22ー王宮へ
いつもより念入りに化粧をしてもらった。
可愛らしく、優しい色合いのドレスが好きなジュナだが、今回は明るめの藍色で、いつもと違う雰囲気のドレスを選んだ。
(少しでも強そうに見えるかしら)
初めて王宮へ行くのだが、ジュナは戦いに行くつもりだった。
王宮へ行く。学園で自分とルナマリアに、光魔法を放った聖女がいる場所へ。
ーふぅ。
小さく深呼吸をして、ジュナは伯爵のいる書斎のドアを叩いた。
父に、王宮へ行く前に話しておかねば。自分の属性のことを。
「お父さま、私です」
「ジュナ?どうしたんだい?見送りに行こうとしていたところだよ」
心配そうに微笑む父に、ジュナも微笑み返した。
「お父さま。私は闇属性に目覚めました」
でも大丈夫です。ルシャナ先生にもお話して、勉強しますのでー···と言いたかったのだが、一言しか言えなかった。唇が震え、お父さまの顔が見れない。
(もし否定されたらー···)
伯爵は大股でジュナに近付き、抱き上げた。
抱き上げられるなんて、もう5年はされていない。
「そうだったんだね。不安だっただろう。話していなくてすまなかった。お母さん···エリアーナの祖母がそうだった。」
ジュナは驚いた。
「お母さまの?」
「今は詳しく話す時間がないから、帰って来た時にゆっくり話そう」
伯爵はそう言って、ジュナの頭を優しく撫でた。
門へ向かう通路で、エリアルは待っていた。
「ジュナ」
伯爵に連れられ、いつもと違う雰囲気のドレスに身を纏うジュナを見て、率直に聞いた。
「珍しい色合いを選んだんだな。どうした?」
ジュナは強気に微笑んだ。
「強そうでしょう?」
何か吹っ切れたような危うさと、力強さを垣間見てエリアルは目をパチクリさせた。
もっと突っ込んで聞きたかったが、これ以上ドレスに関して問うのは失礼なのでやめる。
「ルナマリア嬢は先にリリアン嬢たちと馬車で出発した。僕らも行こう」
伯爵に別れをつげ、ついでにわざわざ見送りに出てきた父にも会釈して馬車に乗った。
「やあ。ジュナちゃん。ひさしぶり」
にこにこ笑顔のサイラスが手を差し出した。
驚いたジュナが聞いてくる。
「サイラスさん?どうして」
「さっき会わされたんだ」
どうしても不機嫌な声が出てしまった。
「僕も事情を知ってるからね。侯爵閣下にお声がけいただいたんだ。さっき着いたばかりだよ」
「サイラスさんも一緒に行くの?」
ジュナはサイラスが居ることにー···エリアルと二人きりではないことに、明らかにホッとしたように見えたので、エリアルはそれも面白くない。
馬車が出発してしばらくすると、ジュナがこちらをじろりと見て言った。
「なに?じっと見てるけど、そんなに似合わないかな?」
じっと見てしまっていたことにも気付かなかったので、思ったことをそのまま言ってしまった。
「いや、すごく綺麗だなと思って。伯爵の手前、おおっぴらに言えなかったんだ」
(ーあ、正直すぎたか)
ジュナの不機嫌だった顔が、瞬く間に赤色に染まった。サイラスは聞こえなかったフリをしている。
面白くないと思っていた道中だったが、自分の一言でジュナがしてくれた表情で胸がいっぱいになった。
(早く、もっと色々伝えたい)
浮つく気持ちをなんとか抑え込み、エリアルもまた戦場に行くつもりで気を引き締めた。
王宮で光魔法を放つことはないと思いたいが、聖女は何を考えているか分からない。
ジュナとルナマリアにホーリーランスを放った聖女の表情。思い浮かべただけでエリアルの気は引き締まった。
馬車が王宮へ到着し、エリアル達は応接室に通された。
先に着いていたルナマリア達も居たので、ジュナはホッとしたようだ。
すぐに侍従が入ってきた。
「皆さま、お待たせいたしました。王太子殿下がいらっしゃるお部屋へご案内いたします」
「部屋?晩餐会ではなかったのか?」
王宮には何度か来たことがあるので、違和感があった。
(晩餐会をするならば、すぐ近くの広間ではないのか?)
そういえば、王宮内の衛兵が少ない。
ヒヤリとし、サイラスに囁やいた。
「違和感があるな。サイラス、聞き耳立ててくれるか」
サイラスは頷き、目を閉じて集中した。
みるみる顔が青ざめる。
「変だな。人が少ないぞ。それに会話をしていない」
「ーこちらへ」
違和感があるからと言って、強気の行動に出るわけには行かない。状況が分からない。
(ジュナとルナマリア嬢を連れて来たのは早計だった。1人で来れば良かった)
後悔しても遅かった。促されるまま、エリアル達は王宮内を進んだ。
「ーあら?あなた道が間違っているのではなくて?ここはアンバー殿下のお宮に行く道···」
ルナマリアの問いに侍従は答えず、道を進む。
さすがにジュナとルナマリアも違和感を覚え、エリアルを見た。
「エリアル、この人変だわ」
エリアルは神妙な顔で頷き、低い声で言った。
「とまれ。道が間違っているのではないかと言っている。こちらは王太子殿下の宮ではないだろう」
侍従は足を止めてこちらを振り向いた。
その目はぎょっとするほど虚ろだった。
通路の奥から、兵が集まってきた。エリアルとサイラスは、ジュナ達の前に出て構える。
エリアルもとっさに聞き耳を立てる。通路の奥に、兵が10人は居る。
「エリアル···」
ジュナがエリアルの袖を掴む。
「数が多いな」
ジュナとルナマリア。リリアンとノアとサイラス。エリアルの風の防護壁に全員は入れない。
(従うしかないか)
「ひとまずあちらの出方を待とう」
サイラスは小さな声を風に乗せてエリアルに聞かせた。
「どうやら、奥に王太子殿下がいるようだ。周りの雰囲気からして拘束されている。聖女と会話をしている」
集まってきたどの兵も虚ろな目をしている。
(これは光魔法の魅了か?だとしてもこの人数を···聖女に近付いても大丈夫だろうか)
「サイラス、みんなに風の防護膜をはろう。聖女の魅了に通用するか分からないが」
「魅了か。かかるとやっかいだな」
侍従に促され、広めの部屋に連れて行かれた。客室のようだ。
「ルナマリア!」
「殿下?」
部屋に入るなり、王太子が駆け寄ってきた。
ルナマリアの姿を見て安堵している。
「すまない。聖女の力を甘くみていた。皆を巻き込んでしまった」
連れてきた侍従はドアの前に立ち、鍵をかけうごかなくなった。
「ここまで宮の様子はどうだった?」
王太子がエリアルに視線を向けた。
「エドウィン殿下の宮も兵が少なく、皆魅了にかかっているようでした。殿下はどうしてここへ?」
「クライス邸へ電報をだしたあと、アンバーに呼ばれたのだ。そうしたら部屋に閉じ込められてしまった」
「殿下···はっきり言って注意力にかけています」
「ぐ···分かっている。まさかアンバーがこんな無謀なことをするとは」
「陛下のいらっしゃる本宮は大丈夫でしょうか?」
「分からないが、本宮は離れているからあるいは···」
言いかけて、エドウィン殿下はドアを注視した。
エリアルとサイラスもドアを見ている。
「みなさまお待たせ致しました。晩餐の準備が出来ましたよ」
ルリ・ミズサワ嬢がカーテシーをとって入室してきた。