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事件編

 いきなりだが、事件だ。

 けたたましい目覚まし音に起こされ、眠気眼をさすりながらロビーに行くと、オーナーが頭から血を流してぶっ倒れていた。

 手をつかんで脈を測ろうとしたが、すでに冷たく固まっていたのでその必要はなかった。


「きゃ~~!!」


いい感じに眠気を吹き飛ばす悲鳴を上げた女性は・・・ええっと、誰だっけ。名前忘れた。まあ、いいや。朝から気合の入った化粧をしているから『厚化粧』と命名しよう。


 『厚化粧』の黄色い悲鳴というにはやや若さが足りない茶色い悲鳴を聞きつけ、2人の男性がロビーに駆けつけた。この人たちの名前も忘れてしまった。まあ、体格から『ノッポ』と『デイヴ』と名付けよう。


 「どうしたっ!」

「あれ・・・あれ・・・」

「なんてことだ。オーナーが!」

「し、死んでいるのですか?」

「見て分かるでしょ!いやっ、なんでこんなことに」


などと、基本的な死体を見つけた場合のオロオロ醜態劇を忠実にこなした後、ようやく場は小康状態となった。




 「で、誰が殺したんだ」

ギラギラと肉食獣の如き目で、周りに睨みを効かせながら『デイヴ』が静かな声を吐いた。


「あ、あたしじゃないわ」

『厚化粧』がブンブン首を振って香水を辺りに撒き散らす。非常に迷惑だ。


「まあまあ、落ち着きましょう」

温和な顔で温和な発言をする『ノッポ』。


「これが落ち着いていられるか!お前らも気付いているんだろ。オーナーを殺したのはこの中の誰かってことに」

そう言って、デイヴは握り締めた左拳をテーブルに叩きつけた。




 デイヴの発言はもっともだ。ここで状況を軽く説明しよう。


 ここは、とある山のとある山荘。俺たち4人は、たまたま全員が個人で登山に赴き、この山荘で一晩過ごした。そして、事件に遭遇した。

 勘の良い人ならピンと来ているかもしれないが、ただいま外は絶賛大吹雪中!無理して登山に繰り出せば、行き着くのは山頂よりずっと高い別の世界だろう。


 オーナーの死体を発見した後、不審者が忍び込んでいないか一通り山荘内を探したが、もちろん該当者なし。さらに電話線は切られ携帯は圏外、と絵に描いたような定番の状況が出来上がってしまった。

 『吹雪の山荘、恐るべき殺人鬼と共に閉じこめられた男女4人』。周りからの救援が期待出来ない状況、まさにクローズドサークルってやつだ。古臭い設定、という言葉さえ古臭くなってしまったこのシチュエーションに俺はため息を吐くしかなかった。



 話を戻そう。


デイヴの発言に答えるものはいなかった。当たり前だ。わざわざ電話線まで切ってから「僕が、私が、犯人です」って名乗りだす馬鹿は古今東西聞いたことがない。そもそもそんな奴がいたら、はっきり言って興醒めである。ミステリーの何たるかを教育せねばなるまい。


 しかし、このまま雪が止むまで何事も起こらない事を期待するのは愚考である。この小説は俺視点の1人称だから俺が探偵役だ。面倒臭いが犯人を捜すのは俺の役目なんだろう。


 出来れば殺人も防ぎたい。それはこれ以上命が消えるのを見たくない、という道徳的な理由じゃない。今容疑者は3人。これ以上被害者が出ては犯人当てが2択になってしまう。そうなると推理が勘で済んでしまってつまらない、という厳しい意見が送られてくるかもしれない。

 そういう大人の事情を人命救助という看板の裏に隠して、俺は立ち上がった。


 「皆さん、心苦しいのは重々承知で申しますが、1つ全員のアリバイ確認などやってみてはどうでしょうか?」

推理するなら情報が必要だ。ここは基本に習ってはじめの一歩を踏み出そう。


「はんっ!」

デイヴは俺のささやかな一歩さえ許さず、言葉のスライディングをかまして来た。

「くだらん。夜中のアリバイなど聞くだけ無駄だろう。どうせ全員、登山の疲れでぐっすり眠っていたに違いない。それとも何か、お前たちはアリバイが証明できると言うのか?ああん!」

ノッポも厚化粧も下を向いて無言を貫いた。俺は頭を下げてそそくさと座るしか出来なかった。



 おかしいな。こういう状況だと、まず宿泊客の中に偶然にも医者か警察関係者がいて、正確な死亡推定時刻を言及するものだ。んで、これまた偶然に何人かは夜中にも関わらずアリバイを持っているものだ。

 しかし、今回のケースでは医者もいなけりゃアリバイも、ヒントになるものがない。密室トリックとか無理してやって証拠品を落としてしまうような頭が良いのか間抜けなのか分からない犯人だったら、まだ簡単な話なのに。『オーナーが頭から血を流して倒れていました。以上』なんて変哲もない描写だけでどうやって推理すりゃいいんだ?


