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第3話:隣国の王子が赤い絨毯を持参してスカウトに来ました


 私たちが王宮を去ってから、わずか三日が経過した。

 普通、数千人の人間が一度にいなくなったところで、石造りの頑丈な王宮が物理的に崩れるはずはない。……はずだったのだが。


「……臭い。なぜ、この高貴なる私の居室が、このようにえた匂いに満ちているのだ!」


 第一王子セドリックは、自室のテラスで絶叫した。

 彼の目の前には、かつて「美しき白亜の王都」と呼ばれた街並みが広がっている。だが、今のそこにあるのは、行き場を失ったゴミの山と、路地裏で途方に暮れる貴族たちの姿だった。


 原因は単純明快である。

 王都の「清掃・廃棄物処理・魔導排水の管理」を担当していたのは、すべてリシアの直轄部署だった。彼女が「目立たないように」組んでいた二十四時間体制の管理魔法と人員配置が、彼女の離脱とともに霧散したのだ。

 

 結果、王宮のトイレは半日で溢れ、排水溝からは謎の黒い煙が立ち上り、昨夜の宴会の残飯は腐敗して異臭を放っている。


「殿下! 大変です! 財務省の若手貴族たちが『床の磨き方がわからない』と泣き出し、外交官たちは『お茶の淹れ方が身分にそぐわない』と言って職務を放棄しました!」

「騎士団はどうした! 残った連中に掃除をさせろ!」

「それが……残ったのは、剣の振り方より先に『賄賂の受け取り方』を覚えたような無能な門番ばかりで……。現在、王宮の警備は『野良犬の侵入』すら防げない状況です!」


 セドリックは、自慢の金髪をかき乱した。

 彼は気づいていなかった。この国において「王の権威」を支えていたのは、血筋でも武力でもなく、リシアが裏で回し続けていた「完璧すぎる日常」という名の魔法だったということに。


「リシア……あの女、一体何を仕込んだのだ……!」


 彼がそう呻いた瞬間。

 王都の正門から、地響きのようなファンファーレが鳴り響いた。



---


 一方、その頃のカナン領の仮設市街地、(仮称)「リシア・シティ」。


 ここでも、私は相変わらず、問題解決に飛び回っていた。


「はい、ここの魔導コンロは火力を三段階で固定! ガストンさん、これなら新人でも焦がさずにローストビーフが焼けますね?」

「おうよ、嬢ちゃん! こりゃあいい、王宮の旧式なかまどよりよっぽど使い勝手がいいぜ!」


 辺境の地・カナン。

 数日前まで荒野だったそこは、今や「世界で最もクリーンで高効率な未来都市」へと変貌を遂げつつあった。


 私が魔法端末を操作するたびに、地中に埋め込まれていた「自動建築ゴーレム」がガシャコン、ガシャコンと小気味よい音を立てて建物を組み上げていく。

 

「リシア様、少しお休みください。貴女が倒れたら、この街の『心臓』が止まってしまいます」


 ユリウス様が、銀のトレイに載せた冷たいハーブティーを運んできた。

 その所作はもはや騎士というより、極上の執事のようである。


「ありがとうございます、ユリウス様。でも、今が一番楽しい時なんです。誰にも邪魔されず、自分の理想通りに物流ラインを組めるなんて……。ああ、見てください。この『ゴミ自動集積システム』の滑らかな動き! 機能美の極致だと思いませんか?」

「……ええ、貴女がそう仰るなら、この鉄の箱も女神の彫像より美しく見えます」


 ユリウス様の瞳が、システムよりも熱く私を見つめている。

 ……重い。最近、彼の忠誠心のベクトルが妙な方向に加速している気がする。


 そこへ、全速力で馬を飛ばしてきた偵察兵が飛び込んできた。


「リシア様! 街道に正体不明の大軍勢……いえ、豪華絢爛な『行列』を確認しました! 旗印は、隣国のサフィア帝国です!」


 サフィア帝国。

 この大陸随一の軍事力を誇りながら、文化・経済でも他を圧倒する超大国。

 そこの人間が、なぜこんな辺境に?


