第42話
しばしの沈黙。
ハンスを怒らせてしまったのだろうか? う~ん、『頭を下げてもらう価値のある人間になってもらえませんか?』は、さすがに言い過ぎだったかも……
少しして、重たい静寂の中にかすかな声が響いて来た。
「く……くくっ……」
それは、ハンスの押し殺した笑い声だった。
「参ったな……。そこまで言われちゃ、このまま逃げ去るわけにはいかなくなってしまったじゃないですか。お嬢様、そんなふうに人の心を揺さぶる交渉術を、いったいどこで学んだんです?」
「交渉術なんて難しい技、私は使えませんよ。ただ、あなたの良心を信じただけです」
「それですよ、それ。そういうフレーズが、けっこう人の心を揺らすんです。野良犬の傭兵が、貴族のお嬢様に『あなたの良心を信じる』とまで言われては、やるしかありませんね。どのみちウォード家の不興を大いに買ってるんで、この辺りでは職につけそうにないですし。また放浪生活に戻るのも嫌ですからね」
こうしてハンスが、フォーリー家の味方になってくれたのだった。私たちはその日、お互いの信頼を深めるために、これまであった事柄について、しっかりと情報交換をする。銃器の事なども色々と教わり、とても有益な時間を過ごすことができた。
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翌日の朝10時。
ハンスの言葉通り、エリック率いるウォード家の私兵団100人が、ウォード領とフォーリー領のちょうど境界線の辺りにずらりと整列していた。
それを迎え撃つのは、フォーリー家の私兵30人と、ウォード家の横暴に怒り、義勇兵として立ち上がった32名の農夫たちである。
軍事訓練を受けてはいない農夫たちだが、狩猟の経験はあるので、銃の扱いはなかなかに手馴れたものだった。これでフォーリー家の戦力は62名。皆士気は高く、はた目にはいっぱしの軍隊に見えた。
そのいっぱしの軍隊の指揮を執るのは、傭兵として数多くの経験を持つハンス。お父様も『領主として陣頭に立つ』と主張したが、最近の度重なるストレスで、もともとあまり良くなかった心臓の調子が思わしくなく、ハンスの勧めもあってお屋敷で待機することになった。
代わりに、私が当主代行としてここにいるのだ(お母様は一生懸命お父様を看病している。なんだかんだで愛が深い夫婦である)。隣でこの辺りの地図を確認しているハンスに、私は改めてお礼を言った。
「ハンスさん。お父様がお屋敷に残るよう説得してくれて、ありがとうございました。戦闘の専門家であるあなたに言われなければ、お父様はきっと無理をしてでもここにやってきたでしょうから」
「当主様は心臓があまり良くないのでしょう? 戦争ほど心臓に負担をかけるものはないですからね。たとえ侵略者を撃退しても、大将が寿命を縮めてしまったら最悪です。それにこういう時、偉い人というのは一番後ろで控えているものですよ。そろそろ戦闘が始まりそうなので、クリスタお嬢様もお屋敷にお戻りになってください」




