第仇話 手に入らないもの
「縁さん、旭さんから電話」
「はい、今行きます」
読書中、何事かと思ったが大切な人からの連絡だった。
普通だったら無視しているだろうが、旭となれば話は別だ。
四葉の栞を間に挟み、黒電話のある玄関の方へと向かった。
「もしもし。あぁ、テスト範囲な。国語は27から50ページまでだよ。他は大丈夫そうか?」
旭の質問に答えながらチラチラと周囲を見渡す。
今まで、手に入らないものなんてなかった。
幼い頃から、大事に育てられ。全てと言って良いほど整えられた環境で過ごしてきた。そして俺は結果を出してきた。
その中で手に入らないものが存在する。それが旭だ。
本当に神様は意地悪だと思う。もうすぐ会話も終わりそうだ、そうやって俺達の仲を引き裂こうとする。
そんな気持ちを押し殺して、俺は電話を切った。
「ねぇ、縁さん。明日が楽しみね。やっと東屋の舞台が見れるんですもの。私達でも手に入らない貴重な機会。良い勉強になりそうね」
「確か、女形で有名な役者がいるとか。子供とは言え、侮れない実力を持っているって噂になってたな。是非、お会いしてみたいね」
そのあと、俺は東圭太と言う人物を知り彼の魅力に取り憑かれた。
何度も舞台を見に行った事もあるぐらいだ、何と無く自分と重ねていたのかもしれない。
“あの会場”で本人に直接聞いた事がある、その時教えてくれた。
「あの舞台に自分はいない、居るには姉貴だ」と。
やっぱりそうだ。圭太は望海に取り憑かれている。
そして自分もまた、旭に取り憑かれている。
それを辞められるきっかけになったのは参区での晩餐会の出来事がきっかけだった。
「縁、事前に話したが参区での護衛を頼みたい。普段だったら旭に頼むがいないからな。お前に任せたい」
旭が離脱してすぐの事、俺は親父から移動と護衛の依頼を受けた。
正直言って、過去の事もあり親父と余り絡みたくないと言うのが本音だった。俺は常々捻くれていると思う。
親父の護衛も親族の自分ではなく旭に任せていた。
この人とは正反対の一途な。自分の事を大切にしてくれる人が好きなのだ。
旭には感謝してる。ただ、それが彼の負担になってしまった事も否めなかった。
「分かりました、お引き受けします。大事な顧客なんでね。俺達は時給五千円でやってるんだ。親父にもちゃんと支払ってもらう。1.8倍で特別料金にさせて頂いても良いんだぞ?ただし、サービスなんてしないがな」
「分かった、分かった。この際、身内料金なんて言わん。所で縁、その髪はどうした?失恋か?あれだけ伸ばしておいて、旭がいなくなった途端にこれか。相当、入れ込んでいたようだな」
その言葉に俺は目を逸らしながらも答えた。
正直、親父の言葉は嘘ではない。
俺は旭に取り憑かれてた、それは事実だった。
「...谷川に頼んで切ってもらった。自分の中でアイツとの思いに決着をつけたかっただけだ。どうせ、俺は男なんだ。ずっと一緒にはいられないさ。旭も俺に愛想を尽かして出て行ったんだろう。俺の事なんか思っちゃいないさ」
「はぁ、自分の息子がこんな風に育つとは思わなかった。まぁ、好きにしなさい。もうお互い良い歳だ、策を練るにも骨が折れる。お前相手なら尚更な」
その時、やっと親父と静かにではあるが笑い合えたような気がした。
そのあと、珍しく望海や夢野さんが外に出ていると言うので児玉さんに壱から参区の移動をお願いする事にした。
その時、自身の息子の事を教えてもらった。「寝る前に会いたいな」と言う彼に微笑ましさを覚えていた。
「そう言えば朱鷺田は子供が好きだったな。噂に聞いてるよ、近所の子供達と遊んだり孤児院の視察や支援をしてるって。しっかりしてるな、幼い頃からそう言う教育を受けてきたのかもしれないけど」
「自己満足だよ。...それに視察だって、養子に出来そうな子を品定めしてるだけだ。自分は最低な人間だよ」
