第5話
たっぷり二十秒は沈黙が続いただろうか。時計の針も進み、ランチを目的にした他のお客さんで少しずつレストランの席が埋まり始めるころ、やっとエリックが重たい口を開いた。
「しつこいな……。クリスタ、きみ、ちょっとおかしいんじゃないのか? 子供の冗談にヒステリーなんかおこしてさ。みっともないよ、本当に。僕はきみのことを、もう少し器の大きい女性だと思ってたよ」
面倒くさそうな、苛立った声だった。「あはっ」という、勝利の喜びに満ちた声も小さく聞こえる。これはキャロルのものだろう。愛するお兄様が、婚約者より自分を優先してかばい、それどころか『ちょっとおかしい』『ヒステリー』『みっともない』とまで言ってくれたことに、たまらない優越感を覚えているに違いない。
最後の審判は、終わった。
もはやこれ以上、彼と何一つかわす言葉はない。言葉が通じても、この人とは話が通じないのだから、話す意味がない。それを悟った瞬間、それまでの苛立ちや緊張、不安が消え、自分でも驚くほど清々しい気持ちになった。
……最後の審判などと大げさな言い方をしたが、これまでのエリックの振る舞いから私はこうなることが分かっていて、この結果を最初から望んでいたのかもしれない。
そう。心の深いところでは、最初からこの無神経な男と夫婦になれるはずなどないと理解していたのだ。そして、彼の異常な妹も織り交ぜた奇妙なデートを繰り返しながら、彼との婚約を破棄するきっかけが来るのを待っていたのだ。
そして今、とうとうその時が来た。鏡のように光沢のあるレストランの柱に、私の顔が映っている。その口元は、ほんのわずかだが微笑していた。ずっと待っていた『拒絶の日』がとうとう訪れたのだ。笑みくらい浮かぶだろう。
私はその微笑をたたえた唇で、エリックに言った。
「エリック。あなたが私をどう思っているか、そして、あなたの根本的な考え方がどのようなものなのか、良く分かりました。残念ですが、あなたと結婚生活を営んでいけるとはとても思えません。婚約を解消しましょう」
怒鳴るでもなく。
喚くでもなく。
責めるでもなく。
先程と同じ、教師が生徒を諭すような、淡々として、それでいて真剣な言い方だった。しかし、その真剣さが無神経なエリックには伝わらなかったらしく、まるで『つまらない冗談を言うな』とでも言いたげな表情で苦笑していた。どうやら、私がさっきの腹いせに、冗談で婚約破棄を言いだしたと思っているらしい。
どこまで無神経で鈍感な男なのだろう。こんな、互いの人生に大きくかかわることで冗談なんて言うはずがないでしょう。そもそも私は冗談というものがあまり好きじゃない。世の中には『ただの冗談だ、怒るなよ』『こんなの冗談だろ、何真剣になってるんだよ』と笑いながら、平然と人を傷つける戯言を言う人間が多すぎるから。




