕食のおかずなどの食料品を求めて消えていった。
残されたシルヴィアは、手のひらの3枚の硬貨を、まるで宝物でも見るかのようにキラキラとした目で見つめていた。
「これが……おこづかい!」
「大げさだな。お菓子コーナーあっちだよ」
タカシに連れられてやってきたのは子供たちに大人気の『駄菓子コーナー』である。
色とりどりのパッケージ、見たこともないお菓子がズラリと並ぶ光景に、シルヴィアの長い耳がピンッ!と伸びる。
「なっ……なんて数なの!? これは一体なんなの!?」
「駄菓子といって10円とかで買える安いお菓子だよ。ほら、これが『うまい棒』、こっちが『ビッグカツ』」
「ウマイボウ!? なんて自信に満ちた名前なの! しかも15円!?」
シルヴィアは子供用の小さな買い物カゴを手に、真剣な顔で駄菓子を物色し始めた。
「うーん……これを足して200円……さーてあと100円どうしようかしら」
(エルフが、駄菓子の予算配分でめちゃくちゃ悩んでる)
タカシは駄菓子を目の前にして悩むシルヴィアを微笑ましい気持ちで見守るのであった。
「タカシ! 終わったわよ!」
長考の末、シルヴィアは厳選に厳選を重ねた駄菓子を入れた買い物カゴを掲げた。
「お、やっと決まった? それじゃレジに行くか。……予算オーバーしてない?」
「大丈夫よ! これくらいの計算、赤子の手をひねるようなものよ」
ふふーんとドヤ顔のシルヴィア。
その後、レジで店員のおばちゃんに「あら〜、えらいわねぇ。自分で計算したの?」と子供扱いされて怒るシルヴィアだった。
◆◆◆07 日常2◆◆◆
タカシは自分が持ちうる限りの技術と気合を注ぎ込んで編集し、投稿した動画の再生回数をチェックした。
「まあ、世の中そんな甘くないよな」
翌朝、ベッドの中でスマホを確認したタカシは、力なくため息をついた。
再生数はどれも三桁。ついたコメントも『AIにしては頑張ってる』『耳の特殊メイクどうやったの?』というものばかり。
いくら素材が良くても、タカシのような弱小投稿者の動画が魔法のように一夜にしてバズるなんてことは、そうそう起きないのだ。
そしてタカシの悩みを知らないシルヴィアは、今日も今日とて麦わら帽子から長耳を覗かせか、シゲとトメの畑でナスやキュウリの収穫に汗を流していた。
「シゲ! このキュウリ見て、すっごく立派よ!」
「おうおう、よく育ってるな。そっちのカゴに入れといてくれ」
タカシは、首にタオルを巻いて畑で働くシゲの元へと歩み寄る。
「なあ、爺ちゃん」
「なんだタカシ。お前も手伝うか?」
「爺ちゃんたちは、シルヴィアちゃんで『村おこし』をするぞとか言ってたじゃん。具体的には何をするつもりだったの? シルヴィアちゃんのグッズでも作って売るのか?」
タカシの疑問に、シゲは手を止め「うーむ」と唸った。
「特に何も考えてなかったな。とにかくシルヴィアちゃんが人気になれば、人が集まって賑やかになるかと思っとったが」
「えっ!? それだけ?」
「トメさんは、なんかいいアイデアはあるかい?」
「そうさねぇ」
トメ婆は腰に手を当て、空を仰ぎながらのほほんと言った。
「賑やかになって、都会に行った若いもんが『楽しそうだな』って戻ってきてくれりゃあ、ええんだけどねぇ」
「つまり……完全にノープラン!? ちょっと待ってよ!」
タカシは思わず頭を抱えた。
タカシのツッコミに、シゲとトメは「わっはっは」と笑うだけだった。
「なにしてのタカシ、一人で騒いで」
大きなナスを抱えたシルヴィアが、不思議そうに首をかたむける。
「ほらトメ、ツヤツヤの大きなナスがとれたわよ!」
「おお、シルヴィアちゃんありがとなぁ! 今日の夕飯はナスの味噌炒めにするかねぇ」
「やったー!」
