表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

葬式と笑い

作者: 月這山中
掲載日:2024/02/28

 葬式では笑ってしまうものです。

 なぜならば、死という事件が古来より、日常から切り離されてきたからです。


 着物を逆に着せるなど、人間は普段とは違う行為を行い、

 死の存在を非日常として受け止めてきました。


 笑いという行動は理解しかねるものや、非日常的な光景に感化されやすいのです。

 その異常が厳粛な多人数によって行われていれば、より異常性が増し、一層に笑いを引き出しやすくなります。


 ゆえに、葬式で笑ってしまうのです。

 それがどのような教えの元に、どのような由来から行われているのか理解はしていても、

 どれほど悲しみに包まれた人間に囲まれていても、

 我々は笑いをかみ殺しながらでなければ死者を弔えないのです。


 笑う本人ですらも勘違いすることが多いのですが、実際そこには悪意も嘲笑も、何も含まれていないのです。

 あえて言えば畏怖の裏返しと言うべきか、正気を失うほど恐ろしい死に、向き合うほどの精神力がないゆえか。

 自らを騙すことを廃した人間に、死を覚悟することは容易ではないのです。



 こうした詭弁があれば、一つの折り合いが付けられるかも知れません。


「私は死を笑うのではありません。死を恐れて笑うのです。

知らず知らずのうちになった無宗教家、無信心者達は、それに気づかず

敬意を払うことを一瞬だけ忘れてしまうのです」



 生物は死を恐れます。生を全うする前に半ばで絶たれる事を、避ける本能が根本にあります。

 そして、人類はどうも「本能には逆らうもの」と捉えている節があるので、

 死を恐れることすらも脱却しようと臨みました。


 ですが見つめれば見つめるほど、死とは絶対的に否定しようがなく。

 いつからか目を背け、茶化し笑い飛ばすという手段をとることで、

 死を忘れてしまおうとしました。


 葬式では笑ってしまうものです。

 なぜなら、私たちは死から逃れられないからです。


 いつでも変化しえない己を望む。


https://note.com/tsukiha/n/n9b9112933292

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