11-選択属性
エリアルが、3度目の生で最も努力したのは魔術の習得だった。
6歳から、人の目を盗んでコツコツ修行した。
2度目でも彼女を守れなかった不甲斐なさ、会いたいけれど会えないもどかしさ、様々なマイナスの感情を全て魔術の修行にぶつけてきた。
その甲斐があり、早い段階で2度目の人生での自分の能力を超え、10歳の時には風属性のすべての魔術を習得した。
(護りの陣をかけておいて本当に良かった)
エリアルが1番重点をおいて会得した術だ。これがあれば、自分が近くにいない時でもジュナを物理的に護ることが出来る。
ガラッ
風魔術研究室のドアが勢いよく開いた。思案していたエリアルも、顔を上げてドアの方を注視した。
エリアルは朝から、風属性の魔術を担当しているダグラス・アラン先生に呼び出され、研究室で待たされていた。
アラン先生は両手にたくさんの魔術書を抱えて入室した。風魔術を調節し、ドアを開けたようだ。
(もう少し魔力を微調整すれば、静かに開けられるはずなのだが)
エリアルは厳しい指摘を心の中でして、アラン先生の後ろにいる人物に冷ややかな視線を向けた。
アンジェリカ嬢に白羽の矢が立った時、嫌な予感はしていた。
(聖女が風属性を選ぶとはな)
今生では、違うことがたくさん起きる。そもそも、聖女の世話役が自分ではなくなった時点で覚悟していたことだが。
アラン先生は持っていた魔術書を机へ置き、後ろにいたルリ・ミズサワ嬢をエリアルに紹介した。
「ラザイン君、待たせたね。君も知っていることと思うが、聖属性を持つルリ・ミズサワ嬢だ。我が学園では四大属性しか学ぶ事ができないからね。ミズサワ嬢は風属性を選択するそうなんだ」
「よろしくお願いしますね。ラザイン様」
ミズサワ嬢はペコリと頭を下げた。上目遣いでこちらを見ている。
「ラザイン君も特に気にかけてあげてくれ。学年は違えど、風魔術だけでなく他の科目においても首席だしな。適任だ」
エリアルは無言で返した。
返事がないエリアルを不審に思い、魔術書をバサバサと収めていた手を止め、アラン先生はエリアルを見た。
「ラザイン君?」
「お話は終わりでしょうか?アラン先生。」
「ああ。あ、いや次の授業で使うこの資料を持って行ってくれ」
一瞬明らかな拒絶を感じでポカンとしたアラン先生だが、すぐに思い出して資料を探しはじめた。
ミズサワ嬢は、エリアルに話しかけるタイミングを見計らっているようだ。
「ああ。これだこれだ」
アラン先生が資料を見つける方が早かった。
「では失礼します」
資料を受け取り、さっさと部屋を退出した。
「ん?ラザイン君は何か機嫌が悪かったな」
アラン先生が不思議そうに呟いた。
午前授業が終わり、エリアルはサイラスと教室を出た。
「エリアル、今日も第3?」
「ああ」
ニコニコと聞いてくるサイラスに半眼で言う。
「サイラス、毎日僕に付き合わなくて良いんだぞ。第1の食事の方が君は慣れているだろう?」
「何言ってんの。もう第1には戻れないよ。第3のジャンクな味付けは僕の好みだよ」
「ならいいが」
素っ気なく答えたものの、サイラスがいる事は心強かった。第3で食べ方が分からない食べ物が出てきても、サイラスは臆さず近くの平民の生徒に聞いてくれる。
「エリアル様」
後ろから声をかけられた。振り向くのも嫌だが仕方ない。
声の方を向くとアンジェリカ嬢とルリ・ミズサワ嬢が追いかけてきている。
「どうかされましたか?」
口調を崩さず言うのは、親しくなりたくないという意思表示だ。
「今日も第3へ行かれるのですか?私達もご一緒していいかしら?授業の事で聞きたいことがあるのです」
アンジェリカ嬢の息は弾んでいた。急いで来たのだろう。
それもそのはず。声をかけられたくなくて、大股で歩いて来たのだから。
「申し訳ありません。先約があるのです。アラン先生に確認された方がよいかと」
アンジェリカ嬢は口籠り引き下がったが、ミズサワ嬢はそうはいかなかった。
「ジュナ····嬢と行かれるのですか?」
エリアルは目を見開いてルリ・ミズサワ嬢を見た。
(今、ジュナを呼び捨てようとしたのか?)
