第15話 大夜会、主役は裏方の方でした
大陸全土の有力者が一堂に会する「大陸大夜会」。
中立地帯にある壮麗な迎賓館「水晶宮」を舞台にしたこの祭典は、かつては優雅な社交の場であったが、今年は異様な熱気に包まれていた。
各国の王、女帝、豪商、そして稀代の魔導師たち。彼らの視線の先にあるのは、会場中央の玉座ではなく、入り口に停泊した「空飛ぶ王宮」――カナン自由行政区の本庁舎である。
「……到着しましたね。ユリウス様、エントランスの導線に乱れがあります。招待客の馬車が三分遅延していますので、警備魔法をバイパスして第二ゲートを開放してください」
「承知いたしました。……リシア殿、本日の貴女の装いは、並み居る王妃たちよりも遥かに目を引きますが……よろしいのですか? 『目立たないように』がモットーでは?」
ユリウス様が、私にエスコートの手を差し出しながら苦笑する。
今日の私は、事務官の制服をドレスアップした「礼装用・高機能ローブ」を纏っていた。派手な装飾はないが、最高級の魔導シルクを使用し、ペンや端末を瞬時に取り出せる隠しポケットを完備した、私の勝負服である。
「誤解しないでください。これは『目立たないため』の機能美です。……さあ、参りましょう。本日の目的は、大陸中の不毛な事務手続きを一掃するための、利用規約の周知徹底です」
私が一歩、会場に足を踏み入れた瞬間。
オーケストラの演奏が止まり、数千人の視線が突き刺さった。
「おお……あの方が、あの伝説の『お片付け事務官』か!」
「旧王国を物理的に解体したばかりか、帝国の予算を三日で立て直したという……!」
ざわめきが波のように広がる。だが、私はそんなことは気にしない。
それよりも気になるのは、会場のシャンパングラスの配置だ。左右非対称で、これでは給仕がぶつかる確率が十二パーセント跳ね上がる。
「リシア、こちらだ。君が来るのを首を長くして待っていたよ」
群衆を割って現れたのは、サフィア帝国のレオン王子だ。彼は私の手を取り、まるで自分が主催者のような顔で微笑む。
「レオン王子、エスコートは不要です。それより、帝国の官僚たちの宿題は終わりましたか? 提出期限は三時間前でしたが」
「……うっ。……あ、ああ、今夜中には必ず。それより、君を狙う『狩人』たちが集まっている。気をつけて」
レオン王子の視線の先。
そこには、伝統を重んじる保守的な小国家「ヴィクトリア王国」の伯爵夫人が、不快そうに扇子を動かしていた。
「あら、あれが噂の『家出娘』ですの? ただの事務官が、このような高貴な場に土足で踏み入るとは。……おまけに、その地味な格好。お里が知れますわね」
夫人の取り巻きたちがクスクスと笑い声を上げる。
会場に緊張が走った。ユリウス様の瞳に鋭い光が宿るが、私はそれを手で制した。
私は、静かに夫人の前へ歩み寄った。
「ヴィクトリア王国のイザベラ伯爵夫人ですね。……ご機嫌よう。貴女のそのドレス、素晴らしいデザインですが……コルセットが三ミリほどきつすぎませんか? そのせいで呼吸が浅くなり、貴女の先ほどからの『悪口』の語尾が僅かに震えています。社交上のパフォーマンスとしては、非常に効率が悪いですよ」
「なっ……ななな、何を失礼な!」
「失礼ではありません、事実です。……あ、それから。貴女の領地から提出されている『河川改修の申請書』、書類不備で三回差し戻しています。……イザベラ夫人、貴女がここで私の服を笑っている一分間に、貴女の領民は三トンの土砂災害のリスクを背負っていることを、数値化してお見せしましょう」
私は空中に魔法端末のホログラムを展開した。
夫人の領地の赤字データが、真っ赤な数字となって会場中に浮かび上がる。
「ひ……ひぃっ! や、やめなさい! こんな無礼、許されるはずが――」
「無礼なのは貴女の方だ、伯爵夫人」
重厚な声が響いた。
現れたのは、大陸随一の魔導大国の王、そして先ほどまでリシアに経済支援を求めていた小国の元首たちだ。
「リシア殿は、我が国のインフラを救ってくれた女神のようなお方。彼女の装いを笑うことは、我が国を侮辱することと同義である!」
「彼女の『事務能力』のおかげで、我が国の赤字は解消された。イザベラ夫人、貴女の国との同盟、これより白紙にさせていただこう!」
次々と大陸の要人たちが私の前に立ち、盾となる。
夫人は顔を青ざめ、扇子を落としてその場にへたり込んだ。
「……皆様、落ち着いてください。彼女を社会的抹殺するのは、私のスケジュールには入っていません。……夫人、書類さえ正しく書き直せば、私は仕事として貴女の領地を整えます。……それが、私の『段取り』ですから」
私が手を差し伸べると、夫人は震えながらその手を取り、逃げるように去っていった。
会場に再び、静かな感嘆の声が広がる。
誰もが理解した。
この夜会の主役は、金色の王冠を被った王たちではない。
全ての「不合理」をデータで叩き伏せ、世界を最適化していく、この桃色の髪の事務官なのだと。
会談は深夜まで続き、私は並み居る王たちに「宿題」という名の改善命令を配り終えた。
ようやく一息つこうとしたその時。
ズズズ……ッ!
宮殿のバルコニーから、かつて地下で聞いたあの地鳴りが、再び響き渡った。
それも、前回とは比較にならないほどの振動だ。
「……リシア、これを見てくれ!」
レオン王子が外を指差す。
空に浮かぶ「可動宮殿」が、黄金の光に包まれていた。
宮殿の外装がまるで生き物のように蠢き、尖塔が沈み込み、代わりに巨大な「翼」のような構造体が展開され始める。
「エギス!? 何が起きているのですか!」
『――警告。全大陸規模の「権威エネルギー」の集中を検知。……宮殿の最終プログラム「アトラス」がアンロックされました。……これより本宮殿は、大陸の不備を物理的に修正する「真の形態」へと移行します』
「真の形態……? まさか、これ以上目立つ形になるんですか?」
私の問いに答えるように、宮殿は眩い光を放ち、その姿を「移動要塞都市」へと変形させていく。
会場の王たちが腰を抜かし、祈りを捧げ始める中、私は頭を押さえて絶叫した。
「エギス! 目立たないようにしろと言ったでしょう! これじゃ、明日の新聞の第一面が私の顔で埋まってしまうじゃないですか!」
事務官リシアの「お掃除」は、ついに大陸の地平線を越え、空をも書き換えようとしていた。
次回、祭典の夜、可動宮殿が「真の形態」へ変形を開始する。




