番外編1:リゼと失敗だらけのアップルパイ
「ぜ、絶対に成功させてみせます!」
王都の中央工房で、リゼは紅潮した顔で宣言した。彼女の前には、山のようなリンゴと、格闘の跡が見える調理器具が散乱している。今日は、彼女がセシリアに日頃の感謝を伝えるため、一人でアップルパイを焼き上げると決めた日だった。
セシリアの弟子となって数年、リゼは今や「ル・セシル」の中でも指折りの菓子職人に成長していた。しかし、彼女が最初にセシリアから教わったチョコレートタルト以外の菓子を、一人で、しかもセシリアのために作るのは初めてだった。
「パイ生地は……バターを冷やして、素早く練り込む……!」
レシピを暗唱しながら作業を進めるが、焦りと緊張で手が震える。バターは手の熱で溶け、生地はべとべとに。リンゴのフィリングは、砂糖を入れすぎて甘ったるくなってしまった。
「うぅ……なんで……」
一度目の挑戦は、見るも無惨な黒焦げの塊になった。二度目は、生焼けで水っぽい。三度目、四度目と失敗を重ねるたびに、リゼの目には涙が溜まっていく。
「私には、やっぱり才能なんてないんだ……セシリアさんみたいには、なれないんだ……」
床に座り込んでしまったリゼの背後から、そっと声がかけられた。
「何を言っているの、リゼ」
振り返ると、そこには心配そうな顔をしたセシリアが立っていた。
「見てください、セシリアさん……私、こんなに失敗ばかりで……」
「いいえ」
セシリアはしゃがみ込むと、失敗作の一つを手に取り、ひとかけら口に運んだ。そして、優しく微笑んだ。
「確かに、少し焦げているし、甘すぎるかもしれない。でもね、リゼ。このパイからは、あなたの気持ちがちゃんと伝わってくるわ。『セシリアに美味しいものを食べさせたい』っていう、温かい心がね」
セシリアは立ち上がると、リゼの手を取った。
「お菓子作りで一番大切なのは、技術じゃない。誰かを想う心よ。その気持ちがあれば、あなたのパイは世界で一番美味しいパイになれる。さあ、もう一度一緒に作ってみましょう」
セシリアに励まされ、リゼは再び立ち上がった。二人で並んでパイを作る。セシリアは的確なアドバイスをくれるが、決して手は出さない。リゼ自身の力で完成させたかったからだ。
そして、ついに完成したアップルパイは、少し不格好だったけれど、黄金色に輝き、甘酸っぱい最高の香りを放っていた。
二人で熱々のパイを頬張る。サクサクの生地、とろりとしたリンゴの食感。
「おいしい……!」
リゼの目から、今度は嬉し涙がこぼれ落ちた。それは、失敗の連続の果てに掴んだ、“心がこもった味”だった。この日、リゼは技術よりも大切なことを、改めて師であるセシリアから学んだのだった。




