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第1章その2

「ところであなたは何しに来たの?」

愛くるしい猫から一転、いつものクールな表情で質問をぶつけてくる。遠藤もいつの間にか席へ戻り、絵の具と睨めっこをしている。

「美術部へきたんだから、当然絵を描きに来たんだ」

 放課後を香織と過ごすためというのもあるが、本来の目的は作品を完成させることだ。遊びに来たと思われるのも釈だし、描きかけの絵を取りに、美術準備室へ向かう。これもまた言いにくい。改名を要求する。

 準備室には、完成を待つ作品を含め、美術部で作成したあらゆる作品が保管されている。お気に入りの作品は、額に入れ展示されていて、作品展の様になっている。中には顧問の前田先生の水墨画や陶器もいくつかあり、他の作品とは異質の雰囲気をだしている。一体どこで焼いてるのか。

 未完成作品の保管場所である一番手前の棚の下から3番目の引きだしを開ける。部員数が少ない美術部では、それぞれ割り当てられた引きだしがあり、各々わかりやすく印がしてある。俺は単純にセロテープに名前を書き貼っている。香織の引き出しには、猫のシールが貼ってある。

引きだしを開けてすぐに、違和感を感じた。違和感の正体を確認しようと中を探る。

ない…俺の絵がなくなっている。

「なぁ、誰か俺の描きかけの絵を知らないか?」

 美術室を覗き、作業中の3人に問い掛ける。

「お兄ちゃんどうしたの?なくなっちゃたの?」

 のどみだけが駆け寄って来てくれた。やっぱり俺の味方はこいつだけだ。

毒舌コンビは見向きもせず作業に没頭している。先程絵を完成させた香織は、遠藤の絵を見つめ、時折アドバイスをしている仕草を見せる。

「あぁ、引きだしに入れておいたんだがな」

「もしかして盗まれちゃったのかも…怪盗Xの仕業だよ」

 誰だそいつ?ふざけているのではない。のぞみは不安そうな顔で真剣に話している。もしそんな馬鹿な怪盗がいるのなら、必ず俺が捕まえてやる。生徒会長の名にかけて。

 こういうとき、まず何をやるべきだろう。現場調査と目撃情報の収集くらいだろ。現場となった準備室は、普段施錠がしてあり、外部からの侵入は難しい。

 しかし、美術室と準備室を繋ぐ扉には施錠はされていない。

 つまり美術の授業などで美術室に入ることさえできれば、準備室にも簡単に入ることが出来るということだ。

 だが、犯行があったと思われるのは、俺が前に美術部へ来てから今日までの間。

 その期間は春休みで、授業で美術室を解放してはいなかった。そうは言っても、課題を美術室でやりたいという生徒のために何度か美術室を解放している可能性もあるが。

 さらに、美術室、準備室の鍵は職員室に保管されていて、教師に申し出れば誰でも簡単に借りることが出来る。考える程に、容疑者は増える一方だ。

 絞り込み検索をかけるとするなら、キーワードは『絵の存在を知っているもの』『俺の絵に盗み出す価値を感じるもの』の2つか。

たまたま準備室へ入り、たまたま俺の絵を見つけたのなら話は別だが。前者の条件を満たすもの、それは俺が美術部で活動していると知っているものだ。少なくとも去年、一昨年のクラスメイトは知っている。

後者の条件では絞り込みにならないな。よほどの馬鹿を除き全員だ。

「お兄ちゃん、こうなったら聞き込みしかないよ」

険しい顔でうんうん唸る俺を見兼ねて、のぞみが聞き込みへ行くことを提案する。考えても仕方ない。新学期早々面倒な事件に出くわしたもんだ。とにかく今は行動あるのみ。

 再び美術室へ視線を戻すと、いつのまにか毒舌コンビの姿がなかった。

その代わりに一枚の紙が黒板に貼付けてあった。変わり身の術ってやつだな。

『画材を買いに行って来ます』

近くに居るんだから、一声かけてくれれば済むのに。

 睨めっこの結果必要な色が足りてないという判断に至ったのだろう。学園に一番近い画材用品店は自転車で10分程度の場所にあり、物が足りなくなると随時購入しに行く。店がオープンした数年前から美術部御用達の店だ。それまでは、電車で隣町まで買いに行っていたらしいが、今となっては考えられない。

まぁ40分くらいしたら帰って来るだろうな。二人からの目撃情報は後回しにするしかない。美術部員に聞くのが一番有効だと思ったのだかな…

「二人とも買い物に行っちゃったんだぁ。のぞみも新しいスケッチブック買おうと思ってたのにな」

 そうか…またどこか連れて行かないといけないな。のぞみは新しいスケッチブックを購入するたびに、描きたい場所、描きたい物を告げ、連れて行けと要求する。要求されると断れない。それがシスコン先輩たる由縁だ。

