25ー決着①
エリアルは不安に押しつぶされそうだった。
一度目でも二度目でも、ジュナと王宮に呼ばれることなどなかった。だからと言って、ここまで危険に晒すことになるなんて。
今からでも追いかけるべきなのでは。
ジュナにかけた護りの風に、異変がないことがエリアルの理性をギリギリに保っていた。
移動した広間でテーブルに付いているのは、聖女ルリ・ミズサワ、エリアル、エドウィン、ルナマリアだ。サイラス、リリアンとノアは、ルナマリアの少し後ろに立っている。
食事には聖女以外は手を付けていなかった。皆堅い表情でジュナの身を案じていた。
聖女は持っていたスプーンとフォークを机に置き、拗ねた声で言った。
「つまんないわ。毒なんて入ってないから食べたらいいのに」
「ミズサワ嬢。貴方の目的はなんなのですか?ジュナに···何かひどいことをしているのではないですよね?」
ルナマリアがたまらず聞いた。声が震えている。
「自分の心配をしたら?ルナマリア様。貴方にも良い未来はないのよ」
聖女は笑った。聖女らしからぬ笑い方が、もはやルリ・ミズサワには合っている。
「ルナマリアに何かしてみろ。私が許さない」
エドウィンは低い声で唸るように言った。
「アハハハ!ゆるさないって、エドウィンあなた今、魔力も封じられているのに」
エドウィンの腕には魔力封じの魔導具が付けられていた。
「鍵はアンバーが持ってるの。私に向かってきても無駄よ」
「いざとなったらエリアルが風の刃で私の腕を切れば良い」
その言葉にルナマリアがサッと青ざめる。
「そんなことにはならないわ。ジュナ・クライスがいるもの。ね、エリアル?」
「······ジュナを人質にとり、何が目的なのですか?」
エリアルは冷たい声を絞り出した。
聖女は首をかしげた。
「そうね、目的なんてないのだけど。物語をあるべき姿に戻したいのよ。まず、ジュナ・クライスに闇の魔力を目覚めさせて、悪に落としたいわ」
子供っぽく、目をまん丸にして言う聖女に、違和感しか感じない。
(何を言っている。どう考えても悪はお前だ)
エリアルは息を短く吐き、嫌悪感を押し込んだ。
「ジュナが闇の魔力に目覚めたとして、何が変わると言うのです」
「闇の魔力に目覚めたら、私が光の魔力で彼女を倒すのよ。毎回そうだったじゃない」
プチっと自分の中の血管が弾けた気がした。
横たわるジュナの姿が一瞬脳裏に浮かぶ。
「そうか。やっぱりお前が····」
エリアルがゆらりと立ち上がると、サイラスが慌ててエリアルの肩を抑えた。
「落ち着け。ジュナちゃんの状況が分からないうちは我慢しろ」
エリアルは初めての激昂を抑えられない。拳を机に思いっきり叩きつけた。
「分かっている」
3度目の生でも、自分はなんて無力なのか。
「ーーえっ?」
聖女が急に気の抜けた声を出した。
「アンバーの魅了が解けたわ。どういうこと····」
聖女は呟く。
「どうして、どうして?また駄目なの?最後なのに」
頭を抱え、ふらつく聖女に禍々しい魔力が集まってきた。光でも闇でもない。
「何だあれは?」
誰に問うでもなく呟いた。聖女の目は怪しく光り、宙に浮いていく。
「もういいわ。とりあえずルナマリアとジュナを消せばいいのよ」
聖女が言うと、エドウィンはすぐにルナマリアを自分の後ろに隠した。
「殿下、いいのです!離してください」
ルナマリアは慌ててもがく。
「それは出来ない。私はもう後悔はしたくない」
エドウィンはガッシリとルナマリアを腕に抱え、自分の背後から出さなかった。
「エリアル!先程言った言葉覚えてるな?」
エリアルだってさすがに王太子の腕を切りたくはない。
(ジュナはどうなった?アンバー殿下の魅了が解かれたなら···)
「ジュナ・クライスの安全は保証出来ないわよ。大人しくしてなさいエリアル」
聖女は手をかざす。
エリアルは一瞬、躊躇した。その一瞬で、聖女の手からホーリーランスは放たれた。
「ルナー!」
ルナマリアとエドウィンの前に突如黒円が現れた。聖女の手から放たれた光線は黒円に吸い込まれ、音もなく消えた。
扉の方を見ると、ジュナが黒い狼に乗り現れた。
汗をかき、顔が火照っているが怪我はなさそうだ。
ルナマリアもジュナに駆け寄ろうとしたようだが、エドウィンがまだ彼女を離さない。
エリアルは誰にも邪魔されることなく、ジュナを抱きしめた。ジュナもエリアルの腰に腕をまわし、力強く抱きしめてくれた。
エリアルにとって心から満たされる瞬間だった。堪能していると、ジュナが身体をよじり、苦しそうに呻いた。慌ててジュナを腕の長さぶん解放し、見える範囲で無事を確認した。
「怪我はないか?」
ジュナは微笑んだ。
「大丈夫よ。エリアルたちこそ、無事?」
「兄上!」
遅れて来たアンバーがエドウィンにかけより、魔導具を外す。
エドウィンはアンバーをジロリと見、頭を小突いた。
「馬鹿者」
アンバーは小突かれた頭を手で押さえ、一瞬泣きそうな表情を見せた。
「すみません」
2人の王子は炎を手にまとい、聖女に向き直った。
「あら?終わったの?感動の再会は。アンバー、残念だわ。王太子の座を逃した上に、失敗したのね」
「僕はもともと王太子の器ではないよ。そして失敗した訳でもない」
アンバーは冷たく言った。
「何ですって?」
聖女はジュナに視線を移した。
ジュナの横には闇の眷属が付き従っている。
「闇属性に目覚めたの?ならどうしてー·····」
聖女は狼狽えて叫んだ。
「リヴァイ!リヴァイはどこなの!?」
ぼこぼこっと地面が湧き上がり、みるみる土の壁が反り立った。
咄嗟にエリアルは風の力で土を吹き飛ばした。