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第2話:段取りが良すぎて、追放がパレードになりました


 朝日が昇ると同時に、グラン・ゼニス王国の王都は、かつてないほどの「静寂」に包まれていた。

 いつもなら、夜明けとともに城門が開き、物資を運ぶ馬車の車輪の音が響き、近衛騎士たちの規則正しい足音が石畳を叩き、厨房からは香ばしいパンの匂いが漂ってくるはずなのだが。


 その日の王宮は、まるで巨大な墓標のように沈黙していた。


---


「……おい。おい、誰かいないのか!」


 第一王子セドリックは、天蓋付きのベッドの中で目を覚まし、苛立ちまぎれに叫んだ。

 これまでなら、彼が目を開ける一秒前に、完璧なタイミングでカーテンが開かれ、洗いたての顔拭きと、適温に調整されたハーブティーが差し出されるはずだ。

 だが、部屋は薄暗いままで、空気は淀んでいる。


「リシア! いつまで寝ている! 喉が渇いたと言っているだろうが!」


 返事はない。

 昨夜、自分が追い出したことなど、すっかり忘れているらしい。セドリックは不機嫌そうにベッドから這い出し、裸足のまま冷たい床を歩いた。


「チッ、どいつもこいつも……。おい、侍女! 誰か!」


 彼が部屋の扉を勢いよく開けた先。そこにあったのは、もはや「王宮」と呼ぶにはあまりに無残な光景だった。


 廊下には「人っこ一人」いなかった。

 甲冑を鳴らして立っているはずの番兵も、廊下の花瓶を整えるはずの侍女も、昨日のパーティーの片付けをするはずの雑用係も。

 まるで、魔法で魂だけを吸い取られたかのように、誰もいない。


 セドリックは、寝ぼけ眼をこすりながら厨房へと向かった。

 空腹は限界だ。せめて出来立てのオムレツでも食べようと思ったのだ。

 だが、厨房の扉を開けた瞬間、彼は絶句した。


「……は?」


 そこには、鍋一つなかった。

 包丁も、まな板も、スパイスの瓶も。それどころか、巨大な調理台や、壁に作り付けられていたはずのオーブンまでもが、根こそぎ消えていた。

 ただ、床に一通の手紙だけがポツンと置かれている。


『殿下へ。

 私、ガストンは包丁の次に大事な「調理設備一式」をリシア嬢ちゃんへの退職祝いに贈呈することにしました。あ、ついでに冷蔵庫の中身も全部持っていきますね。腹が減ったら、自分のカリスマ性でもかじっててください。 ――料理長より』



「ふ、ふざけるな! 泥棒だ! これは国家反逆罪だぞ!」


 セドリックの咆哮は、誰もいない広い厨房に空しく響くだけだった。


---


 一方、王都から数マイル離れた街道では、歴史上類を見ないほど「平和的で秩序ある民族大移動」が繰り広げられていた。


「はい、右側の馬車は止まらないで! 速度を維持してください! 左側の列は、三十分後に休憩に入ります!」


 私は、特注の魔導拡声器を片手に、豪華な(しかし実用的な改造を施した)指揮用馬車の上から指示を出していた。

 昨夜、王宮を飛び出した私を待っていたのは、予想を遥かに上回る「同伴者」の数だった。


 近衛騎士団の三分の二。

 文官・官僚・会計官の九割。

 料理人・庭師・清掃員にいたっては、ほぼ全員。


「リシア様、第一陣の設営準備、完了しました」


 馬車に並走する白馬に跨ったユリウス様が、爽やかに報告してくる。

 彼はすでに騎士団の重苦しい正装を脱ぎ捨て、動きやすい革の軽装に着替えていた。その顔は、王宮にいた時よりもずっと生き生きとしている。


「ありがとうございます、ユリウス様。それにしても、これだけの人数を一度に動かすのは、やっぱり大変ですね。去年の『隣国親善パレード』の段取りを流用できて良かったです」

