第4章:甘さは希望を連れてくる
セシリアのチョコレートタルトは、ベルフェリア村にささやかな、しかし確かな変化をもたらした。これまで日々の労働に疲れ、笑顔を忘れていた村人たちの顔に、明るさが戻ってきたのだ。子どもたちはもちろん、大人たちでさえ、一日の終わりにセシリアのお菓子を食べることを楽しみにするようになった。
「セシリアさん、このお菓子を売ってくれないか?隣村の親戚にも食べさせてやりたいんだ」
そんな声が日増しに大きくなり、私は老夫婦の助けを借りて、村の空き家になっていた小さな小屋を改装し、自分のお店を開くことを決意した。屋号は「ル・セシル」。前世でいつか持ちたいと夢見ていた店の名前だ。
開店準備は、決して楽ではなかった。しかし、村人たちが自分のことのように手伝ってくれた。大工仕事が得意な男はカウンターを作り、手先の器用な女は素朴な看板を彫ってくれた。皆、セシリアの作る甘いお菓子がもたらす希望を、肌で感じていたのだ。
そんな中、私に二人の仲間ができた。
一人は、カイと名乗る無口な青年だった。彼は元王国騎士団の兵士で、戦争で心に傷を負い、この村で静かに暮らしていた。最初は遠巻きに私を見ていただけだったが、ある日、カカオ豆を狙って森に現れた盗賊から、私を圧倒的な強さで守ってくれた。
「……あんたのお菓子は、この村に必要だ。俺が守る」
ぶっきらぼうな言葉だったが、その瞳は真剣だった。以来、カイは店の用心棒兼、力仕事担当として、私の右腕になってくれた。
もう一人は、リゼという快活な少女。私がお菓子を作り始めると、誰よりも早く駆けつけ、目を輝かせて手伝いを申し出てくれた。
「私、セシリアさんのお弟子さんになりたいです!この村のみんなを、お菓子で笑顔にしたいんです!」
少しおっちょこちょいで失敗も多いが、そのひたむきさと明るさは、店の雰囲気を和ませてくれた。
こうして、菓子屋「ル・セシル」は正式に開店した。主力商品はもちろん「チョコレートタルト」。その他にも、村で採れる果物を使った素朴な焼き菓子や、カイが森で集めてきてくれる木の実を使ったクッキーも並べた。
開店初日、店の前には村中の人々が集まり、長蛇の列ができた。そして噂は村を越え、近隣の町からも馬車で買いに来る人々が現れ始めた。
「このタルトを食べると、良いことがあるんだって?」
「ああ、うちの娘の病気が治ったのは、このお菓子のおかげかもしれない」
いつしかセシリアのチョコレートタルトは、「幸運を呼ぶ菓子」として知られるようになっていた。もちろん、そんな魔法のような力はない。けれど、甘いものが心を癒し、前を向く活力を与えることは事実だった。甘さは、ささやかな希望を連れてくる。人々はタルトに、そんな希望を託していたのだ。
カイは黙々と薪を割り、リゼは元気な声で客を呼び込む。そして私は、厨房でひたすらお菓子を焼く。忙しいけれど、満ち足りた毎日。かつて王城で感じていた孤独は、もうどこにもなかった。ここには、私を必要としてくれる人々と、信頼できる仲間がいる。
「ル・セシル」の小さな灯りは、辺境の地で、人々の心を温かく照らし始めていた。




