番外編2:カイの過去と、静かな再会
カイは、「ル・セシル」の物流と警備を統括する責任者として、なくてはならない存在になっていた。しかし、彼が自身の過去を語ることはほとんどなかった。元王国騎士団の兵士だったこと、そして戦争で何かがあったらしいこと以外、セシリアたちも詳しくは知らなかった。
その日、カイは地方の新規店舗の視察に訪れていた。新しく雇用された従業員の中に、ひときわ真面目に働く、片足が少し不自由な少年がいることに気がついた。歳は十五、六だろうか。
視察を終え、カイが馬に乗ろうとした時、その少年が駆け寄ってきた。
「あ、あの……!責任者のカイ様、ですよね?」
「……ああ」
「もしかして……北方の、あの戦場に……?」
少年の言葉に、カイの眉がぴくりと動いた。北方の戦場。そこは、カイが心に深い傷を負った場所だった。仲間を大勢失い、無力感に苛まれた、思い出したくもない記憶。
「……なぜそれを」
少年は、おもむろに自分の不自由な足を指さした。
「俺、あの時、瓦礫の下敷きになって死にかけてたんです。もうダメだと思った時、一人の兵士さんが、鬼みたいな形相で瓦礫をどかして、俺を担いでここまで逃げてくれたんです。その人の背中、ずっと忘れません」
少年は、震える声で続けた。
「その人は、俺にこれを握らせて、『生きろ』って……。名前も聞けなかったけど……その時の兵士さんが、あなたじゃありませんか?」
少年が差し出したのは、古びて変色した、王国騎士団の紋章が入ったボタンだった。それは、カイが戦闘中に失くした、自分の上着のボタンに違いなかった。
カイは何も言わず、ただ黙って少年を見ていた。脳裏に、あの日の地獄のような光景が蘇る。炎と煙、響き渡る悲鳴。そんな中、必死で助け出した、か細い命。
少年が生きて、こうして目の前で、自分の足で立っている。菓子職人になるという夢を見つけて、懸命に働いている。
カイはゆっくりと少年の前に進み出ると、ごつごつした大きな手で、彼の肩を力強く掴んだ。それは、言葉にならない万感の想いが込められた、静かな再会の握手だった。
「……立派になったな」
それだけ言うと、カイは馬に跨り、夕日の中を去っていった。
カイの無愛想な顔に、ほんのわずかな、柔らかな笑みが浮かんでいたことを、少年だけが見ていた。セシリアの作る甘い菓子が人々を救うように、カイが命を懸けて守った小さな命もまた、巡り巡って、カイ自身の心を救った瞬間だった。