最後、ボソッと呟いたが流石に聞き取れてしまったようでギクシャクした雰囲気になってしまった。
「何と言うか“養子”って言うのが朱鷺田らしいな。旭はどうしてる?そう言う相談もしたのか?」
「いや、忘れ物を取りに来たとかで家で鉢合わせした事があるけどすぐ出て行った。問い詰めても話してくれないし、正直お手上げだよ」
そのあと、親父に連れられ手荷物検査をする事になった。
今回、町長の護衛という事で特別に“毘沙門天”の使用を許可された。
正直、使い道があるのかどうか疑問だったがコレが自分を変えるキッカケに繋がったと思えば正解という事で良いのだろう。
場内、挨拶回りに従事する中珍しい組合わせを見つけた。
それが東圭太と風間瑞稀だった。
誰かを探すように周りをキョロキョロと見渡している。
ただ、2人の切り替えは早く。人から話しかけられると笑顔で応対していた。
そして自分達の前でもそうだった。
「こんばんわ。以前から君のお姉さんにはお世話になっていると言うか同業者なんだ。よろしくね」
そう言いながら握手を求めようとすると何故か嫌がられてしまった。
「ごめんなさい。僕、潔癖症で握手はちょっと」
「申し訳ない。私で宜しければ構わないかな?」
何か可笑しいと思ったが、良く見ると圭太の片手にはトランクがあった。
成る程、武器を持ち込んでいるという事は何かに巻き込まれた可能性が高いという事だ。
ここは見逃してあげるのが良いだろう。
「困ったな。僕では風間のお嬢さんと握手出来なさそうだ。父さん、代わりにお願いできますか?」
外行きの自分に切り替えて、親父と彼女を会わせている間に圭太に声をかけた。
「姉の手伝いか?」
「まぁ、そんな所かな?貴方はこのおじさんの護衛?随分と頼りないんだね。そんな細い身体で大丈夫なの?他の人を頼めないの?」
「生憎、本命は不在なんだ。自分でも分かってるよ、俺は旭がいないと何にも出来ないんだ。だから愛想尽かされて逃げられた」
そんな事を言うと、圭太はふーんと言いながら此方を見つめてくる。
「そうやって悲劇のヒロイン気取りでいるつもり?その旭さんが可哀想だ。自分がいない間に居場所も仲間も無くなってたら、どう思うだろうね?」
「...」
その問いかけに自分は“答えられなかった”と言うよりかは“答えたくなかった”という方が正しいのかもしれない。
そんな事もお構いなしに圭太は続けざまにこう言った。
「僕もさ、昔から姉貴に守られて生きてきたんだ。物理的な意味でじゃないよ。精神的にね。姉貴は歌舞伎の舞台に上がれないからその分も頑張ろうっていつも思ってた」
「良い心がけじゃないか」
そう言うと彼は首を横に振った。
「違うよ。僕は逆に姉貴の事を侮辱してた。姉貴はあんな舞台で収まる人じゃないんだよ。沢山の仲間がいて、沢山の人に愛されてる。どう?貴方と旭さんは今何処にいる?」
「いや、だから離れて...嫌、そうじゃないな。鳥籠の中にいるよ。ずっとそこで一緒にいるんだ。ありがとう、そうだな。旭に鳥籠は似合わない。幼い頃、ずっと言ってたんだ。朝日が見たいって。でも、その夢が叶う事はなかった。今もそうだ」
泣き出しそうな顔をしていると彼からチェック柄のハンカチを差し出された。
「大事な物なんだ。直ぐに反してね。ねぇ、僕達に協力してくれない?さっきさ、トランクを隠してた事黙っててくれたよね?貴方の力が必要なんだ」
「同じ事を前にも言われたよ。旭の方が頼りになると思うけどな。そうじゃないんだろう?」
「そのままの意味。絶対に喜んでくれると思うけどな「好き」って言ってくれると思うよ」
「旭はそんな事言わないよ。いつも“お前が俺の1番だ”って言ってくれるんだ」
そう言うと圭太はポカンと口を開ける。
俺が箱入り息子なせいなのか変な事を言っただろうか?
