第捌話 挫折
「ねぇ、あの子。朱鷺田家の息子さん?随分と、仲良しなのね」
「この前も腕を組んで歩いてる所を見たわよ。本当、この町はどうなっちゃうのかしら」
そう2人を見ながらヒソヒソ話をする婦人達の声を旭は聞き逃さなかった。
むしろ、入ってきてしまうと言った方がいいのかもしれない。
「旭、どうした?」
「いや...ここは人も多いし、ちょっと遠回りだけど違う道から行こうか?」
「分かった、旭が望むならそれで良いよ」
なんとなく、旭も分かってはいたのかもしれない。
自分達の距離感が他の幼馴染や親友と違う事に。
「あっ、旭!みどり君!良いな、谷川さんも旭の腕借りようかな。歩かなくて済みそうだし」
「ダメだ!谷川は楽したいだけだろ」
そんな中、同じく幼馴染の谷川は偏見も無く自然に俺達と付き合ってくれる貴重な人物だ。
まぁ、マイペースで気まぐれな所もあるけど嫌いじゃないな。
「縁さん、近所の方から聞いたわ。旭さんのことが大好きなのね」
「はい。旭は俺の唯一の親友で俺の事を1番だと言ってくれる大切な存在です」
その言葉をお袋はしっかりと受け止めてくれる。
しかし、そのあと悲しい表情をした。
「ねぇ、縁さんは旭さんの為に全部捨てられる?この家も、私達も」
「...え?」
そんな事、一度も思った事はなかったし考えた事もなかった。
しかし、お袋が真剣な表情で言うので自分も誤魔化す事なく考えてみた。
「家族は大事だ。...親父とは喧嘩する時もあるけど、別にこの家を貶めたいとか、泥を塗りたいとは思ってない。でも、時々。こう思うんだ。自分の人生を生きたいって。与えられるばかりの鳥籠の鳥じゃなくて、外に出たいって」
「そうね。縁さんは綺麗だもの。外に出たらもっと輝くわ。太陽があれば尚更ね」
そのあと、俺とお袋はお互いに笑みを浮かべた。
しかし、そのあと足音が聞こえ其方を睨みつけた。親父だ。
「親父か、また俺の説教しにきたのか。飽きないな」
「そうだ。縁、お前は自分の立場が分かっていない。朱鷺田家の後継者として、外に出ても恥じない振る舞いをしろと散々言った。政治は信用第一、有権者からどう見られるのかを重視しなければいけないんだ。旭との関係はこの際目を瞑る。表に出すな」
その時、途轍もない怒りに襲われたのを覚えている。
今思えば、恋の予兆だったのかもしれないな。
「なんだよそれ!大切な人と一緒にいて何が悪いんだ!表に出して何が悪い!俺は、俺の大切な物を知ってる。それを邪魔される筋合いはない!」
「はぁ...そうだな。話を変えよう。お前の行動で旭が傷ついているのは知っているか?周りからどう言われているか?お前には話す事は出来ないだろうがな」
「別に話さなくても、話してもらえなくても旭の目を見ればわかる。...確かに、最近笑顔が減ったように思うけど」
「縁、旭を思うなら軽率な行動をするな。自分の立場をわきまえなさい。今度、角筈に視察にいく。お前もついて来なさい。勉強になるだろう」
「分かりました」
その後日、俺は親父共に角筈に向かう事になった。
その夜、親父は仕事の都合で俺と別れる事になる。
まぁ、そんなのカモフラージュで愛人にでも会っているのだろうと心の中では軽蔑していた。
「縁、私は職場に戻るからお前1人で帰りなさい。確か、印を持ってただろう。自分で使うか、運び屋に頼みなさい」
「分かりました、それではお気をつけて」
隠すつもりもない程の他人行儀な挨拶し、俺は親父と別れた。
親父から解放されると背伸びをした。どれだけ町長の息子であることが窮屈か分かってもらえると思う。
「はぁ、疲れた。ここはいつ見ても煌びやかだな。実家の近くとは大違いだ」
角筈は沢山の商業施設や行政機関が立ち並ぶ煌びやかな町だ。
ネオン街も多く、目が潰れそうになるほどだった。
そんな時だった、俺は見知った人を見かけた。
「あれ、旭じゃないか?どうしたんだ、こんな所で?」
旭の肩を叩くと珍しく挙動不審になっている。
珍しい事もある物だと自分自身も目を丸くしていた。
「と、トッキー。どうしてここに?」
「親父の仕事に連れまわされてさ、今やっと解放された所だったんだ。ここはいつも華やかだな。旭はどうしてここに?」
「いや、えっと...飲もうと思って。行きつけのBARがここの近くにあるんだ。俺にとっては凄い落ち着く所でさ、お前を送ってやりたい所だけど先約があるんだ。じゃあ、また今度な」
