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第21話 二つのプロポーズ、一つの事務回答



 可動宮殿『カナン自由行政センター』は、黄金の翼を羽ばたかせ、新大陸を目指して成層圏を爆走していた。

 時速一〇〇〇キロメートルを超える高速飛行。窓の外では雲が矢のように後方へと流れ去っていくが、宮殿内部は完璧な魔導慣性制御によって、揺れ一つない。


 私は執務室で、新大陸大太陽帝国の全人口統計と、フリーズしたアトラス王に代わる「暫定統治マニュアル」の作成に没頭していた。


「……よし。新大陸の魔導人形たちの再起動シーケンスに、当連邦の『定時退社・有給休暇取得プロトコル』を上書き。これで彼らも、過労で回路を焼き切る心配はなくなりますわね」


 私が魔法端末のエンターキーを叩いた、その時だった。


 バァン! と勢いよく扉が開かれた。

 入ってきたのは、サフィア帝国の第三皇子レオンだ。彼はいつになく真剣な、それでいて不敵な笑みを湛え、真っ赤なマントを翻して私のデスクの前に立った。


「リシア。……新大陸をデバッグしに行くその前に、私の『最優先事項』に返答をもらいたい」


「レオン王子。……今、私は一億人分の再教育プログラムを走らせている最中です。貴方の個人的な案件なら、三ヶ月後のスロットまでお待ちいただけますか?」


「三ヶ月も待てない! これは……我がサフィア帝国の、そして君の人生の『合併マージ』に関する提案だ」


 レオン王子は、デスクに手をつき、私を真っ直ぐに見据えた。


「リシア、君に我がサフィア帝国の『皇帝』の座を譲ろう。……いや、私と結婚し、二国を統合して『リシア・サフィア超帝国』を建国しようじゃないか。君が世界のすべてを管理し、私は君を支える剣となる。……どうだ、これ以上ない効率的な『業務提携』だろう?」


 帝国の継承。

 それは大陸全土を揺るがす、究極の求婚だった。

 レオン王子の瞳には、権力への執着ではなく、リシアという存在に対する純粋な、そして狂おしいほどの情熱が宿っていた。


 しかし、その言葉が終わる前に、背後の影から冷徹な声が響いた。


「……レオン王子。貴公のその提案は、セキュリティ上の脆弱性が高すぎるな」


 いつの間にか部屋の隅に控えていたユリウス様が、静かに歩み寄ってきた。彼の纏う空気は、マイナス五十度の氷河よりも冷たい。


「ユリウス様。……お二人とも、私の執務室を社交場だと思わないでください」


「リシア殿。……私は、帝国という巨大な重荷を貴女の肩に乗せるなど、騎士の矜持が許しません」


 ユリウス様は、私の目の前で膝をついた。

 その所作は、かつての主君に捧げた忠誠よりも遥かに深く、魂を削り出したような重みがあった。


「私は、貴女の『王』になりたいわけではない。……貴女の影になりたいのです。貴女が事務処理に没頭する夜、その背中を守り、貴女が疲れて目を閉じる時、最初にその夢を守る盾になりたい。……私の命、私の時間、私の愛のすべてを、貴女という名の『真実』に捧げます。……どうか、私を貴女の生涯の『専属護衛』……いえ、夫として受け入れてはいただけませんか?」


 執務室に、沈黙が降りた。

 一人は、世界を統べる「冠」を差し出し。

 一人は、自分という「命」を差し出している。

 

 なろう小説のヒロインなら、ここで頬を赤らめ、どちらの手を取るべきか悩み、天を仰ぐ場面だろう。

 だが、私の脳内にある『リシア・マネジメント・システム』は、この事態を別の角度から演算していた。


「…………」


 私は、二人を交互に見つめた。

 そして、おもむろに魔法端末に新しいプロジェクトシートを立ち上げた。


「……判定を開始します。……ユリウス様の提案内容:生涯にわたるセキュリティ・リソースの独占契約。……メリットは、メンタルケアの最適化と身辺警護の最大化。……レオン王子の提案内容:帝国の資産および行政権の完全買収。……メリットは、大陸規模の標準化コストの大幅削減」


「リ、リシア? 何をメモしているんだ?」


「リシア殿、返答を……!」


 私は、二人の期待に満ちた視線を無視し、算出された「シナジー(相乗効果)」の数値を眺めて頷いた。


「……素晴らしいわ。……お二人とも、採用です」


「「採用!?」」


 二人の声が重なった。


「いいですか。ユリウス様が私の背後を守り、すべての雑務から私を遮断してくだされば、私の集中力は二十パーセント向上します。……一方で、レオン王子が帝国の予算と軍事力を私の管理下に置いてくだされば、私の理想とする『全世界・定時退社システム』の導入期間が五年短縮されます。……つまり、お二人が同時に私の配下……いえ、パートナーとして機能する場合、私の事務処理能力は理論上、三百パーセントまで跳ね上がります!」


 私は、感極まった様子で二人の手を取った。


「ありがとうございます! こんなに有能な『人的資源』を二人同時に確保できるなんて、私の人生設計における最大の段取りです! 早速、三者共同の『生涯パートナーシップ契約書』のドラフトを作成します。……あ、結婚指輪の予算は帝国の特別会計から出しましょう。……式典の警備は騎士団の研修として計上します」


「……待て。……待ってくれ、リシア。……今のは、つまり『二人とも合格』ということか? 一夫多妻ならぬ、一妻多夫ということか?」


 レオン王子が、信じられないものを見るように問いかける。


「いいえ。……性別や形式の問題ではありません。……これは、世界の平穏を守るための『最強の管理チーム』の結成です。……愛だの恋だのという不安定な感情を、組織運営のガソリンとして最大効率で燃焼させる……。これこそが、私の導き出した、乙女心という名の『事務処理』の最終回答です!」


 私は満面の笑みで告げた。

 ユリウス様は額を押さえてよろめき、レオン王子は「……君という人は、本当に……」と天を仰いだ。

 

 二人の熱烈な愛情を、一瞬で「生産性の向上」へと変換する。

 これこそが、事務官リシアの真骨頂なのだ。


 しかし、その喜びの瞬間を、無機質なアラート音が引き裂いた。


『――緊急警告。宮殿の魔導レーダーに異常。……直下に潜伏していた「影の艦隊」を検知。……これより、強制的なハッキング攻撃が開始されます』


「……なんですって?」


 私は即座に、二人の手を離して端末へと飛びついた。

 モニターに映し出されたのは、新大陸の正規軍ではない。

 漆黒の船体に、ドクロとペンを組み合わせた不気味な紋章。


「……暗黒ギルド『ブラック・バジェット』。……世界中の汚職と裏金を牛耳る、事務処理の暗部集団ですね」


「リシア殿、危ない!」


 ユリウス様が私を抱き寄せ、同時に室内に黒い矢が放たれた。

 

「……やれやれ。プロポーズの返事をもらった直後に、仕事の邪魔が入るとはな。……ユリウス、協力体制は『契約通り』だな?」


「ああ、レオン。……リシア殿の『平穏な残業時間』を乱す者は……」


 二人は同時に武器を構え、不敵に微笑んだ。


「「……根こそぎ、デリートして差し上げましょう」」


 事務官リシアの恋の段取りは、世界を敵に回した「お掃除」へと、さらに加速していく。


次回、暗黒ギルドの襲来。彼らの目的は、リシアの持つ「管理権限」の強奪。

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