6ー仲直り
「僕が悪かった。君を軽んじたことなど、一度もない。」
何を言われるのか身構えていたジュナは、ポカンとして顔を上げた。
外に連れ出されて、身近にあったベンチに二人で腰掛けている。
ジュナの両手をエリアルは両手で包み、真摯な面持ちでジュナに語りかけている。
ジュナが固まっていると、エリアルの表情に焦りの色が出てきた。
「本当だ。信じてほしい。君には、何度も手紙を送っている。なんらかのー···不慮の事故で届いていないだけなんだ。君からの返事が届かないことを、もっと不審に思うべきだった」
エリアルは早口で話す。明らかに焦って見えた。
目の前の相手にどうしたら許してもらえるのか、もはやラベンダー色の瞳には不安の色しか映っていなかった。
「エリアル、私の手紙も届いてなかったの?」
「ああ。それも、多分、ーー···不慮の事故で」
エリアルは神妙に頷いた。
ジュナは全身の力が抜けた。
「なんだ。そっか。なんだ」
ここ1年、枕を濡らしたのは何だったのか。
エリアルは変わらず、こんなにもジュナを気にかけてくれている。
ジュナのホッとした顔を見て、エリアルか恐る恐る聞く。
「ジュナ、怒ってないか?」
もともと、怒ってなどいないのだが、
「うん。怒ってないよ」
と答えた。
エリアルは深いため息とともに目を閉じて、
「良かった。ジュナに嫌われてしまったかと気が気でなかったよ···」
最後は消え入るように呟いた。
俯いたエリアルが可愛らしく見えて、頭を撫でようと手を伸ばす。
途端にエリアルがバッと顔を上げたので、2人の顔の距離が一瞬くっつくくらいに近くなった。慌てて距離を取る。
「仲直りということで、いいのか?」
(仲直り?これってケンカだったの?)
エリアルの問いに、あれだけ悲しんだ自分がおかしくなって、ふふっと笑ってしまった。
「うん。仲直り」
心が軽くなり、口が勝手に緩む。久しぶりに心から笑えた。
エリアルが固まった。と、思ったら、気のせいだろうか?顔が近づいてる?
「エリアル!」
少し離れた距離から声がした。
エリアルは不自然な体制から、無理やり立ち上がって、声の主を見た。
「サイラス、危ないところだった。感謝する」
(え?今、危険なことが起きたの?)
ジュナは慌てて辺りを見回す。
後ろから、エリアルの知り合いだろうか?笑顔で近づいて来た。
「はじめまして。ジュナ・クライス伯爵令嬢。僕はサイラス・ザカード。エリアルの友人です。以後お見知りおきを」
慌ててジュナは立ち上がった。
「はじめまして。サイラス・ザカード小伯爵様」
ザカード伯爵家は、同じ伯爵家としてもクライス家より格上だ。
「彼はルームメイトなんだ」
サイラスの紹介にエリアルが付け加える。
「サイラス様も風の属性でいらっしゃるのですね。私は水なのです」
相手の属性だけ知ってしまっては不公平な気がして、聞かれてないけど答えた。
サイラスは人懐っこい笑顔で笑った。
「俺が先に固い挨拶をしちゃってごめんね。ここは身分は関係ない場所だから、サイラスでいいよ。俺もジュナちゃんって呼んでいい?」
「あっ、えっと、はい。ありがとう。サイラスさん」
身分は関係ない。は、建前かと思っていた。ありがたい申し出にホッとする。
だがやはり、くだけて呼ぶ許可は、格上の方が先にした方がいいのだな。とジュナは学んだ。
「ただのサイラスでいいよ。話し方も、もっとくだけていいからね」
ニコニコとサイラスは続ける。
「何か用があったんじゃないのか?」
サイラスが再度ジュナに口を開きかけたところで、エリアルが止めた。
「あ、そうだよ。エリアルと、ジュナちゃんも。副学長に呼ばれてるみたいだよ」
「私も?」
「うん。エリアルは手伝いでよく呼び出されてるけど、ジュナちゃんは何だろう」
(昨日のことしかない。)
ハッとして、ジュナはエリアルに会えたら聞こうと思っていた事も思い出した。
「エリアル、昨日の女の子ー···」
ジュナはエリアルを見上げて口を噤んだ。
エリアルは無言で短く首を振った。
「副学長の所には僕が行く。呼ばれた件には心当たりがある。ジュナは部屋で荷物を解いたり、することがあるだろう?話を聞いたら、後で教えよう」
「でも、私も」
昨日の事が知りたい。
エリアルはにっこり笑っている。
ジュナはまた口を噤んだ。この顔は、これ以上何を言っても意見を変えてくれない顔だ。
サイラスもやれやれと言わんばかりに手を振った
「それがいいよ。副学長、話長いし。ジュナちゃん、ローウェン令嬢の所に戻ろう?」
年上2人にこれ以上反論は出来ない。ジュナはしぶしぶサイラスに付いて食堂へ戻った。
食堂に戻ると、ルナマリアが待っていた。
「ジュナ、大丈夫だった?」
「うん。ありがとうルナ。ごめんね1人にして」
「いいのよ。ねぇ、朝食はお部屋でいただきましょう?」
と、サンドイッチの入った紙袋を見せた。
「うん」
四大侯爵家筆頭であるラザイン家嫡男のエリアルと、2人で姿を消した以上、食堂は居心地の良い場所ではなくなっていた。
周囲もザワザワとしていながら、会話に耳を傾けている。
しばらく好奇心の目に晒されそうだ。
ジュナはルナマリアにサイラスを紹介したあと、食堂を出て、寮に戻った。