4ー入学と、異界の聖女
入学式、当日。
ジュナは正門の前でルナマリアを待っていた。
ここから先は、生徒しか入れない。
上位貴族だろうと、使用人を連れずに、カバンですら自分で持つのだ。
今までの生活とは、180度変わる。
大きな荷物は先に送っておいたので、ジュナはスーツケース1つだけ持参した。
可愛いとは言えないが、深いグリーンのローブコートに身を包み、膝下丈のプリーツスカートを履いている。女子の制服だ。
正門の前に馬車が付いた。
ローウェン侯爵家の家紋がある。先に降りてきた背の高い男の人にエスコートされ、ルナマリアが優雅に馬車を降りた。
(ん?同じ制服を着ると、個人の美しさが際立つな)
ジュナが、自分と同じ服を着ているはずなのに、どうしてこうも印象が違うのかぼんやり考えている間に、ルナマリアが近づいてきた。
「ジュナ?待たせたかしら?」
髪をかき上げて覗き込むルナマリアの美しさに、ドギマギしながら、ジュナは冷静さを保つ。
「ルナ、ちょっと可愛すぎるよ!同室なのに私、大丈夫かな?!ドキドキし過ぎちゃう!」
保てなかった。
「ははは。面白い人だね。ルナ、紹介してくれるかい?」
ルナマリアのすぐ後ろから、声がした。
(ルナ呼び!私だけの特権かと思ってた)
少しショックを受ける。
「お兄様、こちらはジュナ・クライス伯爵令嬢ですわ。わたくしの親友ですのよ」
ルナとそっくりの深い緑がかった髪色に、赤銅色の瞳がジュナを見る。
「ジュナ、こちらはアーサー兄上よ。歳は1つ上になるの」
ジュナは慌ててカーテシーをとる。
「はじめまして。アーサー・ローウェン小公爵。ジュナ・クライスと申します。お会い出来て光栄です。」
アーサーはにっこりと笑った。
「はじめまして。そんなにかしこまらないで。ここでは身分はないからね。妹に良き友人がいて嬉しい。これからも仲良くしてあげてほしい」
アーサーは妹を寮までエスコートするつもりだったが、ルナマリアはきっぱり断った。
ルナマリアは初めての自由を、存分に堪能したいようだった。ジュナとルナマリアは手をつないで寮へ向かった。
魔術学園の寮は、魔力の属性によって分けられている。
ジュナとルナマリアは同じ寮だ。
四大侯爵家のローウェン侯爵家は、水の加護を持っている。
ルナマリアもとても強い水属性の魔力を持っていた。
ジュナはと言うと、人にはあまり言いたくないか、貴族にしては少なめの水属性の魔力を持っている。
一旦寮へ行き荷物を置き、その後入学式のある聖堂へ向かう予定だ。
学園の周りは、森のようになっている。
国の要人たちも通うため、結界も張られていると聞く。
広大な土地だった。
きらめく木々を見ながら進む。
(学年も、属性も、寮も違うのだから、なかなか会うことはないわ)
ホッとしたような、残念なような。
ーやっぱり残念だ。隠れながらでも彼の姿を見たかった。
寮に付いてすぐ、騒ぎが起こった。
遠くでドンッと鈍い音が響いた。
新入生の歓迎かな?と思ったが、そうではないようだ。
どうやら、入学式が行われる予定の聖堂で、爆発が起きたらしい。
幸いまだ生徒もおらず、爆発に巻き込まれた人はいなかった。
寮では小さなパニックになった。逃げようとする生徒、危ないから外に出ないようにと叫ぶ教師たち。
寮の入口は騒然となった。
ごった返した中で、ルナマリアと手が離れてしまった。慌てて周囲を見回すが、見つけられない。人の波に押され、寮から出るはめになった。
ルナマリアが心配だったが、寮の入口は人で溢れ、とても探し出せなかった。
ジュナは途方に暮れて森のようになっている敷地を眺めた。ーすると、奇妙な感覚に陥った。