「ふうん、凄いな旭。二十歳で行きつけの酒場があるのか。大人だな。なぁ、俺も案内してくれよ。旭の酒の好みも知りたいし」
「いやぁ、トッキーには刺激が強すぎると思うけどな。お前より、鞠理を誘う方がまだ良いと俺は思うけど」
「なんだよそれ、谷川は良くて俺はダメなのかよ。近くなんだろう?俺もついていく。拒否権はないからな」
そのあと、俺は新しい世界へと飛び込む事になる。
正直、旭が夜遊びをしてる人間だとは思わなかった。
でも、何故だろうか?そんな旭も良いなと思ったし、寧ろそう言う面をもっと知りたいなと思うようになったのだ。
「やだぁ、旭ちゃん!その子が前に言ってた本命?可愛いじゃない。綺麗な顔しちゃって!」
「そう、本命も大本命!ママ、いつものちょうだい」
「...」
ポカンと口を開ける俺を他所に旭は店のママと呼ばれた男性に声をかけている。
いつもの、と言うぐらいだ。かなり通っているのだろう。
ここに来るまでにも沢山の男性を見て来たが、皆容姿端麗で男前が多い印象がある。
自分も幼い頃は愛らしさを、今もそうだし当時も美しさに固執していたのもあり親近感を覚えた。
「ねぇ、幼馴染ちゃんは何にする?旭ちゃんとお揃い?」
「えっと、じゃあそれで」
俺は戸惑いながらも旭と同じテーブル席に座った。
正直言って、他の客を見るのが怖いという心理もあったが案外、普通の生活で見かけるような人達も多く、男性だけという事を除けば普通のBARと変わりなかった。
「ここ、いつも良く来るのか?」
「まぁ、そうだな。ここにいると落ち着くんだ。同じ悩みを抱えてる人もいて相談にも乗ってくれるし。最初は怖かったけど、ここが自分の居場所なんだなって実感出来てからは顔を出すようにしてる」
旭の優しい笑顔に俺も嬉しくなる。
「そうか、俺は旭が楽しそうにしているならそれで良いよ。それにしても、ここは男性が多いな。どう言う所なんだ?」
「えっとねー」
「ママ!トッキーは純粋だから一から十まで話すなよ!絶対に頭、大混乱になるからな。教えるなら俺が直接教える」
「やだー!旭ちゃん、いやらしい!自分好みに染め上げるつもりなんでしょ。はい、梅酒2つね。後はごゆっくり〜」
そのあと、ママは他の客の元へと戻って行った。
「本当にもう。えっとな、俺達が今いる所は男性もそうなんだが皆が自分らしくいられる場所なんだ。ほら、俺もお前も世間からの重圧に晒される時があるだろう?この前もそうさ、腕を組んでる事を近所に晒されて俺は気まずかった。別にお前の事が嫌いとかではないんだ...寧ろ」
「ひゅー」
他のスタッフから冷やかしが入り、旭は赤面しながらも話を続けた。
「嬉しかったんだよ。お前に信用されてるって、心を開いてもらえてるってさ。でも、俺は怖かった。周囲の目が、声が。ごめん、俺はそんな強い人間じゃないんだ。だからここにいる。それだけは伝えておきたいんだ」
その言葉に俺はハッと目を見開き、頬を染めた。
暖色の店の照明のせいか、空調のせいなのか分からないがカッと胸が熱くなったのを今でも覚えている。
自分の思いと旭の思いが一緒だった事に気づき嬉しくなったのだ。
「ありがとう、教えてくれて。そうだな、確かに居場所があるって言うのは大事だよな。自分も良く言われるんだ。朱鷺田家に恥じない振る舞いをしなさいって。でもそれは家のルールであって自分のルールじゃない。自分は自分のルールで生きたいって思う事がある。本当にどうしたら良いんだろうな」
そう言うと旭は俺の手を優しく握る。
旭から手を握ってくれたのは幼い頃以来の事で、久しぶりの事だった。
手を繋いだり、腕を無神経に添えていた自分はとんでもない事をしていたんだなと今でも恥ずかしくなる。
ただ、とても嬉しかったし幸せだった。
心臓が高鳴るのを自分自身でも感じていたし、この後死んでしまうのではないかと思う程の言葉を旭は口にする。
「縁、俺と駆け落ちしよっか」
「...!?」
「きゃー!旭ちゃんが告った!今、告ったわよね!駆け落ちだなんて!言ってくれるじゃない!」
「...え?」
余りの言葉に俺は動揺した。顔、耳、全身を赤らめ汗をかく。
目も泳ぎ視点も定まらない。
しかし、その手を離す事はしなかったし。出来なかった。
いや、寧ろ離さまいと強く握っていたと思う。
いつもそうだ、旭は俺の背中を押してくれる。
家という鳥籠を抜け出す案も考えてくれた。