「いや、想像以上だよ。貴方、愛されてるんだね。あっ、瑞稀さんが呼んでる。もう行かなきゃ」
「そうか、じゃあ気をつけて。俺は親父から離れられないし、君達の手伝いは出来ない。お互い頑張ろう」
そう言うと圭太は瑞稀お嬢さんと一緒にその場から立ち去って行った。
そのあとだ、異変が起こったのは。何処からか窓ガラスの割れる音が聞こえる。俺は目を見開き、護衛対象である親父を連れ反対側の東棟方面へと避難した。
「縁、どうなっている!?」
「分からない、親父は奥の客室に避難してくれ。会場内に残された人達は今頃パニックになってると思う。避難誘導をしないと」
「おい!待ちなさい縁!」
その言葉よりも先に身体が動き出していた。
案の定、場内はパニックになっており何処からか異臭が漂っている。
何か燃やしているようなそんな匂いだ。
「ママ!助けて!」
この人の波で親と逸れたのだろう、1番大きなシャンデリアの下に少女がいた。
その時だ。場内の窓ガラスが割れ人が侵入してくる。
俺は後で知る事になるが百地という人物だ。
「不味い!」
脊髄反射で少女の所に向かい、守るように抱き抱える。
その直後、何かが千切れる音がした。そうシャンデリアを固定していた鎖や配線が一気に切られたのだ。場内から悲鳴が上がる。
もう迷っている暇はない。やる事は一つだけだった。
【コード:004 承認完了 毘沙門天を起動します】
「全く、骨が折れる。とんでもない事に巻き込まれたな」
そんな事を言いながらも内心では歓喜の声を上げていた。
もしかしたら、3人の夢を叶えられる機会に恵まれたのかもしれないからだ。
毘沙門天の力により会場内に怪我人はなかった。全員を避難させた後、解除しシャンデリアを下ろした。
どうやら中庭に望海達がいるようで慌てているようだった。
こう言う時こそ、年長者である自分がしっかりしなければと震える手を無線機にかざした。
「何処に連絡を入れれば...あさ...まが良いか。和田の様子も知りたいしな」
そのあと、慌てながらも浅間が対応してくれた。
正直、周囲と避けていた所もあるのできちんと対応してもらえるとは思っていなかった。
「朱鷺田さん、連絡ありがとうございます。今、比良坂町の水路全域が放火されていて消火活動に追われているんです。山岸さん達も到着が遅れてまして。出来るだけ残りのメンバーで対応しているんですが、連携が取れてなくて」
会場の高い所に行き見える位置に向かうと確かに炎が上がっている。
今、怖い思いをしているのは俺じゃなく後輩達だ。
自分の出来る事をしなければならない。
「分かった。申し訳ないが、俺は親父の護衛で参区にいて引き返す事が出来ないんだ。谷川を呼んでくれ、こき使ってもらって構わない。それと児玉さんなら数時間前に会ったから今頃、自宅にいるんじゃないかな。黄泉先生でも良い、其方に連絡出来る人に頼んでくれ。それと後で情報共有しておきたい。民家に被害があるなら尚更データが欲しい。修理費も親父伝で頼めるしな」
「的確な指示ありがとうございます。流石、先輩。頼りになりますね」
「旭はもっと凄いぞ。頼み事が多くて済まないが、資料が出来たら集会を開きたい。俺や谷川も参加する。皆に伝えてもらえるか?」
「はい。データ収集なら私にも頼もしい後輩がいますし適任かと。久しぶりに全員揃いそうですね」
「...旭や青葉もいてくれたらもっと良かったんだけどな」
最後、そう呟き浅間との通話を終えた。