第5話:肩書きはただの飾り、仕事の成果こそがその人の価値です
空から城が降ってくる。
童話のワンシーンならロマンチックかもしれないが、都市計画の責任者としては悪夢以外の何物でもない。
「……計算外だよ。公園の噴水の噴射角度と、王宮の正門の導線が30センチもズレてる」
私は、着陸したばかりの白亜の巨大建築――かつて私の職場であり、私を追い出したはずの「グラン・ゼニス王宮」を見上げて、深く溜息をついた。
周囲では、サフィア帝国のレオン王子が「これが伝説の可動宮殿か、実に非合理的なデザインだが、動力源の出力だけは認めよう」とダメ出し混じりに感心し、ユリウス様が「リシア殿、あれを解体して資材にしますか?」と物騒なことを提案している。
そんな中、王宮の玄関先で泥まみれになって転がっている「元・主君」とその取り巻きたちが、ようやく息を吹き返した。
「……リ、リシアぁ! よくも、よくもこんな無礼を!」
セドリック殿下が、震える足で立ち上がる。
その顔は煤で汚れ、自慢の金髪には何故か腐ったレタスの切れ端がこびりついていた。かつての「太陽の王子」の面影は、どこにもない。
「殿下。お怪我はございませんか? あと、そのレタス、うちのガストンが捨てた生ゴミの一部かもしれません。不法投棄の罰金、後で請求しておきますね」
「そんなことはどうでもいい! この宮殿は王家のものだ! 勝手に私の許可なく着陸し、あまつさえ私をゴミ扱いして放り出すとは……! 今すぐ管理権限を私に戻せ!」
殿下が真っ赤な顔で喚き散らすと、王宮の壁に埋め込まれた魔導スピーカーが、冷徹な機械音声で即答した。
『――警告。現操作者の衛生状態が「深刻な汚染」レベルに達しています。城内への再立ち入りには、高圧洗浄魔法による二十四時間の全身消毒および、三週間の「社会復帰研修」の受講が必須です』
「なんだと!? この私が社会復帰研修だと!?」
『――補足。リシア管理者への暴言を検知。不快指数上昇。……防衛システム、一部起動。玄関マットによる「物理的排除」を開始します』
次の瞬間、豪華な赤い絨毯がまるで巨大な舌のようにうねり、セドリック殿下たちの足を掬って、勢いよく敷地外へと放り投げた。
「ぎゃああああぁぁぁ!」
カナン領の未舗装の地面に、見事な放物線を描いて着地する王子と側近たち。
私はそれを見送って、手元の魔法端末に「ゴミ出し完了」のチェックを入れた。
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「さて、皆さん。お騒がせしましたが、仕事に戻りましょう」
私は、戸惑うカナン領の職員たちに向かって手を叩いた。
「降ってきたものは仕方がありません。不測の事態は管理の常態。幸い、中身の『不要な人間』は自動的に排出されました。これからは、この王宮を私たちの『第一合同庁舎』として再利用しましょう。二階は騎士団の詰所、三階は会計局、四階は私の執務室に改造します。……ミレーヌさん、内装費の見積もりを」
「かしこまりました。王宮の金庫から、殿下の『衣装代』という名の無駄金を全て没収すれば、余裕でお釣りが来ますわ」
ミレーヌさんが、眼鏡をキラリと光らせて城内へ突入していく。
その後ろを、ガストンさんが「おらぁ! 俺のオーブンを返せ!」と包丁を振り回しながら続いた。
残されたのは、私と。
そして、何故か競争するように私の左右を固めている、ユリウス様とレオン王子である。
「リシア殿。この王宮の防衛システム、私に預けていただければ、帝国軍のストーカー防止プログラムで上書きして差し上げましょう。もう二度と、あの不潔な元上司が近づけないように」
「レオン王子、お気遣いなく。我が騎士団の『根性』とリシア殿の『管理魔法』があれば、鉄壁です。……それよりリシア殿、新しい執務室には私のデスクを置くスペースはありますか?」
「ええ、ユリウス様。……あ、でもそこは秘書課のデスクになりますよ?」
「構いません。一生、貴女の『秘書』として仕える覚悟はできています(真顔)」
ユリウス様の忠誠心が、重い。
レオン王子の投資意欲も、重い。
有能な男性に囲まれるのは悪い気がしないけれど、私にとっては彼らも「超高性能な人的資源」に見えてしまうのが悲しい職業病だ。
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その頃。
城外の放り出されたエリアに、一つの看板が立てられた。
『カナン領・職業紹介所』
そこには、空腹と絶望で干からびかけたセドリック殿下と、その側近たちが列をなしていた。
彼らが城内に戻るためには、王宮のAIが設定した「社会貢献ポイント」を貯めるしかない。
「お、おい……。この私が、なぜ路地の雑草を抜かなければならないのだ……」
「殿下、文句を言っている暇はありません。あと十本の雑草を抜けば、リシア様が配給している『特製カナン・バーガー』の購入権が得られるのです……!」
かつて王宮の会議で偉そうに踏ん反り返っていた高位貴族たちが、今は腰を曲げて地道な除草作業に励んでいる。
彼らの目の前を、最新の魔導建築機械を乗り回すカナン領の元・下働きたちが、誇らしげに通り過ぎていく。
「リシア様は仰いました! 『肩書きはただの装飾。仕事の成果こそが、その人の価値である』と!」
「さあ、殿下! もっと手を動かしてください! リシア様が見てますよ!」
監視役の騎士(元・部下)に叱咤され、セドリックは涙を流しながら草をむしった。
目立たないように、裏方でいろと言った。
その結果、彼は自分が「目立たないように」させていた女が、どれほど巨大なシステムを一人で支えていたか、身をもって(ほんの少しだけ)知ることになったのだ。
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一週間後。
グラン・ゼニス王国の王都からは完全に人が消え、一方でカナン領の人口は爆発的に増加していた。
サフィア帝国の全面支援。
空飛ぶ王宮を拠点とした、超効率的な行政サービス。
そして、何より「ここで働けば報われる」という希望。
私は、新しく改装された執務室の窓から、眼下に広がる活気ある街並みを眺めていた。
手元の魔法端末には、周辺諸国からの「友好条約」や「視察依頼」の通知が、秒単位で届いている。
「……リシア。君はもう、一国の広報担当じゃないな」
いつの間にか背後に立っていたレオン王子が、私の肩に手を置こうとして――すかさず割り込んできたユリウス様の腕にブロックされた。
「……ええ。私はただの、『全部を回す人』です」
私は、ふっと微笑んで、新しいタスクリストを開いた。
「目立たないように。誰にも気づかれないほど滑らかに、世界中の不便を片付けていく……。それが私の、新しい『仕事』ですから」
その日の夕方。
カナン領の広報誌には、一枚の小さな写真が載った。
それは、汗だくでゴミ拾いをするセドリック殿下の姿と、その横で「段取りよく」彼を指導する元・メイドの少女の姿だった。
タイトルは、『誰でもゼロからやり直せる街。カナンへようこそ!』。
「人望」という名の魔法は、今日も今日とて、世界を完璧な形へと整え続けていくのである。




