5ーエリアルの画策
騒ぎから一夜明け、エリアルは寮の自室から外を眺めていた。
昨日起きた爆発で、聖堂は立入禁止になっているそうだ。
3度目の生。防げたことと、防げなかったこと。これからの対策に頭を使いたいのだが、エリアルの頭の中はジュナの事でいっぱいだった。
抱きしめた感覚がまだ残っている。
「可愛かったな」
我知らず呟く。
「声に出てるよ」
呆れ声で忠告したのは、エリアルの同室のサイラス・ザカード。エリアルとは子供の頃から親交があったが
同室になって気心の知れた仲になった。
「1年ぶりに会えたんだ。ゆるしてくれ」
口元が緩むのが抑えられない。
「でもなんか、泣かれてなかった?」
サイラスの指摘に、エリアルは固まる。
「ーはぁ」
思わずため息も出る。まさかそんなことになっていようとは。
1年、確かに会うことは出来なかったが、ジュナが自分に感じていた事は予想外だった。
(僕がジュナを見限る?そんな馬鹿な。3度も君に恋に落ちたのに)
「見限るとしたら僕じゃない。君の方だ」
エリアルはこの1年、ジュナにかかるであろう災いの種を、全て無くそうと動いていた。
6歳で目覚めたあの日から、残された記憶が徐々に薄くなっていく。
思い出せない事柄がある事に気付いてすぐ、覚えている記憶をすべて書き記したのだが、何度書き記しても、ノート自体がなくなってしまう。
自分では、どうしようもできない力が働いていることに気付き、背すじが凍る。
ジュナが命を落とす原因になった人物を、長い間思い出せない事にエリアルはずっと焦っていた。
唐突に思い出したのは、昨年の春。
魔術学園の入学前だ。
入寮を控えていたため、動ける期間が少ししかなく、泣く泣くクライス邸の訪問を諦め、各地に散らばる聖女伝説を調べに動いていた。
そのため、ジュナの父親への対応を間違えた。
冗談めいた言い方ではあっても、婚約を断った男とこれ以上親しくならないように、手を尽くしたのだろう。
何度か送った手紙は無に帰していた。
ジュナから返事は来ないものの、クライス邸に送り込ませた護衛から、ジュナの様子は聞いていた。
(もっと何十と手紙を送っていれば、返信がない違和感にも気付けていたかもしれない。僕の落ち度だ)
誕生日パーティが開かれたのも知ってはいたが、招待状が届かない場合、参加するのはマナー違反だ。
次期侯爵の教育が肌に染み付いたエリアルに、そこは侵せなかった。
そして短い休暇中、聖女について調べを続けた。
ー聖女は異界から姿を現す。
断片的にしか思い出せなくなった記憶をひっぱり出し、糸口を探す。
どうやら、聖像。聖物を媒体にして召喚されるようだった。
現れないのが、一番良い。
聖女の性格も、確実な原因も思い出せなくなっているが、ジュナにとって災いになる可能性があるならば、摘むべきだ。
魔術学園には、聖像が一つだけ、聖堂に置かれていた。実際の人ほどの大きさで、普段は見ることが出来ない。
入学式や、大きな行事がある時だけ、聖堂の中央に飾られる。
学園には、いくら侯爵家とはいえ、部外者をいれることは出来ない。
エリアルが一人で実行するしかない。念入りな準備が必要だった。ーそして、破壊に成功した。
しかし、それでも聖女は現れた。
聖女の顔を見てすぐに感じた、身体の底から湧く怒りを思い出す。
(ジュナに纏わりつこうとしていた、あの黒い影はなんだったのか?)
言いしれない不安も募る。
熟考していたエリアルの肩を、サイラスがポンと叩く。
「ま、とりあえず朝食に行こう。腹が減っては戦はできぬと言うし」
「戦はしないぞ」
(いや、待てよ)
ふと昨日のジュナとの別れ際を思い出す。
寮までジュナを送り届けた時、泣きはらしたジュナの傍らに寄り添っていた、ジュナと同室のルナマリア・ローウェン侯爵令嬢。
彼女にものすごく睨まれたのだった。
「そういえば敵認定されていたな···」
「ジュナ嬢、俺にも紹介してくれるよね?」
自室のドアをあけ、食堂に向かう。
エリアルは聞こえないふりをした。
「いやいや、ジュナ嬢を君がとてつもなく大切にしてることは分かってるから。変な心配はするなよ。ただ、俺を紹介しておいて損はないぞ」
大層な自信だ。
たしかに、サイラスには色々と助けられている。
エリアルが入学式の段取りを知りたい時も、怪しまれないよう聞き出してくれたり、知りたい情報があれば、スルっと入手してくる。なんというか、この男は要領がいいのだ。将来、侯爵の座に着くとき、手元に置いておきたいくらいに。
「よけいなことは言うなよ」
眉間にシワをよせ、エリアルは忠告する。
「よけいなこと?ジュナ嬢を寝言で呼んだり、ジュナ嬢の話をする時、ニヤニヤしてるの気付いてないこと?」
やっぱり紹介するのはやめておこう。
心に誓い、エリアルは歩みを速めた。
学園には3つの食堂がある。
どの寮の生徒も、好きな食堂を使用して良い。
エリアルは迷わず第3食堂を目指した。
2度目の生でも、ジュナはよくそこに居た。水の寮から1番近いということもあったが、ジュナの好きなメニューが多いのだ。
食堂に入ると、すぐに目当ての二人組を見つけた。
上位貴族のルナマリアと一緒にいると、特別目を引く。さらに二人とも人目を引く外見だ。目立つなと言う方が無理だった。
周りの男性陣が浮足立っているのが分かる。
(まさか話しかけようとしてるんじゃないだろうな)
群がる男たちに苛立ちながら、顔に出さないよう気を引き締める。ジュナには出来るだけ優しい自分を見せたい。
2人がいるテーブルに近付くと、ルナマリアがサッと立ち上がった。
可憐な仕草で、ジュナを守ろうとしている。なんとも心強い。
敵認定されているのは自分だが。
「ルナマリア嬢、お久しぶりです。僕は誓ってジュナを傷つけません。少し2人で話しても良いですか?」
ルナマリアはため息を付き、ジュナの前を譲ってくれた。
「ええ、もちろんです。もう二度と傷付けないでくださいませ」
一度泣かせてしまっているので、エリアルは何も言えない。
エリアルはジュナに向き合った。
ジュナの深いグリーンの瞳が不安そうに揺れ、潤みをおびてエリアルを見上げた。
(可愛い)
昨日はしっかり顔を見れなかった。1年のブランクもあり、エリアルは固まった。
後ろから見えないようにサイラスが小突く。
エリアルは我にかえり、ジュナに手を差し出した。
ジュナが手をとってくれたことに、心底ホッとして2人で外に出た。