キャッキャとはしゃぐシルヴィアと、それを見て目を細めるシゲとトメ。
(まぁ、村おこしができなくても平和でいいか)
「ほれタカシ! 突っ立ってないで、少しは働け!」
「へいへい」
よく育ったきゅうりを収穫する。
畝の向こうでは、シルヴィアがシゲとトメと仲良く笑っている。血の繋がりもないし、ましてや種族も違う、それでも三人は仲の良いおじいちゃんとおばあちゃんと孫そのものだ。
「下手に人が集まって今の暮らしが無くなるのは、良くないよな」
タカシは動画投稿者としてどうするべきか悩むのであった。
◆◆◆08 昆虫◆◆◆
トメの家でシルヴィアは、小さな虫かごを食い入るように見つめている。中には、捕まえたばかりのバッタが数匹。ちゃぶ台の上にはタカシのお古の昆虫図鑑が広げられて、バッタと図鑑を真剣な顔で交互に見比べている。
その様子を後ろから見ていたタカシが声をかけた。
「シルヴィアちゃんは、昆虫が好きなのか?」
シルヴィアは目を輝かせて振り返る。
「大好きよ。エルフの森でもよく捕まえていたわ。ここの昆虫はエルフの森の昆虫とぜんぜん違って見てて飽きないわ!」
「そうか、そんならカブトムシを捕まえに行くか?」
タカシの言葉に、シルヴィアの耳がピクリと動いた。
「カブトムシ!?」
シルヴィアは素早く図鑑をめくると、カブトムシのページを開く。
「この黒い昆虫ね!」
図鑑に描かれたカブトムシを指差し、シルヴィアは勢いよく立ち上がった。
「さっそく捕まえに行くわよ! タカシ案内して!」
家を飛び出そうとするシルヴィアを、タカシは慌てて引き止める。
「待て待て待て、カブトムシを捕まえるならトラップを作るぞ!」
昆虫図鑑に書かれたレシピをもとに、さっそくトラップを作る。ボウルの中にバナナを皮ごと一本入れて、スプーンで潰して、そこに砂糖と焼酎を注ぐ。
「これを日向に置いて、発酵させる」
「変な匂いが臭いがするけど大丈夫なの?」
「大丈夫! これでカブトムシやクワガタがバンバン採れるはずだぞ! ……多分」
そして夜。
すっかり暗くなった山奥の森へ、二人は懐中電灯を頼りに分け入っていく。昼間作ったトラップから、独特の匂いが強烈に漂ってくる。
タカシは目当てのクヌギの木を見つけると、発酵したバナナのトラップを布袋に入れ、木の幹にしっかりと縛り付けた。
「これで明日の朝には、カブトムシが採れるはずだ」
「早く明日にならないかしら!」
翌朝。
タカシがシゲと、朝食を食べていると、玄関がガララと勢いよく開いた。
「シゲ! タカシ! おはよう! 早くカブトムシを採りに行くわよ!」
麦わら帽子を被り、虫かごと虫取り網を持ったシルヴィアが、元気いっぱいに居間へ飛び込んできた。長い耳が興奮でピコピコと動いている。
「ちょっと待ってくれ、まだ朝飯を食ってるんだよ」
味噌汁を飲みながらタカシが答えると、シルヴィアは両手を突き上げ地団駄を踏んだ。
「早くしなさい! カブトムシが逃げちゃうじゃない!」
「そんなすぐには逃げないよ。シルヴィアちゃんも一緒にご飯食べるか?」
「もう食べて来たわ! タカシ、早くしなさい!」
急かされたタカシは急いで朝食をかきこみ、シルヴィアに引っ張られるようにして朝のひんやりとした空気が残る森へと向かった。
昨夜、バナナのトラップを巻き付けたクヌギの木へたどり着くと、そこには驚くべき光景が広がっていた。
「おーーーっ! カブトムシにクワガタ、大漁だぞ!」
トラップの甘い匂いに引き寄せられた昆虫たちが、びっしりと群がっていた。角の立派なオスから丸っこいメス、さらには立派なハサミを持ったミヤマクワガタまで勢揃いしている。
「す、すごい! ほんとうに集まってる!」
「指を挟まれまいように背中から捕まえるんだぞ」