「ミズサワ嬢、親しくない相手をファーストネームで呼んではいけません。同性であっても」
彼女がジュナと接点を持とうと考えないように強めに言った。
誰が聞いても拒絶にとれる声色で言うと、ミズサワ嬢は絶句した。表情がみるみる強張る。
「では」
エリアルはローブを翻した。去る前に1つ魔術を施す。ミズサワ嬢の表情が気になったからだ。
まるでエリアルが自分に媚びないことがおかしいことのような態度だった。
施した術は、人の囁きを風によって音だけで運び、自分の耳に届けるものだ。諜報の時などに役立つ。
この術も習得に苦労した。魔力の微調整が必要で、少なすぎると聞き取れず、少しでも魔力を込めすぎると鼓膜が破れる。
廊下を真っ直ぐ進み、何も聞こえないままだったので、杞憂だったと考えた。曲がり角まで来たところで、ゾッとする声音が耳に届いた。
「どうして···おかしいわ。エリアルが私に興味がなさ過ぎる」
令嬢とは思えぬ声の低さだった。エリアルは振り向いてしまいそうな衝動を必死で抑えた。
しばらく待ったが、聞こえた囁きはそれだけだった。
(興味がない?当たり前だ。何を言ってるんだ?)
「エリアル?どうした?」
エリアルは顔に出た不快感と怒りを取り繕い、なんでもないと首を振って第3食堂へ向かった。
第3食堂に付くと、いつもの席にジュナ達はいなかった。
「まだ来てないみたいだね。エリアルは何にする?」
「今日はまかせる」
サイラスは返事をしながらカウンターへ向かった。
エリアルは気が気でなかった。
昨夜の、ジュナの問いに答えれなかったからだ。
ジュナからの好意は、なんとなく感じている。いつまでもはっきりしない自分に愛想を尽かしてないだろうか?
本当は早く思いを打ち明けたい。自分がモタモタしている間に、他の誰かがジュナに手を出したら?
もちろん渡すつもりはない。だが考えるだけで腸が煮えくり返る。
後ろの席の男子生徒も、2つ前の席に座っている集団も、この席に座るであろう女子を見るためにそわそわしていることが感じ取れるから、なおさらだ。
しばらくすると、クリーム色の髪が視界に入った。エリアルの感じていた苛立ちは、急速に体内に収まった。翡翠の瞳が、エリアルを見つけた途端に微笑んだからだ。
身体の奥が暖かくなる。
「遅くなっちゃった。エリアル、今日は大丈夫だった?あの後二度寝しなかった?」
何の心配をしているのやら。エリアルはニコッと笑い答えた。
「大丈夫だったよ。ジュナは二度寝したのか?」
ジュナは"しまった"という顔をして、顔が少し赤くなった。
「うん。起きれなくてルナに怒られた」
(かわいい)
「ふふ。怒ったルナマリア嬢はどこへ?別々に来たのか?」
「うん。お兄さんに呼ばれたみたい」
サイラスがジュナに気付いたようで、3人分の食事を持って来てくれた。
一通り食べて、他愛ない話をしていると、ルナマリアが現れた。
ルナマリアの表情を見て、ジュナが慌てて立ち上がった。
「ルナどうしたの?何か悪いお話だったの?」
ルナマリアは暗い顔をして、首を振ったあと、悲しそうに微笑んだ。
「お部屋で話すわね。エリアル様、サイラスさん、ジュナをお借りしてもよろしいかしら?」
「ルナマリア嬢、僕たちにも話してくれないか?力になれることがあると思う」
ルナマリアは少し驚いた顔をして、思案している。
(踏み込み過ぎたか?だがジュナに関わることなら、知っておきたい)
「ありがとうございます。では、お聞きくださいませ。エリアル様に力添え頂けるなんて嬉しいですわ」
ルナマリアは心からお礼を言ってくれた。