第36話(キャロル視点)
「困ったな……。ハンスを雇ったのは父上だから、俺の一存でクビにするわけには……」
「えぇ~、だめなのぉ~? 私、かなしぃ~」
「ああああ、駄目じゃない、駄目じゃないよ。だから、そんな顔をしないでおくれ。よし、父上は俺の言うことならなんでも聞いてくださるからな。事後承諾でも構わないだろう。……ハンス、そういうわけだ。装備品を置いてこの場を去れ、ウォード領に戻ることも許さん」
これこれこれこれこれこれ!
これが一番大好き!
私のお願いひとつで他人の人生がぶっ壊れる瞬間が最高! いまどき傭兵上がりなんてろくな仕事に就けないからね。やっと手に入れた職を一瞬で失ったショックで、ハンスはきっと飛び切り素敵な顔をするに違いない。私は食い入るようにその顔を見た。
……何よ、無表情ね。
あ~あ、つまんな~い。
つまんない名前と同じで、つまんないやつぅ~。
ハンスは本当に、何の感情も出さずにお兄様に頷き、ウォード家から支給された装備をはずし始めた。つまんないつまんないつまんない。もっと言い訳しなさいよ。『私はそんなつもりじゃ』とか『こんなのあんまりです』とか、『これでは家族を養っていけません』とかさぁ。
そうだ。
ちょっと揺さぶってやろ。
私は天使のようにかわいく微笑み、ハンスに優しい声をかける。
「待ってハンス。私も少し大人げなかったわ。きちんと謝るなら、クビを取り消してやってもいいわよ」
もちろん嘘である。ハンスが今の無表情を崩し、みっともなく謝ってから、改めて『やっぱり駄目~』と言ってやるのだ。さあ、謝りなさい。戦うことしか能のないあんたにできるのは、私にひれ伏すことだけよ。
しかし、ハンスは謝らない。
完全に装備を解除して軽装になると、一言「では」と述べてお兄様と私に背を向けた。その落ち着き払った態度に、私は思いっきりキレてしまった。
「なんなのよ、あんた! 謝れば許すっつってんのよ!? 普通謝るでしょ!? 頭悪いの!?」
するとハンスは振り返り、口を開いた。
私ではなく、お兄様に向かって。
「あなたのせいなんでしょうね」
「えっ?」
ハンスの言った言葉の意味が解らず、お兄様は首を傾げた。そんなお兄様に対し、ハンスは静かに、諭すように言う。その語り口は、どこかあのクリスタを彷彿とさせた。
「私はね、生まれつき邪悪な人間なんてそうはいないと思っています。多くの場合、環境が人の心を捻じ曲げてしまうんですよ。……エリックぼっちゃん。キャロルお嬢様がこんなに醜悪な人間になってしまったのは、あなたが彼女のワガママを全て叶え、甘やかし続けたせいだ。ただの一度でも引っぱたいて説教すれば、少なくとも今よりはずっとまともに育ったはずですよ」




