7ー朝食
「では、ジュナの涙は杞憂だったということね?」
ルナマリアは美しい所作でサンドイッチを口に運びつつ言った。
「はい。すみませんでした」
ジュナは申し訳なさにまだサンドイッチを口に出来ていない。
「ジュナの出した手紙も届いてないなんて、変ね。調べた方がいいのかしら」
ルナマリアには、ローウェン侯爵家の優秀な部下が付いている。大抵のことは、望むと叶う。
「とりあえず、良かったわ。でもまた、泣かされそうになったらわたくしに言うのよ。」
微笑んでルナマリアは言った。
「うん。ありがとう」
ようやくサンドイッチに手を伸ばす。
「それはそれとして」
ルナマリアの声が少し固くなった。ジュナの伸ばした手も固まる。
「ジュナ、貴方わたくしにまだ話してないことがあるのではなくて?副学長に呼ばれるなど、新入生にあることではないわ」
食べ物を与える前に尋問することが、効果的な事を知っているのだろうか?
ジュナは、昨日の出来事がルナマリアに伝えて良いことか判断出来ず、話せていなかった。
「えっと···あのね」
どこかに上手くかわせる答えがないか視線だけ横に動かしてみる。
「ジュナ、諦めなさい」
低い声で言われて、ジュナは逃げる事は叶わないと悟り、洗いざらい話した。
ジュナのお腹が満たされた頃、ルナマリアが呟いた。
「稲光と共に現れるなんて、聖女さまのようだわ」
「聖女さま?」
「王都育ちのジュナには馴染みがないかしら?うちの領地にはけっこう残っているのよ。聖女伝説が」
「そうなの?うーん、聞いたことあるような、ないような」
クライス伯爵家は、新興貴族だ。ジュナの父も顔が広いとはいえ、教会には繋がりがない。
「数百年に一度、飢饉の年に現れるようよ。昔は今ほど農業の技術が発展していなかったから、そういう伝説が産まれたのかしら」
コンコン。
「おはいりなさい」
振り向きもせず、ルナマリアが答えた。
スッと入ってきたのは、姿勢の良い女生徒だった。
入ってくるなり、ルナマリアの横にピシリと立った。
ジュナはポカンと見ている。
「ジュナ、紹介するわね。リリアンよ。わたくしの護衛?のような者よ」
「よ、よろしく?」
「誤解しないでちょうだい。裏ルートで入ってきたのではないわよ。リリアンはローウェンの傘下の者なのだけど、在学中のわたくしのお目付け役よ」
「ほ、ほう」
誤解はしていない。ルナマリアはローウェン侯爵の御息女なのだなと再認識しただけだ。
「それで、どうだったの?」
ルナマリアの問に、リリアンは一歩下がり答えた。
「はい。少女の目撃情報はありませんでした。学園側も、教会の爆発のことしか発表していません」
(私がサンドイッチ食べてる間に、情報収集させてたの?)
ルナマリアに逆らうのは絶対にやめよう。と我知らず頷く。
「ただ、生徒会に配られた資料に変更がありました。新入生の名簿が新たに配られ、1人生徒が追加されていました」
「あら。この魔術学園に誤植があったわけでもあるまいに」
「ルリ・ミズサワ。という、聞き慣れない名前の女生徒です」
「ふぅん。きな臭いわね」
2人の会話を静かに聞いていたジュナは、少し目を伏せる。
目を閉じると、昨日の強烈な光がまぶたの奥に残っているようで、少し怖い。
自分に近づいて来た黒い獣。そして急に現れた女の子。
確かに、「聖女」と言う響きは彼女にぴったり当てはまる気がする。それほど、眠っていた彼女は神々しかった。
少し身震いする。悪寒か、寒さか。窓を見ると少し開いている。
彼のまとう優しい風に慣れてしまって、外から来る風はどうしても冷たく感じてしまう。
「今日はこれからどうする?」
気を取り直して、ジュナはルナマリアに聞いた。
実のところ、荷解きは昨日の夜終わらせていて、することがない。
「そうねぇ。これ以上は聖女さん(仮)の情報もなさそうだし。ジュナ、外を歩きましょう。もう一人、紹介したい人がいるのよ」
「リリアン、呼び出してくれる?」
リリアンは一礼して部屋を出ていった。
「ジュナ、貴方はお父上に魔術学園がどんなところか聞いている?」
「ここが?うーん、特に聞いてないな。友達たくさんできたら良いねって言われた」
「ふふ。伯爵らしいわね。ーここは、平民もいるけれど、小さな社交の場であり、魔術の学びも場でもある。油断したら駄目だよ。と、兄さまが言っていたわ」
ルナマリアは、美しく微笑んでいる。でもジュナは知っていた。ルナマリアは緊張しているのだ。
四大侯爵家の娘であり、次期王太子妃でもあるルナマリアには、たのしい学園生活の中でも常人とは違う緊張感があるに違いない。
「ルナ、私も守るからね」
ルナマリアの手をぎゅっと握って部屋から出た。
「わたくしの護衛は3人もいるのね」
ルナマリアは嬉しそうに微笑んだ。
ー3人目、もとい2人目の護衛は寮の外でリリアンと待っていた。
リリアンとはこれまたタイプも色んなものが違う。
まず男の子だった。そして満面の笑みで手を大きく振っている。
「お嬢〜!こっちですよー」
パコっと隣にいるリリアンに小突かれている。
「ジュナ、こちらはノア。わたくしのもう一人の護衛なのだけど、ちょっと頼りないのよね」
「ひどい!初対面なのにそんな印象与えないでください」
ノアはすぐさま講義した。
「はじめまして、ジュナ嬢。俺のことは、ノアでいいよ」
ジュナに向き合い、お辞儀をしてくれた。侯爵家に仕えているだけはあり、とても綺麗な所作だった。
「はじめまして、ノア。私もジュナでいいよ。リリアンも···くだけて呼んでもいいかしら?」
リリアンは少し驚いてすぐ答えてくれた。
「もちろんです。ジュナ様。お好きにお呼びください」
リリアンは敬語を崩さなかった。ジュナは少しがっかりしたものの、気になることを聞いてみた。
「リリアンと、ノアは御兄弟なの?」
二人とも同じアッシュグレーの髪色と瞳だ。
「はい。弟はお二人と同じ1年生ですので、授業や昼食など、お側に控えております。私は2年生です。寮に戻られてからは、私がお供を致します。」
「お兄様に付いている護衛は1人なのよ。わたくしは少し···窮屈だわ」
ルナマリアは片手を頬に添えて、ふぅ。とわざとらしく憂いた。