「……まさか、セドリック殿下が差し向けた追手?」

「いえ。……様子が変です。軍隊というより、まるで『求婚のパレード』のような……」



 数十分後。

 カナン領の仮設市街地の入り口に、目が痛くなるほどの「赤い絨毯」が敷かれた。

 

 白馬に跨り、輝くような白銀の鎧を纏った美青年が、大勢の文官を従えて現れる。

 サフィア帝国の第三皇子、レオン・デ・サフィア。

 「帝国の頭脳」と謳われ、冷酷無比な合理主義者として知られている。


 彼は馬を降りるなり、周囲の建設途中の街並みを一瞥し、驚愕に目を見開いた。


「……信じられん。三日でこれほどの基礎インフラを? 排水魔法の術式は最新の『第七世代』か。それも、既存の王宮の十倍以上の効率で組まれている。……素晴らしい。想像を絶する事務処理能力だ」


 レオン王子は、出迎えた私の前でピタリと止まると。

 次の瞬間、彼は膝をつき、私の手を取った。


「リシア・グラン・ゼニス殿。貴女を、我が帝国の『国家運営最高顧問』として、正式に招待したい」


 ユリウス様が背後で「……っ!」と剣の柄を握る音が聞こえた。空気が一気に氷点下まで下がる。

 だが、レオン王子は止まらない。


「条件を言おう。年俸はグラン・ゼニス王国の国家予算の三倍。専属の事務官五百名を貸与し、貴女専用の『移動式行政宮殿』を帝国の全技術を注いで建造しよう。……そして、もし貴女さえ良ければ、私の『正妃』の座も空けてある」


「……はい?」


 私は、手に持っていた設計図の巻物をポロッと落とした。

 え、今の聞き間違いじゃなければ、就職のお誘いと一緒に、結婚指輪的なものがセットで付いてきませんでしたか?


「待て、隣国の王子よ」


 ユリウス様が、氷のような声で割り込んだ。彼は私の肩を抱き寄せ、レオン王子を威圧する。


「リシア殿は、我が騎士団が守護するカナン領の主だ。帝国の甘言に乗るような方ではない。……それに、彼女の『事務能力』を一番理解し、支えているのは私だ」

「ふん、単なる警備員が随分な口を利く。貴公に、彼女が描く『完璧な都市構想』の予算の裏付けができるのか? 帝国なら、彼女の理想を明日にも具現化できる資金がある」


 美青年二人が、バチバチと視線をぶつけ合う。

 その中心で、私は冷え切ったハーブティーを飲み干し、冷静に現状を整理した。


(……サフィア帝国の予算。……最新の魔導設備。……帝国の物流網の解放。……ああ、それがあれば、カナン領の開拓速度はさらに三〇〇%上昇するわね)


「リシア様、まさか……!」

「リシア殿、返事を聞かせてくれ!」


 二人の期待と不安が入り混じった視線を受け、私は魔法端末をパチンと閉じた。


「……レオン王子。素晴らしい条件です。ですが、私は現在、このカナン領の『引っ越しプロジェクト』で手一杯でして」

「ならば、そのプロジェクトごと帝国に引っ越せばいい。我が軍が、この街をまるごと運んでみせよう!」


 王子、フットワーク軽すぎませんか?


 私は微笑んで、続けた。


「お言葉ですが、私は『雇われる』のはもう飽きたんです。……ですので、帝国とは『対等なビジネスパートナー』として契約を結びませんか? 貴国の物流網を私に貸してください。代わりに、私は帝国が三十年解決できなかった『慢性的な官僚の汚職と書類停滞』を、一ヶ月で殲滅してみせましょう」


 レオン王子は、一瞬呆然とした後、狂おしいほど楽しげに笑い出した。


「ははは! 最高だ! 愛の告白より先に、国家間の業務提携を突きつけられるとはな! ……いいだろう、契約成立だ。これよりサフィア帝国は、貴女の『新しい国』を全面支援する!」


 その様子を、物陰からミレーヌさんが見ていた。


「……あらあら。隣国の王子様を初対面で『下請け』にしてしまうなんて。リシア様、貴女の『人望(という名の支配力)』は、もはや国境すら無視し始めましたわね」


 こうして。

 リシアを追い出した本国が、ゴミの山と溢れるトイレに悲鳴を上げている間に。

 リシアの新しい街は、超大国のバックアップを受け、歴史上類を見ない「爆速成長」を開始するのであった。


 


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