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第6話:国王の帰還。でも家はありません


 それは、グラン・ゼニス王国の歴史において、最も「シュール」で「絶望的」な朝だった。


 三週間にわたる隣国との「保養を兼ねた退屈な外交」を終えた国王ゼニス三世は、豪華な馬車に揺られながら、愛する我が家――白亜の王宮へと帰還した。

 彼は窓の外を眺め、鼻歌まじりに呟く。


「いやはや、ようやく我が城のふかふかのベッドで眠れる。やはり我が家が一番……ん?」


 王都の正門を潜り、緩やかな坂を登り切った先。

 そこにあるはずの、太陽の光を浴びて輝く尖塔。数千年の歴史を誇る巨大な石造りの芸術。

 それが、消えていた。


「……んん? 目が霞んだかな?」


 国王は何度も目を擦り、身を乗り出した。

 そこにあるのは、見事なまでの「虚無」だった。

 王宮が建っていたはずの場所には、まるで巨大なスプーンで大地を掬い取ったかのような、深さ数十メートルの巨大なクレーターが口を開けている。

 周囲には、王宮から引きちぎられた地下水道のパイプが「シュゴー」と虚しく蒸気を吹き出し、取り残された数人の老兵が、穴の縁で呆然と座り込んでいた。


「わ、わ、我が……我が家は……!? 私のコレクションのビンテージワインは!? 先代から受け継いだ金のトイレットペーパーホルダーはどこへ行ったのだ!!」


「陛下ぁぁぁぁぁ!!」


 クレーターの底から、ボロボロの服を着た若者が這い上がってきた。

 顔は煤と泥で真っ黒。髪には枯れ草が絡まり、手にはなぜか「ゴミ拾い用トング」を握りしめている。


「せ、セドリック!? お前、その格好はなんだ! それ以前に、城はどうした!」

「父上……城が、城が……リシアを追いかけ、空を飛んでいきました……」

「何を言っている!? 寝言は寝ている間に言え!」

「本当なのです! 私が『目立つな』と言って彼女を追放したら、人望も、税収も、料理も、挙句の果てには不動産までが彼女について行ってしまったのです!」


 セドリックは、国王の靴にしがみついて号泣した。

 その背後で、王都に残されたわずかな貴族たちが、乾いた声で笑いながら、穴の中に小石を投げ入れている。彼らの精神は、すでに限界を超えていた。


---


一方、カナン領「天空の市役所」では。


「――はい、次の案件。サフィア帝国からの『魔導光ファイバー設置に関する共同出資』ですね。レオン王子、条件は悪くありませんが、サーバー室の冷却魔法のコストをあと十五パーセント、帝国側で持っていただけませんか?」

「……リシア。君は商談の時だけ、驚くほど冷徹な瞳をするな。嫌いじゃないが」


 場所は、辺境カナン領に着陸した「旧・王宮」――もとい「カナン領・第一総合行政センター」の最上階。

 私は、以前より五倍は豪華(かつ実用的)になった執務室で、レオン王子と向かい合っていた。

 

 足元の床は、すでに魔法端末の投影図で埋め尽くされている。

 王宮が「可動モード」で私の街とドッキングしたおかげで、街全体のエネルギー効率は跳ね上がり、今やカナン領は大陸で最も「スマート」な都市へと進化を遂げていた。


「リシア様、お茶のお代わりを。……レオン殿下、そろそろお引き取りの時間では? リシア様は十五分後には、隣接する三つの小国から来た『外交特使』との合同面会が控えております」


 ユリウス様が、完璧なタイミングで紅茶を差し出しつつ、レオン王子に鋭い「退席勧告」の視線を送る。

 最近のユリウス様は、騎士というより、私の全スケジュールを支配する「鉄壁の秘書官」と化していた。


「忙しいのは分かっている。だが、彼ら小国の連中がここに来た理由は知っているか?」

「ええ。我が街の『ゴミ処理システム』の導入相談だと聞いていますが」


 私が首を傾げると、レオン王子は呆れたように笑った。


「違う、それは謁見の口実だ。彼らは、リシア――君を『大陸共通の行政監査役』に推戴しようとしているんだ。君が管理する街は、汚職が消え、税率が下がり、それでいて公共サービスが最高品質になる。……周辺諸国の民が『リシア様にうちの国も回してほしい』と暴動寸前なんだよ」