 「ああ、もう我慢ならん。殺人鬼と一緒にいられるか。ワシは部屋に帰るぞ」

少しミステリーをかじった人から見れば、ニヤニヤを抑えきれない死亡フラグぷんぷんの言葉を残してデイヴはロビーから出て行った。


「待ってください。1人じゃ危ない!」

無駄だろうな~と思っても、探偵役として半ば義務的に俺は止めようとした。しかし、デイヴの足は止まらず、自室に篭もってしまった。


 まずいな。このままではデイヴが殺されてしまう。早いところ、犯人を見つけなければ。俺は腕を組んで、うんうんと唸ってみたがアイディアの『ア』の字さえ浮かんでこなかった。




そうこうしている内に

「あっ、そういうわけね。あたし、分かっちゃった」

先ほどの不安顔から一転して、あまりそそられない妖艶な笑みで厚化粧は口を開いた。


「あたし犯人分かっちゃった」

「えっ、誰なんですか」

俺は嫌な予感を抱えながら尋ねた。しかし、厚化粧は笑みを浮かべ、余裕を見せる態度なのかタバコをくわえ右手のライターで火を付けている。


「あの、もったいぶらないで下さい。犯人は一体?」

「ふふん♪教えないわ」

厚化粧は得意げに俺の質問を一蹴した。そして、おそらくは部屋にいるデイヴにも聞こえるように大声で言った。


「あたし、犯人が分かったからね。犯人はこれ以上事件を起こすんじゃないわよ。あと、正体を明かされたくなければ、あたしに貢ぎなさい。そうすれば悪いようにはしないわ。部屋で待っているから。それ相応の物を用意して来なさい」

高笑いとタバコの煙を残して、厚化粧は俺とノッポを尻目に部屋へ引き上げていった。



 ミステリーにおいて探偵より先に真相に気付いた者は、ろくな目にあわない。すぐに犯人によって口封じされるのが落ちだ。特に今回のように犯人を脅迫するケースの死亡率は限りなく100%に近い最悪なフラグと言える。犯人に殺してください、と言っているようなもんだ。なんで、警察とかに言わないのか。とお小言の1つや2つ言いたいが、探偵以外の人が事件を解決するのはミステリー的にNGなのだから仕方ない。



 まずいぞ。早く真相に気付かないと厚化粧が殺されてしまうかもしれない。くそっ、早く早く!ええい、何か何かヒントはないのか。


 はやる気持ちと葛藤していると、肩にポンとノッポの右手が置かれた。

「まあまあ、落ち着きましょう。焦ってはダメですよ」

「そ、そうですね」

さっきから「落ち着こう」としか言っていないノッポだけど、精神的に少し楽になれた。ありがとう、ノッポ。俺がお礼を言おうとしたら、それより早くノッポが口を開いた。


「ところでこんな時になんですが私、この登山から帰ったら結婚するんですよ」

本当にこんな時に何言い出してんだ。


「結婚と言っても2回目ですがね。私、前妻との間に娘がいまして、これがまた可愛くて仕方がない。娘は美しい風景が好きなんですよ。ですから来週の娘の誕生日に素晴らしい風景写真を送りたくて、登山に来たんです」

ちょ、お前!死亡フラグをコンボしてんじゃねえよ。


 『結婚』と『娘へのプレゼント』といえば古から現代まで絶えることなく使用されている死亡フラグだぞ。アクションや戦争映画を観てみろ。これらのフラグをバンバン発動させて観客を感動の渦に叩き込み、興行収入をがっぽりゲットしているさ。

 いや、待て。このフラグはミステリーでは、あまり多用されない。それより先ほどの強力なフラグを立てたデイヴと厚化粧を何とか守るほうが・・・


 「おやっ、地下倉庫の方から何やら物音がしたような。きっと気のせいかネズミと思いますが、私ちょっと見てきますね」

「待てや!」

急いでノッポの襟首を掴み抑えつけた。

「気のせいです!あなたは動かないで。そして、口をつぐんでおいて下さい!」

まずいぞ。この人、隙あらばフラグを立てる命知らずの天然野郎だ。1人にしておけばあっという間に昇天しかねない。しかし、ノッポにかまけて、デイヴか厚化粧が殺されるのもダメだ。

 

 どうする、どうするよ俺・・・

ここで焦っては先ほどのように新たな死亡フラグを立てられるだけだ。落ち着いて、落ち着いて。

 俺は一休さんよろしく座禅を組んで思考の海に飛び込んだ。


 ぽくぽくぽく・・・・・・・ちーーん!


 頭に『たった一つの冴えたやり方』と言うにはあまりに劣化が激しいが、誇れるもんじゃない我が頭脳が導き出した方法としては結構マシじゃない?というアイディアがようやく浮かんだ。

 そして、俺はそのアイディアのままに動くことにした。


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