頭の中に膜が張ったような、ふわふわとした感覚で木陰へ足が進む。
意識が飛んだのか、気付いた時には森の奥に居た。
ハッとし、後ろを振り返るも寮は見えない。
パニックになりそうな自分を必死で律し、辺りを見渡した。
昼前だからか、明るい森の中。
ジュナは一点を見つめた。そこには明るい森にそぐわない、黒い影のような獣が居た。
グルグルと唸りながら近づいてくる。
恐怖にかられ、口をあけるが声が出なかった。
狼のような獣だ。
飛びかかってくる瞬間、狼が足に力を入れたのが分かった。
ギュッと目をつむり、痛みを覚悟した。
刹那、さまざまな事が起こった。
目がチカチカするような閃光。雷の様な激音。地鳴り、そしてー馴染のある、暖かい風がジュナを包んだ。
訳もわからず、ジュナは自分で自分を抱きしめるように身を守った。
光がやむと、ジュナはすぐに目を開けた。
1年ぶりの懐かしい風の香りに、今起こった恐怖体験を一瞬忘れるほどだった。
「ーーー間に合った」
ジュナを抱きしめ、包んでいたエリアルは絞り出すように言った。
ジュナの肩に顔を埋めているので、表情が見えない。
「エリアル?」
ジュナの声も震えている。
手で、エリアルの背をトントンと叩いても、びくともしない。力を入れず、抱きしめたままエリアルはしばらく動かなかった。
「ふーーーー」
唐突に長い長いため息を吐いた。そして顔を上げてエリアルは微笑った。
「ジュナ、無事か?怖かっただろう?」
ジュナは、ワンワン泣いた。
「無事か?じゃないわよ!どうしてずっと連絡をくれなかったの!」
しゃくり上げながら言ったので、聞き取れなかったかもしれない。
恐怖と、安堵と、嬉しさで、涙腺は制御不可能だった。
一通り泣いて落ち着くまで、エリアルは優しく髪を撫でてくれた。
エリアルは立ち上がると、周囲に巡らせていた風の守りを解いた。
周りが良く見えるようになると、あの黒い狼はいなかった。
雷が落ちた形跡もない。
エリアルは正面を睨むように見つめている。ジュナが視線の先に目をやると、目の前の木に少女が身体を預け眠っていた。
この国では珍しい、艶々とした黒髪が草むらに広がっている。眠っていても分かる、とても美しい少女だ。
異様な光景だったが、あまりに神秘的で目が離せない。
「エリアル、この子は···」
問いかけて、エリアルの表情を見て固まった。
今までに見たこともない、憎悪。とても可憐な少女を見る目ではない。
「聖像を壊しても駄目だったか」
エリアルは辛そうに呟いた。
「行こう」
エリアルはジュナに努めて笑顔で言った。
久しぶりに見たからか、エリアルの笑顔に違和感を感じたが、立とうとして立てない自分の足に、それどころではなくなった。
気が抜けたと同時に腰も抜けたのか、足が使い物にならない。
エリアルは自分が着ていたコートをジュナの足にかけて、ジュナを持ち上げた。
ジュナは慌てた。
「待って!重いから!風を使って!」
「使うまでもない」
エリアルは笑顔で却下した。
「寝ているあの子は?知り合いなの?」
あそこにいたら、また狼が来るかもしれない。
「知らない子だよ。風で先生を呼んだから大丈夫」
ずんずんエリアルは進む。少し進むと寮が見えてきた。
遠くに感じたものの、そこまで離れていなかったようだ。
まだ寮の入口は人だかりが出来ていた。
エリアルが姿を見せると、人々がざわめいた。
ショックで叫ぶ女子もいる。
気になることは多々あるが、入学初日に、おそらく学園で上位の人気男子生徒に、お姫様抱っこをされている時点で、平穏な学園生活を送れるのか不安になっていた。