第7章:裁きの舌、運命の試食会
王都製菓組合による嫌がらせは、日に日にエスカレートしていった。客足にも影響が出始め、エリオットも焦りの色を隠せないでいた。そんな折、組合から一通の挑戦状が叩きつけられた。
「来る王城の晩餐会に向けた、新作菓子の公開試食会を開催する。王都の菓子職人の実力を示すこの会に、君たち『ル・セシル』も参加する栄誉を与えよう。もちろん、我々に勝てると思っているのなら、の話だがな」
それは、明らかに私たちを衆目の前で叩き潰し、評判を地に落とすための罠だった。組合に所属する一流の職人たちが腕を競う場で、新参の私たちが勝てるはずがない。断れば臆病者と謗られ、参加すれば完膚なきまでに打ちのめされる。まさに絶体絶命の状況だった。
リゼは「卑怯です!」と憤り、カイは「俺が奴らを……」と物騒なことを口にする。しかし、私はその挑戦状を静かに受け取った。
「望むところです。彼らの土俵で、正々堂々と勝負して差し上げましょう」
私の覚悟に、エリオットは息を呑んだ。
「セシリア……君は本気か?」
「ええ。これは、私たちの菓子が本物かどうかを、王都のすべての人々に知ってもらう絶好の機会です」
試食会当日。会場となった大広間は、王都中の美食家である貴族たちや、名だたる料理人たちで埋め尽くされていた。その中には、王城付きの料理長である、ムッシュ・ドミニクの姿もあった。彼は国内で最も権威のある“裁きの舌”を持つと言われる人物だ。
組合の職人たちは、見た目も華やかな、芸術品のような菓子を次々と披露していく。砂糖細工の薔薇、宝石のように輝くフルーツのコンポート、幾重にも層が重なった精緻なケーキ。会場からは感嘆のため息が漏れる。
そして、ついに私の番が来た。私がテーブルに置いたのは、たった一種類の、見た目は地味なチョコレートタルトだった。会場から、くすりという失笑が漏れる。
「なんだ、あれは。田舎の焼き菓子か?」
「見栄えも何もない。勝負を捨てたな」
しかし、私は動じない。タルトが切り分けられ、審査員たちの元へ運ばれていく。一口食べた瞬間、会場の空気が一変した。ざわめきが止まり、静寂が訪れる。誰もが、自分の舌の上で起きている奇跡に、言葉を失っていた。
濃厚でありながら、くどくない。力強いカカオの香りの奥に、爽やかなハーブの風味がふわりと駆け抜ける。タルト生地のザクザクとした食感と、ナッツの香ばしさ。全ての要素が完璧な調和をもって、口の中に広がっていく。
最後に口をつけたムッシュ・ドミニクが、ゆっくりと目を開けた。
「……素晴らしい」
その一言が、全てだった。
「この菓子には、魂が宿っている。素材の声を聴き、その持ち味を最大限に引き出す、職人の深い愛情と哲学……!見せかけの技巧や華やかさではない、食の本質がここにある。これほどの菓子を、私は生涯で一度も口にしたことがない!」
料理長の絶賛に、会場は万雷の拍手で包まれた。組合の長は顔面蒼白で立ち尽くし、他の職人たちも自分たちの菓子と私のタルトを交互に見て、呆然としている。
私は静かに一礼した。
「私が作ったのは、『ベルフェリア産カカオとハーブの香る濃厚タルト』。私の故郷の味です」
“故郷”。その言葉に、私は確かな誇りを込めた。辺境の村で生まれたこの菓子が、王都の頂点に立った瞬間だった。




