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第20話 魔導人形王のフリーズ



 新大陸の巨船から運び込まれた、不気味な黒い石。

 カナン領の第一総合行政センター、その最上階にある通信室には、かつてない緊迫した空気が漂っていた。

 部屋の中央に設置された巨大な魔導スクリーンには、ノイズ混じりの映像が映し出されている。


 そこにいたのは、黄金の玉座に座る、陶器のように白い肌を持った男だった。

 整いすぎた容姿、微動だにしない睫毛。そして、何よりも生命の輝きを一切感じさせない、水晶のような瞳。

 大太陽帝国の統治者、魔導人形王アトラス。


「――通信、確立。……現地の個体名『リシア』を確認。……これより、効率的な惑星管理プログラムの共有を開始する」


 スピーカーから流れるのは、感情の抑揚が完全に欠落した、平坦な機械音声。

 隣で控えるユリウス様が、不快そうに眉をひそめて剣の柄を握りしめた。


「リシア殿、気をつけてください。……この男、いえ、この物体からは生命の鼓動が聞こえません。……ただの冷たい魔力の塊です」


「リシア、君の『段取り』の天敵かもしれないよ。……彼は大陸中を機械的な論理だけで支配していると聞く。……感情を一切持たない、完璧な統治者だ」


 レオン王子も、いつもの軽薄な笑みを消して画面を睨んでいる。

 そんな二人の緊張を余所に、私は手元の魔法端末を叩き、アトラスが送ってきた「管理プログラム」と称する膨大なデータ群を眺めていた。


「……なるほど。これが貴方の『最適解』ですか、アトラス様」


「肯定。……我が解析によれば、生命体は非合理的である。……特に感情という不確定要素は、生産性を四十二パーセント低下させる。……よって、我が帝国では全ての国民に『感情制御チップ』を埋め込み、最適な労働時間と睡眠、そして栄養を義務付けている。……弱者は排除し、優秀な個体のみを繁殖させる。……これが、宇宙の熱力学的な法則に合致した、唯一の正解である」


 アトラスの瞳が、僅かに明滅した。

 その言葉に、後ろで控えていたボルドー閣下が震えながら跪く。

 新大陸がこれほどの巨船を作り、圧倒的な技術を誇りながら、どこか不気味な静寂を纏っていた理由。それは、国全体が巨大な工場のように管理されていたからだ。


「リシア、どうだ。……君なら、この論理の美しさが理解できるはずだ。……君の事務能力と、我が計算能力を統合すれば、この星から全ての『無駄』を排除できる」


 アトラスは、勧誘というよりも事実の通告として、私に手を差し伸べるような仕草を見せた。

 ユリウス様が「リシア殿、惑わされないでください!」と叫ぶ。


 だが、私は。

 画面上のデータにある一点を指差し、鼻で笑った。


「……アトラス様。貴方、算数からやり直した方がよろしいですよ」


「…………。……修正。……計算ミスは存在しない。……我が演算は完璧である」


「いいえ、不備だらけです。……例えば、貴方のこの『弱者排除プログラム』。……これ、事務官の視点から見れば、ただの『資源の不法投棄』に過ぎません」


 私は、アトラスの提示した真っ白なグラフの上に、カナンの最新データを真っ赤な線で上書きして投影した。


「いいですか。貴方は『感情』を生産性を下げる要因だと断じましたが、それは管理の段取りが下手なだけです。……感情とは、生命体が自発的にエネルギーを生成するための、最も安価で高出力な『内燃機関』なんですよ」


「理解不能。……感情はエラーである。……不合理な行動を誘発するバグである」


「バグではありません、ブーストです! ……例えば、ガストンさんの料理。……彼が『リシア嬢ちゃんを驚かせたい』という感情を持って作る場合、機械が作る完璧な栄養食よりも、食べた職員の作業効率が翌朝に十五パーセント向上するという実証データが出ています。……これを貴方は『非効率』として切り捨てている。……実にもったいない!」