 連れて行くのは問題ない、むしろ楽しい。だが、油性ペンで幾重にも重ねられた直線は見るものをおいてきぼりにする奇妙奇天烈な作品となり、並の精神力ではたちうちできない破壊力で襲い掛かってくる。のぞみフィルターを通った景色は、どう歪むのかはわからないが、対象物が目の前にあるにも関わらず隣で見ている俺には何を描いているのか説明を聞くまでわからないほどに変体する。

 前に走ってるお馬さんが描きたいのと言われ、競馬場へ連れて行ったとき、生み出した悍ましい作品はしばらく夢に出た程だ。今でも思い出すと体が震えてくる。

俺程度の表現力であの絵を説明しようなんて、小枝片手に猛獣に勝負を挑むような愚行だ。

見なければ分からない。いや、見ても分からないだろうな。ただ恐怖する。

「だったら、今日帰りに寄って行こう。それとも今すぐ必要か?」

震えていた体をほぐしなから、俺は提案した。

美術部に参加した日は、帰りは必ずのぞみと一緒になる。店に寄っても遠回りにはならないしな。残念なことに香織の家は俺とは逆方向にあるみたいで、遠藤と毎日一緒に帰宅する。

「じゃあ帰りにいこうね」

かなり脱線してしまったが、約束を交わしたところで操作再開だ。



 休み中の美術室の利用者をリストアップするため、最初に向かうのは、顧問の小野先生のところだ。まだ美術室に来ていないということは、職員室に居るに違いない。職員室は2階だ。

「失礼します。小野先生はいらっしゃいますか?」

軽いノックをして、職員室に入る。何度来ても少しばかり緊張してしまう。

「おぅ立木、どうした?小野先生なら今掃除当番で、焼却炉のとこに居るぞ。」

 調度近くにいた西原先生が応対してくれた。

 焼却炉は、2号館を南へ進み、体育館を超えさらに南、グランドの西側に位置する施設だ。だいたいどの辺かわかってもらえただろうか?つまり職員室室からは遠い。面倒だ。

「いつ頃お戻りになられますか?」

 できれば行きたくない。

「普段は直接美術部の方へ向かうみたいだから、用事がないかぎりここへは戻って来ないと思うぞ。」

 仕方ない、美術室へ戻るか。

「そうですか、ありがとうございました。では、失礼します」

「そうだ、ちょっといいか?」礼を言い、職員室を後にしようとすると、西原先生は思い出したかのように俺を呼び止めた。「クラスの委員長やってくれるか?」

 そういうのはクラスで決めることですよね…

「そんなもん決めるために、わざわざ時間割くのももったいないだろ。生徒会長のお前がやるなら、誰も文句は言わんだろ。じゃあよろしくな」

 委員会を決定したり、クラスでの話し合いはカリキュラムに含まれていると思うのですが。時間削って何するつもりですか?ドッヂボールですか?意見を聞こうとしたところは褒めてやる。今その精神は何処へ行ってしまったのだろう。何一つ反論する間もなく、決定事項となる。生徒会長に続き、クラス委員長の称号まで得てしまった。

「お兄ちゃん委員長さんなんだぁ。すごぉい」

 さっきまで背後霊の様になっていたのぞみが称賛の声をあげる。褒めてくれるのはありがたいが、職員室でまでお兄ちゃんと呼ぶな。

「お前の妹か?」

 おかげで見事に、西原先生に誤解を与えたようだな。

「違いますけど、妹みたいなものです」

「ふーん、オタクのロマンってやつか?」

 すみません、意味がよくわかりません。

「いえ、違います。失礼します」

 逃げ出すように職員室をあとにして、美術室へと戻った。まだ2人は戻っていないし、前田先生もいない。

「じゃあまだ焼却炉のとこに居るんだね」

 捜査は足だと体言するように、のぞみは歩き出す。探偵ごっこが楽しくてしかたないというように、時折スキップを織り交ぜている。状況を理解できているのか。俺の命ともいうべき大事な絵がなくなったんだぞ。

そうか、状況が分かってないのは俺のほうか、面倒臭がっている場合じゃないよな。行くんだな、わかったよ。後を追い俺も歩を進める。



遠いとは言ったが所詮は学園内、すぐに焼却炉に辿り着いた。春のポカポカした陽気は、焼却炉による熱気に支配されていた。夏には絶対に近付きたくない施設だな。

「小野せんせー、どこー?」

熱の影響を受けたのか、急にのぞみに気合が入る。普段から周りを見ていないのぞみには、焼却炉しか見えていないんだな。小野先生は焼却炉から5M程離れたところで、どこからか持ち出したであろう、パイプ椅子に座っている。

