最初にして最大のミス
「ひっ、な、なんだ…この大量の猥褻物は…!!」
男たちは空を見上げ、悲鳴をあげる。その表情は困惑とも恐怖とも取れた。
理由は俺の『スキル』、転生に当たって与えられたチート。その能力が顕現したからだ。
右手を掲げた俺によって上空に俺の『スキル』が展開される。そこに現れたのは100?200?いや、それ以上、数えられないほど無数の……尻。
「どうしてこうなった…」
―――
物語は10分前に遡る。
俺は死んだ。俺の死因?そんなものはどうでもいいだろう。ここでは省略させてもらう。
そして、俺は転生した。何故?そんなものは俺が聞きたい。有無を言わさず何者かに異世界に転生させられた。ただ覚えているのは、そいつと別れる前に「『スキル』をあげるから楽しみにしててね」と言われたことくらいだ。
そうして気づいたときには、青々とした森の中に立っていた。自分の手や身体、足を見ると18歳前後の俺の肉体らしい。若返って嬉しい。だが、俺はここで重大な問題を発見した。全裸だった。うん、直接身体が見られたんだから当たり前か。ああ、アレは自由を謳歌している。
まじまじと自分身体を見続けていたが、さらにここでもう一つ重大な問題に気付いた。なんか人がいる。全裸の少女が一人、屈強な男たちが数人。いずれもこちらに視線を向けていた。
しばらく、いやこれは俺の感覚だったので実際は数秒だったかもしれないが、静寂が続いたあと
「へ、へんたい…!」
全裸の少女が口を開いた。
「なんだこいつ…」「どこからでてきた?」「変態か!?」
それを皮切りに男たちも口々に俺を見て呟き始める。
「い、いや誤解なんだ、俺はただ全裸で居ただけなんだ」
思わず言い訳ですらないことを口走ってしまう。
というかこの女の子も全裸なんだから、俺のこと言えねぇだろと言いかけたところで冷静になる。
女の子は酷くおびえきっており、男たちの手には服のような物が握られている。なるほど、これは…追いはぎか、もっとひどい拉致をしているところにばったり会ったのだろう。
「おい、兄ちゃん。どんな趣味してるか知ったこっちゃねぇが、この現場を見られたからには生きて返すわけにはいかねえ」
やっぱりか、何かしらの悪事をしていたことには違いない。そして俺もその狩りの対象になってしまったようだ。
「おい野郎ども!この女を連れていけ、その男は殺しても構わん。大した価値はないだろうからな」
リーダー格と思しき男の野太い声が森に響き渡る。
その合図を皮切りに男たちは少女の腕を無理やり引っ張り、近くに止めてある馬車に連れ込もうとする。
「いやっ、離して!たすけて!」
「クソこの女、暴れるな!」
抵抗する少女に男の一人が足に強烈な蹴りを入れる。
「っっ!」
少女は声にならない悲鳴をあげる。
俺は別にで正義の味方になりたかったことは一度もない。だが、ある程度の道徳心は養ってきたつもりだ。その倫理とも呼べない、罪のない人が傷ついているところを見たくないというただの優しさが心の中で暴れているのを感じた。
「心のノートってこういう時のためにあるのかなぁ!?」
気づけば、俺は殺そうとじりじりと向かってくる男たちを躱し、少女を傷つける無法者にタックルをかましていた。
「なんだあ!?」
不意の一撃に男は思わず少女の手を離す。
「おい!逃げるぞ!!」
「え!う、うん!」
俺の絶叫に少女の身体は反射的に動き出す。俺もついでに一発拳をかましてから身を翻し、逃げようと思ったのだが、
「あ」
ただ地面に落ちていただけの石に足を取られ、バランスを崩した。
さらに悪いことに、その倒れる勢いのまま少女の尻にビンタのような強烈な一撃を入れてしまった。
「きゃあ!?」
お尻に大きな紅葉を作った少女も足を蹴られた影響か踏ん張りが効かず、倒れてしまう。
「へへ、間抜けで助かったぜ、言い訳はなしだぜ坊主。死にな」
男が鉈を振り上げるのが見える。反射的に手を前に出し、防御の姿勢をとったが、もはや意味はないだろう。
ああ、勇気を出した末路がこれか。道徳の先生、授業中漫画ばっか読んでてごめんなさい。そのバツが当たった教え子を反面教師として次代に繋いでいってください。
ゆっくりと俺は目を瞑った。
「な、なんだ!こりゃあ!」
だがその一撃は俺に振り下ろされることはなく、男の困惑した声が聞こえる。
ゆっくりと目を開けると…俺の右手のひらから光線が伸びていた。
その行く先は空へと伸び、巨大な魔法陣を描いていた。
「お、おい何をした!?」
追いはぎたちは空を見上げ、何をするわけでもなく、立ちすくんでいた。
そのまま魔法陣が描かれいき、完成した。
その瞬間空は光り輝き、その場の誰もが目を瞑った。次に目を開けたとき…空には大量の尻が浮かんでいた。
―――
そして今に至る。
「ひっ、な、なんだ…この大量の猥褻物は…!!」
「どうしてこうなった…」
あまりの出来事に俺も含めて誰も状況を理解できていないという様子だった。
だが、よく見ると浮かぶ尻は見覚えがあった。
「これは…」
ふと少女の方を見る。やはり…。いや深く考えないようにしよう。
「お、おい!びびるな!俺たちには関係ないことだ!さっさと続きだ!」
皆が呆気にとられている中、リーダー格の男は冷静さを取り戻し、号令をかける。
「う…うおおお!」
他の男も呼応するように叫び声をあげ、自らを奮い立たせる。
再び俺たちを襲ってくるが、先ほどとは変わって何故か俺は迎撃できる自信があった。
右手が疼くという奴だろうか、妙に熱をもって力が漲るし不本意だが、俺が呼び出しただろう大量の尻を操れる気がする。
「はああああ!」
力を込め、右手を振り下ろすと、尻たちが男たちめがけて射出される。
「ケツ・ストライク!」
なんか俺の口からありえない単語が飛び出たが、聞こえないことにしよう。その技名?のあと尻が光り輝き隕石のように降り注ぐ。
「ぐわああああ!」
土煙をあげるレベルで地面に高速衝突する尻に当たった男たちは苦痛の声をあげながら一人、一人と地面に伏していく。
すべての尻を打ち終わったとき、意識があるのは俺と少女だけだった。
「あ、ああ」
少女は未だ理解できずに地面にへたり込み、か細い声を出すことしかできないようだ。
俺はとりあえず、少女を起こすために向き直り、右手を差し出す。
「ひっ…」
どうやらおびえられているようだ。まあ当たり前だ。追いはぎにあったと思ったら今度は全裸の男が大量のケツを召喚したんだから。うん意味が分からない。
そうだな、まずは警戒心を解くために、俺自身も状況理解をするために自己紹介をし合おう。
「大丈夫?君の名前は?」
なるべく優しい声色で話しかける。
「…ルリ、ルリ・シリウス」
「ルリか…俺の名前は立花伊織。ここで会ったのも何かの縁だ、よろしく」
その瞬間俺の視界の右端で文字が浮かび上がった。
名前:【立花伊織】
スキル:【コピー】
能力限界:【29日23時間56分】