 私は、次々とデータを切り替えていく。

 アトラスの瞳の明滅が、徐々に速くなっていく。


「さらに言えば、貴方の言う『弱者の排除』。……これも致命的なエラーです。……社会において、すべての人間が『管理者』であれば、誰が排水溝の清掃や、単調なラベル貼りの作業に従事するのですか? ……全員がリーダーシップを持てば、組織は一秒で空中分解します。……多様な能力値と欲望を持つ人間を、適材適所に配置し、それぞれの『喜び』という報酬で動かす。……これこそが、メンテナンスコストを最小に抑えるための『究極の段取り』なんです」


「……計算、開始。……感情のエネルギー換算……。……個体間のシナジーによる、想定外の出力……。……ぐ、ぬ……。……数値が、収束しない……」


 画面の中のアトラスが、初めて僅かに身じろぎした。

 黄金の玉座から微かな火花が散り、背後の魔導回路が激しく発光し始める。


「アトラス様。貴方の論理は、既存の資源を切り詰めるだけの『守りのマネジメント』です。……私の段取りは、感情という名の無限の資源を組み込んだ『攻めの経営』。……貴方のシステムには、私の組織にある『明日へのワクワク感』という名の予備電源バッファが、一ミリも含まれていません」


 私は、トドメとばかりに、自分の管理者の紋章を画面にかざした。

 宮殿のAIエギスが、アトラスのサーバーへ向けて「カナンの幸福度指数」という名の膨大なノイズを送り込む。


「さあ、再計算してください。……私のいる世界と、貴方の凍りついた世界。……どちらが長く続くシステムなのかを!」


「……あ、あ……。……感情、定義不能。……ワクワク感、定義不能。……最適解、検索中……。……検索……。……検索…………」


 ――ピーーーーーーー!!


 突如、鼓膜を劈くような電子音が鳴り響き、画面の中のアトラスが、変なポーズで固まった。

 首が右に三十度傾き、瞳のクリスタルが真っ赤に点滅し、口からは「ア、ア、ア、ア……」というバグ音が漏れている。


「フ、フリーズした……!? あの大太陽帝国の王が、リシアの『説教』でオーバーロードしたというのか!」


 レオン王子が、信じられないものを見るように叫んだ。

 ボルドー閣下にいたっては、もはや声も出せず、泡を吹いて気絶している。


『――報告。大太陽帝国のメインサーバー、カナンの複雑な「感情ロジック」を処理しきれず、強制シャットダウンに入りました。……再起動まで、およそ三百年の試算です』


 エギスの冷徹な声が通信室に響く。

 画面は砂嵐へと変わり、通信が途絶えた。


「……やれやれ。王様を名乗るなら、もう少しサーバーの増強をしておくべきでしたね。……ユリウス様、今のやり取り、記録しておいてください。……『新大陸の王は、感情リソースの活用法を知らない不勉強者である』と」


「……リシア殿。貴女は、いつか神様まで論破してフリーズさせそうですね」


 ユリウス様が、呆れ半分、尊敬半分で溜息をつく。

 私は、冷えたコーヒーを一口飲み、満足げに微笑んだ。


「神様でも王様でも、事務に不備があれば指摘するのが私の仕事です。……さて、アトラス様が動かなくなったということは、あちらの大陸の管理体制は今、ガタガタになっているはずですわ」


「……リシア。まさか、君……」


 レオン王子が、引き攣った笑いを浮かべる。


「はい。……新大陸の皆様が、王様のフリーズで路頭に迷うのは、私の段取りが許しません。……ユリウス様、可動宮殿の進路を西へ。……新大陸に向けて、全速前進です!」


「……本気ですか、リシア殿!? あちらにはまだ、どんな魔導兵器があるか分かっていないのですよ!」


「問題ありません。……武器よりも先に、彼らには『正しい帳簿の付け方』と『定時退社の喜び』を教えて差し上げる必要がありますから。……エギス、移動中の車内清掃と、新大陸用の『リシア式・行政マニュアル』の印刷を開始して!」


『了解しました。……マスター。……新大陸のデバッグ、楽しみにしております』


 可動宮殿が、黄金の翼を羽ばたかせ、未知の水平線へと向かって加速する。

 人望がありすぎて王宮ごと引っ越してきた事務官リシア。

 彼女の「お片付け」は、ついに海を越え、一つの大陸をまるごと再設計しようとしていた。


 その頃、新大陸では。

 突然動かなくなった王を前に、何万体もの魔導人形たちが「エラー。……次の命令を要求します」と、空を仰いでいたという。


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