「……えっ。それは困ります。私、これ以上仕事が増えるのは、段取り的にちょっと……」


 私は思わず、手元のタブレット(魔導端末)を抱え込んだ。

 私はただ、自分の周りを快適に、無駄なく整えたいだけなのだ。それがいつの間に、国家の壁を超えた「アウトソーシングの女神」みたいに扱われているのか。


---


 そこへ。

 センターの警備魔法が、けたたましくアラートを鳴らした。


『――警告。外部境界線に、身元不明の高齢男性および、不衛生な集団が接近中。……顔認証照合完了。旧・最高操作権限保持者(ランク:低)のゼニス三世と判定。……自動迎撃モードを起動しますか?』


「あ、ちょっと待って! 迎撃はしないで!」


 私は慌てて操作画面を叩いた。

 モニターには、ボロボロの馬車でカナン領の「入国審査ゲート」に辿り着いた国王一行が映し出されていた。


 彼らが目にしたのは、かつての自分たちの居城が、巨大な未来都市の中心で、最新の魔導防壁を纏って神々しく輝いている姿だった。

 城のバルコニーには、かつての部下たちが「リシア様万歳!」という横断幕を掲げ、ガストンさんが焼く香ばしいステーキの匂いが風に乗って漂ってくる。


「リ、リシア……リシアはおるか! ゼニス三世だ! 不法占拠されている我が城を返せ!」


 国王がゲート越しに叫ぶ。

 だが、ゲートを警備していたのは、かつて彼が「給料が高すぎる」という理由でリストラしようとした、ベテランの近衛兵たちだった。


「お言葉ですが、陛下。ここは現在、リシア様が代表を務める『カナン自由行政区』の領土です。入国には、事前のオンライン予約と、過去一ヶ月の『善行実績証明書』が必要です」

「なにっ!? オンライン……? 実績だと!?」

「はい。ちなみに、セドリック殿下は現在、ランク『E(ゴミ拾い見習い)』としてあちらの広場で修行中ですよ」


 兵士が指差した先には、必死に犬のフンを回収している王子の姿があった。


「お、おお……。わ、わしの国が……わしの城が……わしの息子が……」


 国王は、あまりの「格差」にその場に膝をついた。

 彼が捨てたのは、一人の有能な裏方ではなかった。

 彼が捨てたのは、国を形作る「信用」そのものであり、その信用は今、リシアという名の重力に引き寄せられ、辺境に新たな太陽を作り出していたのだ。


---


 執務室の窓から、泣き崩れる国王を眺めながら、私は静かにペンを置いた。


「リシア様、いかがいたしますか? 一応、旧主君として保護しますか?」


 ユリウス様の問いに、私は少しだけ考えて、微笑んだ。


「そうですね。……でも、特例は認めません。彼らにも『研修用キャンプ』に入ってもらいましょう。まずは、自分の部屋の掃除と、人の名前を覚えることから。……それができなければ、この街で暮らす権利はありませんから」


 隣でレオン王子が「相変わらず容赦ないな」と肩をすくめる。

 

 こうして、グラン・ゼニス王国は事実上の消滅を迎え、カナン領を中心とした「リシア行政圏」が歴史の表舞台に躍り出ることとなった。

 目立たないように、裏方でいろと言われた少女は。

 今や、大陸中の王たちが「どうかうちの国も整理整頓してほしい」と行列を作る、最大の「主役」になっていた。


「さて、次のタスクは……大陸横断魔導列車の開通計画ですね。……皆さん、準備はいいですか? 世界を、もう少しだけ使いやすく変えましょう」


 リシアのペンが動くたび、歴史が書き換えられていく。

 人望がありすぎて、王宮ごと引っ越してきた段取り天才の伝説は、まだ始まったばかりである。



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