シルヴィアは目を輝かせながら、恐る恐る昆虫たちを捕まえる。次々と虫かごへ入れていき、虫かごの中があっという間にいっぱいになる。
「見てタカシ! たくさん採れたわよ! シゲとトメに見せに早く帰るわよ!」
大満足のシルヴィアは、虫かごを両手で大切に抱えると、来た道を駆け出していく。
「ちょ、ちょっと待て、走ると危ないぞ!」
タカシは急いで木に巻きつけたトラップを外し、ゴミ袋に放り込む。
朝日に照らされる森の道を、自慢げに虫かごを抱きながら歩くシルヴィアを見つめながら、カブトムシが採れて本当に良かったと胸をなでおろすのだった。
◆◆◆09 虫相撲◆◆◆
ちゃぶ台の上でシルヴィアは、今朝方、捕まえたカブトムシやクワガタを観察し、色鉛筆でノートに昆虫たちの絵を描いている。
「よし、カブトムシとクワガタの観察も終わったし、そろそろ逃してあげましょう」
「ん? 逃がすのか? それなら、虫相撲をしてから逃がさないか?」
「むしずもう?」
首をかたけるシルヴィアをよそに、タカシは庭の隅に転がっていた板をバケツに乗せて虫相撲の土俵を作る。
「真ん中にバナナトラップの残りをちょっと乗せてと……これで完成」
「これで何をするの?」
「この板に二匹の昆虫を乗せるとバナナトラップを舐めようと集まる。そうするとバナナトラップを独占しようと二匹が力比べ、虫相撲をするってわけさ」
「弱肉強食の世界ね」
ルールを聞いたシルヴィアがワクワクしている。
「でも、そういうルールなら体が一番大きいカブトムシが強いんじゃないかしら?」
虫かごから一番大きなオスのカブトムシをつまみ上げ、土俵に乗せる。
「柔よく剛を制す。体がデカイ奴がかならず勝つとは限らないぜ! それじゃ俺は、ミヤマクワガタ! 君に決めた!」
タカシは、虫かごからミヤマクワガタを取り出した。
バナナトラップの匂いが漂う小さな戦場へ、二匹の猛者が解き放たれる。
先に動いたのはミヤマクワガタだ。ゆっくりとバナナトラップへ歩を進める。
対するカブトムシも、立派な角を低く構えて間合いを詰める。
息詰まる牽制。
カチッ、と硬質な音が響く。
「いくのよカブトムシ! 押せ! そこだ! 昆虫の王の威厳を見せるのよ!」
「いけ! ミヤマクガワタ! ハサミで挟め! 投げ飛ばせ!」
小さな板の上で繰り広げられる、昆虫の熱戦。ミヤマクワガタが大きな顎でカブトムシをすくい上げようとするが、カブトムシは圧倒的な重量感と力強さでそれを耐えきる。
そして一瞬の隙を突いて、カブトムシが角をミヤマクワガタの腹の下へと滑り込ませた。
ぐぐぐっと持ち上がるミヤマクワガタの体。
「いけぇぇぇぇっ!!」
ポーイッ!
「あああっ! ミヤマクワガター!」
カブトムシが頭部を力強く振り上げると、ミヤマクワガタの体が宙を舞い、板から転がり落ちた。
「やったわ! カブトムシッ! 私が見込んだだけのことはあるわ」
勝敗が決した瞬間、シルヴィアは両手を突き上げて歓声を上げた。
「ミヤマクワガタ、君はよくやった。さあ、森にお帰り」
無念、敗れたミヤマクワガタをのに放してやる。
「さすが昆虫のキング! ご褒美に好きなだけバナナを食べなさい!」
板の上でバナナに夢中になっているカブトムシを、デレデレした顔で愛でているシルヴィア。
「ふっふっふ、喜んでいられるのも、今のうちだぞ。さて連戦に耐えられるかな?」
タカシは大人気なく虫かごから一匹の昆虫を取り出す。
「もう一戦! 今度はノコギリクワガタ! 君に決めた!」
「何度やっても同じことよ! 返り討ちにしなさいカブトムシ!」
勝ち誇るシルヴィアと大人げないタカシの虫相撲は、虫かごが空になるまで続いたのであった。
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