「ここですよ、長谷川さん」なんとなく安心感を感じる笑顔で、手を振りのぞみを迎える。

「先客万来ですね。今日は皆さんどうしたのですか?わざわざこんなところまで」

「あのね、お兄ちゃんの絵がなくなっちゃったの。それでね…なんだっけ?」

勢い良く話し始めるのはいいが、見切り発進は危ないぞ。

「それで、先生に心当たりがないかと思って来たんです。最後に確認したのは春休み前なんです。保管場所を変えたとか、誰かが移動させたとか、なにか知りませんか?」

誰かに盗まれたんです。美術室に入った生徒を教えてください、なんて言えるわけないし、オブラートに包んでみた。のぞみなら直球ど真ん中で聞いていただろうな。

「うーん、保管場所は変えてないし、春休み中は部活でしか使っていないので、部員の皆さんに聞いてみてはどうでしょう。なかなか良く描けた絵でしたから、誰かがこっそり忍び込んで持って行ってしまったかもしれませんね」

笑顔を乱すことなく答えてくれた小野先生。やっぱり毒舌コンビに聞いてみるしかないな。美術室へ戻ろう、そろそろあいつらも帰ってきているかもしれない。

「じゃあ2人に聞いてみることにします。先生はいつ頃部活に来られますか?」

「これが終わり次第行きますよ。あと1時間程ですかね」

 そんなにかかるものなんだ…じゃぁね先生、と手を振るのぞみを連れ、再び美術室へと戻る。いまだに収穫0だ。こうも不作では不満も溜まる。革命ってのはこういうときに起きるんだな。

美術室に2人の姿はなかった。まだ戻ってないのか…。

仕方なく事件現場である準備室に足を運び、解決への手がかりを探しながら2人の帰りを待つことにした。

俺が前に準備室へ来た終業式の日から今日までで、なくなっているもの、そして増えているものはなんだ?思い出せ、あの日の光景を、俺ならできる。俺は天才だ。

目を閉ざし、拳を額にあて考えをめぐらせる。今の俺はまさに考える人だ。

「どうしたの、お兄ちゃん。頭痛いの?知恵熱?脳梗塞?保健室行く?それより救急車呼んだ方がいいのかな?誰か~大変だよぉ~。お兄ちゃんが死んじゃったよぉ」

のぞみが慌てて騒ぎ立てる。馬鹿も大概にしろと言いたいところだが、これは俺にも非がある。考える人の写真を見せて、これは頭痛で苦しみ最後には石化してしまった人なんだ、と教えたのは俺だ。そんなアホなことでも信じてくれる、純粋なのぞみが大好きだ。

「大丈夫、ちょっと考え事をしてるだけだ」

大好きだが、今はちょっと黙っててくれ。集中したいんだ。

俺の声を聞き、急に金縛りにでもあったかのように動きを止め、そぉっとこちらを振り返ると、へたへたとその場に崩れ落ちた。ようやくゆっくり思案に耽ることができそうだ。

考えること数分、やっぱり俺は天才だ。全て思い出した。目を開き、相違点を探す。思い出してみると、いろいろ変わっているものだな。俺が見つけたのは3つ。

まず、壁に掛けられている絵、前に見たときは卒業生の書いた校舎の絵だったが、今は遠藤作の学園内の桜の絵に変わっている。

次に、引き出しの配置、先輩が卒業し使わなくなった1番上の引き出しと香織の使用している引き出しの位置が入れ替わっている。

そして最後は、机の上にあった粘土がなくなっている。小野先生が陶器の材料としていたものだが、今のところ準備室内に新しい作品は置かれていない。

俺の絵と、粘土の共通点はなんだ?何も思いつかず、いつのまにか立ち上がり、うろうろしていたのぞみにも聞いてみることにした。暇そうだしな。

「そういえば、お兄ちゃんの絵ってどんな絵なの?」

いまさらな質問だな。そういえばどの絵がなくなったか言ってなかったっけ。

「香織の肖像画だ」

いつか香織にプレゼントしようと、こっそりこつこつ描いていた俺の最高傑作だ。

あとはメッセージを書き込むだけだったのに、まさかこんなことになろうとは…

「わかったぁ!」

人差し指をピンと立て、満開の桜にも劣らぬ程の笑顔を見せる。

「お兄ちゃんの絵とかけまして、先生の粘土と解きます」

そのこころは?

「どちらもかおりんが重要です」

そういうことか…多分、いや絶対関係ないな。

「お前、さっきまで俺のなくなった絵のこと知らなかったんだよな」

突然、雷に打たれたような衝撃が走った。全ての謎が一つに繋がった。

「わかったぞ、事件の真相が」

解決はもうすぐだ。2人が戻り次第、名探偵立木広和の推理ショーの始まりだ。

「本当?犯人は誰なの?」

 のぞみが急かすが、まだなにも言わない。容疑者を揃えてから推理を披露する、という定石に則らなくては天才的推理が活きないだろ。

「教えてよぉ、意地悪ぅ~」

「2人が戻って来るまで、もう少しだけ待ってくれないか?」

「待てない~、ねぇお兄ちゃん、お願い」

上目遣いで媚びるのぞみ、チワワみたいなウルウルした目で見られては耐えられそうにない。警察にでもなればいい、取調べで大活躍だ。少なくとも俺なら5分以内で自白してしまいそうだ。毒舌コンビはまだか?早く帰って来てくれ。5分以内に。


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