「流用、とおっしゃいますが……あれを一夜で書き換えて、数千人の役割分担を完璧に割り振るなど、貴女以外には不可能ですよ」


 ユリウス様は、心底感心したように私を見上げる。

 いえ、私はただ、誰がどの馬車に乗れば一番喧嘩が起きないかとか、どの部署の人間が隣同士なら効率よく仕事ができるかを、普段から考えていただけなんだけど。


「リシア様! 大変です、一大事が発生しましたわ!」


 会計官のミレーヌさんが、馬車の窓を叩いた。彼女の手には、ぶ厚い帳簿が握られている。


「どうしました、ミレーヌさん?」

「リシア様のアドバイスで、あちこちに分散して運用してあった、『緊急予備費』と『福利厚生基金』……あ、ついでに私がドサクサ紛れに回収した『不明瞭な使途の極秘金』を合わせたら、隣国を三つ買えるほどの金額になってしまいました!」

「……え?」

「このままでは、辺境に到着する頃には私たちの総資産がこの国の国家予算を超えてしまいます。どうしましょう、リシア様。私、ワクワクして計算が止まりませんわ!」


 眼鏡をキラリと光らせるミレーヌさん。

 ……どうやら彼女、抑圧されていた反動で「数字の鬼」から「経済の魔女」へと進化しつつあるようだ。


---


 数日の旅を経て、私たちは目的地である「辺境・カナン領」に到着した。

 そこは、地図上では一応「不毛の荒野」と記されている場所だ。


「……リシア様。ここが、私たちの新しい家、ですか?」

「はい。そうですよ」


 馬車から降りた官僚たちが、不安げに周囲を見渡す。

 確かに、そこには木々がまばらに生え、風が吹き抜けるだけの平原が広がっていた。


 だが、私は微笑んだ。

 私の段取り力は、ただ王宮のトラブルシューティングにのみ、注がれていたのではない。

 基金や予備費の運用もそうだが、未来の不測の事態に備えて、王国の数カ所を候補地に選び「遷都先候補地」として開発に着手しておいたのだ。ここカナンはそのうちでも、王都から伸びる収容幹線道路に最も近く、発展の可能性が高い場所だった。


「皆さん、ご心配なく。……ガストンさん、出番ですよ!」

「おうよ! 嬢ちゃん!」


 料理長のガストンが、荷台から巨大な鐘を鳴らした。

 すると、地平線の彼方から、土煙を上げて数百人の人々がこちらへ走ってくるのが見えた。


「リシア様が来たぞー!」

「聖女様がお帰りだ!」

「さあ、約束の建物を展開しろ!」


 彼らは、私が密かに支援していた「辺境開拓団」の人々だ。

 彼らの手によって、荒野の地下に隠されていた巨大な「基礎構造」が、魔法と人力によって次々と地上に姿を現し始めた。


「な、なんだこれは……。すでに街の骨組みができているのか!?」

「はい。完成させておくと経年劣化が進みますから、土の中で『保存』するタイプの建築術式を開発しておいたんです」


 私がそう説明すると、ユリウス様が驚愕の声を上げる。

 そうなのだ。ここは不毛の地などではない。

 私の「趣味の都市計画」がすでに八割方完成していた、世界で最も効率的な新都市なのだ。


「さて、皆さん。ここからは『仕事』の時間ですよ」


 私は、魔法端末を空中に投影し、巨大なホログラムの設計図を広げた。


「ユリウス様は野営地の要領で騎士団のみんなと宿舎設営を。ミレーヌさんは必要物資の管理と配給、それからこの土地の『独自通貨』の発行準備を。紙幣のデザインはこれです。ガストンさんは、街開きのお祝いに今日中に三千人分のフルコースを用意して下さい。……あ、お品書きは端末に送ってあります」


 私の指示が飛ぶたびに、戸惑っていた人々が歓喜の声をあげて、弾かれたように動き出す。

 彼らの顔には、もはや「王都を離れた悲壮感」など微塵もない。

 あるのは、世界で最も有能な「上司」のもとで、新しい街を創り上げるという狂熱だけだ。


「……あ。言い忘れましたが」


 私は、遠く王都の方角を振り返って、小さく舌を出した。


「セドリック殿下。貴方の仰った通り、『目立たないように』この地で最高の街を作らせていただきますね」





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