第22話 暗黒ギルドは、書類不備で壊滅する
可動宮殿『カナン自由行政センター』を包囲したのは、漆黒の装甲を纏った三十隻以上の重装魔導艦隊だった。
旗艦のメインマストには、交差する二本のペンと、髑髏をあしらった不気味な紋章が翻っている。
「……これが世界中の国家予算を裏で操作し、汚職と暗殺を生業とする暗黒ギルド『ブラック・バジェット』の主力艦隊か」
ユリウス様が私の前に立ち、抜刀する。その切っ先は、空間を切り裂くような鋭い殺気を放っていた。
同時に、レオン王子が執務室の窓を蹴破り、バルコニーへと飛び出す。
「やれやれ。プロポーズの余韻を台無しにしてくれるとは。……リシア、君の『管理権限』を狙う輩は、どうやら礼儀というものを知らないらしいな。帝国の秘蔵魔法で、海ごと蒸発させてやろうか?」
二人の頼もしい(そして殺気立ちすぎている)パートナー候補を背に、私は手元の魔法端末へと視線を戻した。
モニターには、敵艦隊からの「強制的な通信要求」が赤く点滅している。
「……ユリウス様、レオン王子。剣や魔法を収めてください。修繕費の無駄です」
「リシア殿? しかし相手は――」
「エギス、回線を開いて。……相手の『総勘定元帳』へのバックドア、確保できましたか?」
『――肯定。マスター。……敵通信回線の脆弱性を突き、相手ギルドの「極秘経理サーバー」への侵入に成功しました。……データ解析、開始』
私は、バルコニーに設置された大型モニターを起動し、敵旗艦の艦橋にいるであろう「ギルドマスター」に向けて、冷徹な声を投げかけた。
「……そちらの艦隊の司令官。……聞こえますか? 暗黒ギルド『ブラック・バジェット』の代表、ゼロン様とお呼びすればよろしいでしょうか」
モニターに、仮面を被った男が映し出された。彼は狂気を含んだ笑い声を上げ、マントを翻す。
『フハハハ! さすがはカナンを統べる事務官リシア! 私の名を知っているとはな。……だが、その余裕もここまでだ。今すぐその宮殿の「管理者権限」をこちらに譲渡しろ。さもなくば、世界中のブラックマネーで雇った傭兵たちが、貴様の街を灰にするぞ!』
「……脅迫ですか。契約書に捺印する前に行う行為としては非常に下策ですね。……それよりもゼロン様。……貴方のギルドの『昨年度の収支決算報告書』。……これ、三箇所も計算が合いませんわ」
『…………は?』
ゼロンの笑い声が、ピタリと止まった。
私は、魔法端末を操作し、相手の「裏帳簿」を巨大なホログラムで空中へと投影した。
そこには、彼らが隠していた脱税、裏金、そして「不明瞭な交際費」の数々が、真っ赤な修正ペンで埋め尽くされた状態で表示されていた。
「……驚きましたわ。世界を裏で操ると豪語しながら、備品である『暗殺用の短剣』のレシートを、飲食費として計上しようとするなんて。……経理担当者は誰です? 即座に更迭すべき無能ですね」
『な……貴様、なぜ我がギルドの聖域である裏帳簿を……!?』
「聖域、というにはセキュリティがガバガバすぎます。……エギス、彼らが所有する全大陸のオフショア口座、および偽装会社の資産をすべてロック。……ついでに、暗殺者たちの『魔力サブスクリプション契約』を、支払い不履行として強制解約してください」
『――承認。……資産凍結完了。……全魔導兵器のライセンス認証を無効化しました』
次の瞬間。
可動宮殿を取り囲んでいた黒い艦隊に、異変が起きた。
艦体の装甲から放たれていた威圧的な魔力の光が、一斉にプスン……と消えたのだ。
さらには、バルコニーへ突撃しようと跳躍した暗殺者たちが、空中で「エラー:魔力不足」の警告音とともに、ボトボトと海へ落下していく。
「な、なんだ!? 私の剣が光らない! 魔力が出ないぞ!」
「艦のエンジンが停止しました! 支払いが滞っているというメッセージがコンソールに……!」
混乱する敵艦隊。
私は、モニターの中のゼロンに向けて、追い打ちをかけるように冷酷な事実を告げた。
「ゼロン様。貴方のギルド、現在の手許現預金はゼロ。……それどころか、旧王国の銀行から多額の融資を受けていたはずですが……。その銀行、昨日私が『破産処理』を完了させました。……つまり、貴方のギルドは現在、ただの『多額の負債を抱えた無職の集団』です」
『ば、バカな……! 我がギルドの財力は無限……!』
「無限の財力とは、正しい納税と正確な帳簿の上に成り立つものです。……脱税という『システム上の不備』を抱えたまま、この私に勝てると思ったのが間違いでしたね」
私は、指先をパチンと鳴らした。
可動宮殿の下部から、巨大な「監査用魔導砲」が展開される。
「……さて。……ゴミの処分を開始しますか? それとも、ここで私の『再教育プログラム』に応募されますか? 現在、新大陸の開拓作業で、体力のありそうな『肉体労働者』を募集中なのですが」
『……ま、待て。……待ってくれ! 私は……私は、ただ、目立ちたかっただけなんだ! 裏方として世界を操るのが、かっこいいと思って……!』
仮面の男ゼロンが、崩れ落ちるように跪き、泣き出した。
背後で見ていたユリウス様とレオン王子が、信じられないものを見るように顔を見合わせる。
「……武力を使わず、一歩も動かず、書類不備だけで暗黒ギルドを壊滅させた……。リシア殿、貴女はやはり、騎士よりも恐ろしい」
「……リシア。君の『お掃除』は、物理的な破壊よりも再起不能なダメージを相手に与えるな。……脱税とキャッシュフロー不足で自首させるなんて、最凶のざまぁだ」
私は、画面の隅で「ハローワーク」の登録フォームを埋め始めた暗殺者たちのリストを確認し、満足げに微笑んだ。
「……ゴミを減らす一番の方法は、リサイクルすることですから。……エギス、彼ら全員の『納税者番号』を新規発行して。……これからは正しく働いて、私のシステムに貢献していただきますわよ」
暗黒ギルドの襲撃。
それは、事務官リシアの「完璧な段取り」の前では、単なる帳簿のズレを修正する程度の些細な出来事に過ぎなかった。
しかし、喜びも束の間。
エギスのセンサーが、空高く、宇宙の彼方から降り注ぐ「未知の光」を捉えた。
『――警告。……暗黒ギルドの背後にいた「黒幕」の正体を検知。……人間でも、魔導人形でもありません。……古代の管理システムが遺した、「全自動・世界リセット・プログラム」の強制起動を確認しました』
「……リセット? 私の書き上げた帳簿を、白紙に戻す気ですか?」
私の瞳に、静かな怒りの炎が宿る。
仕事の邪魔をする者は、神であろうとシステムであろうと、徹底的に「整理整頓」して差し上げなければ。
次回、可動宮殿の「最終プログラム」が起動。目的地は――空?




