20ージュナとルナマリア
認めたくなかったものの、ジュナも流石に気づいていた。
バルコニーで目を凝らして、ルナマリアを見つけた時から、自分にまとわりつく闇の匂い。
ジュナはぼろぼろ涙を流した。
「私も夢を見るの。自分がとっても嫌なやつで、闇の魔法で聖女を攻撃する夢。嫌だ。闇属性なんて。」
ルナマリアは小さな子どものように泣くジュナを、優しく引き寄せた。
「わたくしの夢とは違うわ。あなたは、闇の眷属を従えて、高度な闇魔法で人々を助けていたのよ」
ジュナはぽかんとルナマリアを見た。
ルナマリアはにっこり微笑んだ。
「さきほどの夢なんて、あなたが国を救ったのよ。もちろんわたくしの水魔法も手伝ってですけれど」
誇らしげに言うルナマリアに、ジュナはふふっと笑顔になった。
「なんて素敵な夢なの。詳しく教えて」
「いいわよ」
ルナマリアが話してくれる夢の話は、ジュナが見る夢と登場人物は同じだった。そして似ているところ、同じ所もあれば、全く違うことも多かった。特に登場人物の性格だ。
ルナマリアの夢のジュナは、ジュナの夢ほど性格が悪くなく、今のジュナともまた違った。
(そうよね。夢なのだから)
ジュナは久しぶりに清々しい気持ちになった。
「ルナ。ありがとう。最近よく見るこの夢で、とても悩んでいたの」
「わたくしもよ。夢の中のわたくしは、すごくワガママで傲慢で、エドウィン殿下に捨てられてしまうのよ」
ルナマリアは努めて明るく言ったようだが、表情は暗かった。
「ルナを助けたのは王太子殿下なのよ。ルナのことをとても心配していたわ。婚約破棄はありえないと言っていたわよ」
「まぁ!ジュナ!どうして先に言わないの。それこそ詳しく話してちょうだい」
ジュナも一連のことをルナマリアに話した。ルナマリアは静かに聞いていたが、不思議そうだった。
「おかしいわね。心配していただいた事はとても嬉しいけれど、わたくしと殿下はそんなに親密になるほどお会いしていないわ」
頬を染めて、まんざらでもなさそうに言うルナマリアに、ジュナもニヤニヤして言った。
「後日、王宮に呼ぶと言っていたわよ。そこでちゃんと聞いてみましょう」
ルナマリアは途端に勢いをなくした。
「えっ、わたくしが直接?聞けないわ」
「じゃあエリアルに聞いてもらおう。何故だか親しそうだったわ」
「そうね。そうしましょう」
クスクスと二人で笑い、エリアルに一任することにした。
その後は他愛ない話をして、二人でまたベッドに横になった。
外が少し明るくなってきた。夜明けが近い。
二人はもう一眠りすることにし、布団をかぶった。
ジュナは自分に闇の魔力がまとわり付き始めたことに気付いたが、前ほど気にならなくなった
寝返りをうつと、ルナマリアが眠たそうに呟いた。
「ジュナ、闇属性は悪ではないわ。大丈夫よ」
ルナマリアの言葉を胸に刻み、ジュナは眠りについた。
コンコンコン。
ジュナは目を開けた。窓を見ると、日が登ってだいぶ経っている。
「お嬢様。お目覚めでしょうか?旦那さまが広間でお待ちです」
セリーの声に、パッと身体を起こした。ルナマリアもゆっくりと身体を起こす。
「おはようルナ。仕度して広間へ行こう。お父さまが用事があるみたい」
「あら、もうお昼前なのね。寝すぎてしまったわ」
2人とも慌てて起きて、学園の様にお互いに助けながら身支度をした。
急ぎ足で広間へ向かい、扉を開けると2人は固まった。
テーブルにつき、ニコニコと手を振っているのはラザイン侯爵。エリアルの父だ。
ルナマリアはサッと姿勢を正し、カーテシーをとる。ジュナも慌ててお辞儀をした。
「久しぶりだね。ルナマリア嬢。ジュナ嬢。2人とも見ないうちに素敵なレディになったね」
ジュナは侯爵に会うのは2年ぶりだ。ルナマリアも会ったことはあるようだが、ジュナよりご無沙汰なようだった。
侯爵の隣に、見たことのない表情で座っているエリアルが居た。父親の隣に座っていることが居心地が悪いようだ。
「おはようジュナ。ルナマリア嬢も、もう体調は大丈夫かい?」
クライス伯爵が心配そうに声をかける。
「ご心配おかけしました。もう大丈夫です」
ルナマリアは明るく答えた。
メイドたちの横に並んでいたリリアンとノアも、ルナマリアの様子を見てホッとしているようだった。
セリーが椅子を引いてくれたので、2人も席についた。
「ラザイン侯爵、今日はどうされたのですか?」
ジュナは父が侯爵家へ出向くことがあっても、侯爵が家へ来ることなど滅多にないことを知っている。ましてやパーティーでもない日に。
侯爵は隣をチラリと見て言った。
「途中で足取りが途絶えた愚息が気かがりだったこともあるが···」
「その件は謝罪したでしょう。本題に入ってください」
エリアルは目も合わさない。
やれやれと侯爵は頷いた。
「分かったよ。だが少し待ってくれ」
遅れて来たジュナとルナマリアのお茶の準備が終わると、クライス伯爵は侍従とメイドを何人か下がらせた。
昨夜の一件で、伯爵も警戒心を強めたようだ。
「うちは使用人の審査が緩いからな。一応な」
ジュナに聞こえるように伝えると、侯爵に目を向けた。
侯爵は思案するように腕を組み、話しはじめた。
「さて、どこから話そうか。何にしても時間がなかったのだよ。手紙や人を送ることすら惜しかった。王宮でエドウィン殿下と会う約束をしてるのだろう?」
そういえば王太子がそんなことを言っていたような。昨日の内輪だけでの口約束なのに、侯爵はどこから情報を得るのだろう?
「調べによれば、エドウィン殿下は本日の晩餐に君たちを招待するだろう。ずいぶん急だが、王宮で少し変化があってな。殿下も焦っておられるのだ」
「昨日の今日で?それはあまりに無理があるのでは」
エリアルは少し考え、侯爵に答えをもとめた。
「変化とは、聖女に関することでしょうか?」
侯爵はため息をつき、組んだ手に顎を乗せた。
「そうだ。聖女が王太子ではなく、弟君のアンバー殿下に付いたのだ。聖女がアンバー殿下の部屋に出入りするようになってから、アンバー殿下の様子がおかしくなったようでね」
アンバー殿下には、ジュナはお会いしたことがない。エドウィン殿下の2つ下の弟君で、お身体が弱く、あまり社交に顔を出さないと聞いている。
アンバー殿下が身体が弱く、後ろ盾もないため、2人の王子の間には後継者争いはなかった。だが、アンバー殿下に教会が付くとなれば話は変わってくる。
「聖女さまはどういうおつもりなのだ。教会も王宮の後継者争いに手など突っ込みたくないだろうに。リスクがあり過ぎる」
クライス伯爵も頭を抱えた。顔が広いため、王宮にも教会の関係者にも知り合いが多いため、立ち位置が難しいのだ。
コンコン
「失礼致します。急ぎの通達が王宮から来ております。いかが致しましょう?」
執事が慌てて入ってきた。
ラザイン侯爵の言うとおり、王太子から晩餐の招待だった。
淑女には色々と時間がかかる。ジュナとルナマリアは早々に席を立ち、自室へ準備しに戻ることにした。