第49話
「ええ。私が一人でウォード軍の前に出て時間を稼ぎます。だからその間に皆を……」
「駄目だっ。何かをするつもりなのだろうが、今のウォード軍の状態では、前に出ただけで射殺されかねない。自殺行為だ!」
いつの間にかハンスは敬語ではなくなっていた。もちろん、いきなり粗野な人になったわけではない。真に私のことを案じてくれているから、言葉を取り繕う余裕がなくなったのだろう。
ほんの少し前までは見知らぬ他人――それどころか敵対するウォード家に雇われている人間であった彼が、そこまで私のことを思ってくれているという事実が、ありがたかった。
ありがたいというのなら、恐るべきウォード家と戦うために集まってくれた予備役の皆や農夫たちもだ。フォーリー領に対する愛着がなければ、こんなにも多くの人が集まりはしなかったはず。
だからこそ、ハンスや皆を無残に死なせるわけにはいかない。私はその気持ちを込めてハンスを見つめた。それで、私の覚悟が伝わったのだろう。ハンスは深い溜息を吐いたが、これ以上私を止めるようなことはしなかった。
「わかりました、お嬢様。でもせめて、私も一緒に行かせてください」
「ハンスさん。気持ちは本当にありがたいけど、それじゃ逆効果です。武器を持たない女が一人で白旗を掲げて出ていくから意味があるんです。屈強なあなたと一緒では、敵を刺激してしまいます」
「…………」
「ウォード軍の中には私――つまり『フォーリー家の長女クリスタ』を知っている人がいるはず。そして私は、向こうのお坊ちゃま――エリックの元婚約者であり、それを知っている人もきっといます」
「それは……そうでしょうね」
「いかに狂戦士になっていても、お坊ちゃまの元婚約者を問答無用で射殺する可能性は低いと思います。まずは捕らえて、指揮官に判断をゆだねるはずです。そうなれば、あの陰湿なエリックのことです。私をねちねちと責め立てるでしょう。これで、かなりの時間が稼げます」
今私が述べたことは、理論的には正しいと思う。しかし、当主ラスールから『あの女も視界に入り次第殺せ』とあらかじめ命令されていたら、簡単に破綻してしまう理論だ。つまり結局は、今から私がやることは命を懸けたギャンブルである。
しかし、決して分の悪い賭けではないはずだ。捕らえられた私が、その後どうなるかを想像すると背筋が寒くなるが、それで皆の命が助かるなら、大いにやる価値はあるだろう。
ハンスはもう、何も言わなかった。これ以上話すことで余計な時間を消費すれば、ますます状況が悪くなると理解したのだろう。フォーリー軍の皆を指揮し、出来得る限りのスピードで全軍を下がらせていく。




