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第7話 国王、テント生活を命じられる



 辺境カナン領の第一ゲート。

 そこには、かつて一国の頂点に君臨していたはずのゼニス三世が、膝をついて絶望していた。


 目の前には、自分を置いて逃げ出した「我が家」である王宮。

 そして、その傍らで犬のフンをトングで挟み、涙を流しながら袋に詰める愛息セドリックの姿。


「……あ、父上。トングは貸しませんよ。これは僕の『商売道具』ですから」


 虚ろな目でそう語る息子に、国王は震える指を向けた。


「せ、セドリック……。お前、本当に王子なのか? その泥だらけの服、その卑屈な腰の曲げ方はなんだ……!」

「ランクE作業員です。父上もすぐにわかりますよ。ここでは『国王』なんて肩書き、一食のスープにもならないってことがね……」


 セドリックは、遠くで監視している元・メイドの視線に怯えながら、再びフン拾いに没頭し始めた。


 そんな惨状をゲートのモニター越しに眺めていた私は、手元の魔法端末にチェックを入れた。


「――はい、旧国王一行の『本人確認』完了。ユリウス様、彼らをこちらへ。ただし、レッドカーペットは不要です。除菌スプレーを念入りにお願いしますね」

「承知いたしました、リシア殿。今の彼らは衛生学的にも、政治学的にも、ただの『汚染源』ですから」


 ユリウス様が冷徹な指示を飛ばすと、ゲートがゆっくりと開いた。


 執務室に連行されてきた国王は、かつての自分の玉座があった場所に座る私を見て、再び激昂した。


「リシア! 貴様、図に乗るのも大概にせよ! その席はわしのものだ! 今すぐ返せ、そして今夜の晩餐の準備をしろ! ステーキだ、最高級の赤身を用意しろ!」


 私は、ペンを置くことさえせず、淡々と数字の並んだ画面を見つめたまま答える。


「ゼニス三世様。まず一点、ここは『玉座の間』ではなく、現在は『カナン行政区・第一執務室』です。

 次に二点目。貴方の『信用スコア』は現在、マイナス八百万ポイントとなっております。

 この数値でステーキを要求するのは、アリが巨竜を食らおうとするのと同等の無理難題です」


「マイナスだと!? 意味がわからん!」


「未払いの職員給与、崩壊させた王都の復興費用、さらにはこの宮殿の無断稼働に伴う魔力消費量。すべてを貴方の債務として計上しました。

 結果として、貴方は本日より『国家規模の債務者』として、労働に従事していただきます」


「ろ、労働だと!? わしが!?」


 私はにっこりと微笑み、デスクの横に置いてあった一枚の地図を指し示した。


「はい。カナン領・新規入国者用オリエンテーション施設、別名『再教育キャンプ』です。

 貴方の居室は、こちらの第十二エリアにあるテントになります。

 あ、毛布は一枚ですので、風邪を引かないように気をつけてくださいね」


「て、テントぉ!? わしを野宿させるというのか!」


「『働かざる者食うべからず』。これはカナンの鉄則です。

 陛下、いえ、ゼニスさん。貴方に残された道は二つ。

 このまま荒野へ帰って砂でも噛むか。

 あるいは、そのトングを持って、息子さんと一緒に草むしりに励むかです」


 私の背後で、ユリウス様が剣の鞘を「カチリ」と鳴らした。

 その音一つで、国王はひえっと声を上げ、ガタガタと震えながらトングを受け取った。


「わ、わかった……やればいいのだろう、やれば! 見ていろ、わしの完璧な草むしり術で、すぐにポイントを貯めてステーキを食ってやる!」


「その意気です。では、ユリウス様。彼をキャンプへ」


 国王が引きずられるように部屋を出ていった後。

 私はふと、デスクの足元から伝わる微かな「振動」に眉をひそめた。


「……リシア殿? どうかされましたか?」


「いえ、ユリウス様。……この宮殿、着陸してから少し様子が変なんです。

 地下の魔力炉が、勝手に再起動を繰り返しているような……」


「AIが勝手に動いているということですか?」


「わかりません。ただ、先ほど一瞬だけ、私の端末に身に覚えのない『管理ログ』が表示されました。

 まるで、私以外の誰かが、地下のさらに深い場所で何かを起動させようとしているような……」


 王家さえ知らない、可動宮殿の「真の動力源」。

 リシアの有能な直感は、平和な新生活の足元に潜む、得体の知れない違和感を捉えていた。


 しかし、今はそれを深掘りしている時間はなかった。

 コンコン、と扉が叩かれる。


「リシア様、失礼します。……隣国のサフィア帝国から、至急の親書が届きました。

 それも……帝国の『宣戦布告』にのみ使われる、真っ赤な封筒です」


 会計官のミレーヌが、青ざめた顔で一通の封筒を差し出した。

 

 王宮を移動させたことで、周辺諸国のパワーバランスが完全に崩れたのだ。

 「有能すぎる裏方」の離脱は、もはや一国の騒動では済まなくなっていた。


「……いいでしょう。真っ赤な封筒だろうと、中身が『書類』である以上、私の敵ではありません。

 ミレーヌ、全省庁に緊急招集を。

 今夜の残業代は三倍、夜食にはガストン特製のカツサンドを用意させて」


 リシアは再びペンを握った。

 その瞳には、迫りくる国際問題さえも「順番に片付けるべきタスク」としか映っていなかった。


「さて。……まずは、この真っ赤な不備だらけの招待状から、赤字で修正して差し上げましょうか」



隣国から届いた「真っ赤な招待状」の意味は?

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