「あのさ、俺達幼い頃に運び屋ごっこやった事あるだろ?調べたらさ、角筈と俺たちの実家の近くを担当してる運び屋っていないんだよ。ここは人も多く集まるし、ビジネスにも打って付けだ。需要もある。地元でも業績を上げれば少しは俺達も楽になるんじゃないかな?人が流れてくる可能性もあるし、ここの文化を地元にも知ってもらう良い機会になるしな」
「確かに。旭は直ぐ良いアイデアを思いつくな。流石、親父に気に入られてる事はあるよ。ちょっと調べてみよう。確か、運び屋のビジネスの行動範囲は申請が必要だったはず。協会で話を聞いてみるか」
そのあと、直様俺達は申請書類の作成に取り掛かった。範囲は角筈と越後までとなる。
しかし、周囲はそれを許してはくれなかった。
当日、俺は親父に呼び出され協会に行く事が出来なかった為。旭に頼んでいた。
どうして、こう言う時に彼のそばにいてやれなかったのかと今でも悔やんでいる。
「児玉のおじさん。久しぶりだな。今日はわざわざありがとう、来てもらって」
「いや、俺はパシリみたいなものだからな。気にするな。新しい運び屋の門出を祝わせてくれよ」
そのあと、敷島会長と面談し書類を提出した。
後は判子をもらうだけなのだが、会長は戸惑い中々印を押してはくれなかった。
「...やっぱりか。協会の方にも圧力がかかってるのか」
「いえっ...違わないですね。ごめんなさい。認めてあげたいけど、今はこの印は押せません。朱鷺田家の子息が、男性同士で同居してるって噂になってるの。その2人が運び屋になる。余りにも...」
「少し良いか。確かに角筈はそう言う地域がある事は俺も知ってる。有名だからな。でも、俺や光莉の行動範囲にも同じくあるはずだ。俺達が出来て、2人は出来ないなんてそれは立派な差別だ」
「良いよ、児玉のおじさん。敷島会長が言ってるんだ。本人でもどうしようもない時がある。庇ってくれてありがとう。でも...ちょっと心が折れそうになるな。俺とトッキーにとっては思い出の場所だからさ」
「担当地域は後で変更も可能です。今は無理でもいずれ希望が叶うかもしれない。それまで2人には我慢を強いてしまう事になるでしょう。本当にごめんなさい」
敷島会長は席から立ち上がり深々と頭を下げた。
旭はそれを受け入れ、児玉さんと共にその場を後にした。
児玉さんはそのあと、無線で何処かに連絡を入れているようだった。
「やっぱりダメか。本当、どうしようもないよね。世間も人も」
「光莉、そんな事言うなよ。だが、今回は俺も納得出来てない部分も大きい。なんとか2人には希望通りとはならなくとも運び屋をやって良かったと思ってもらいたいんだ」
「でも玉ちゃん。何か策でもあるの?」
「それを今から旭に説明するよ」
通話を終了させると児玉さんは旭に向き直った。
「旭、俺の知り合いにお前達に良く似た奴がいるんだ。相方も理解のある女性で、お前達の事も受け入れてくれるとおもう。と言うか、理解した上で結婚してるっていう中々の変態っぷりだ。面白いだろう?俺もアイツらのことが大好きなんだよ」
「へぇ、世の中にはそんな人達もいるのか。確かに、会ってみるだけの価値はあるし仕事するならそう言う奴らと一緒にしてみたい。担当場所は何処なんだ?トッキーへの良い土産話にもなりそうだ」
そのあと、氷川にて山岸と青葉に後日会う事になる。
新婚夫婦と聞いていたから、俺達の事をどう思うのか少し不安もあったが2人とも性格も容姿も爽やかな人だったので仕事をする上では全然問題なさそうだった。
「いやぁ、噂はこっちにも入って来てるよ。中々のガチ勢なんだとか。朱鷺田家とか本当に名門中の名門だしな。親の許可とかも難しいだろうに」
「まぁ、母親は理解のある人だし。親父はやっぱり1人息子で後を継いで欲しいって思ってるみたいだけど、旭の事は幼い頃から目に掛けてて気に入っているから俺達を引き剥がすみたいなのはしないし、出来ないんだ。最終的に母方の実家を借りて一緒に住んでるっていう形にはなるけど比較的自由にはさせてもらってる」
「素敵ね。幼馴染でルームシェアしてるって事でしょう?やっぱり2人っきりって言うのが良いのかしら?」
「どうなんだろうな。確かに楽と言えば楽だけど、トッキーが寂しがり屋で俺も運び屋業務で側にいてやれない時も多いし。2人が納得する形で同居人を増やすって言うのは考えてる」
旭の言葉に俺は脇腹をこづいた。
「俺達も人数には縛られず、良い人がいれば迎え入れたいなとは思ってるよ。児玉さん達も検討してるみたいだし、2人に囚われないで寧ろここが始まりだと思ってやってるよ。最近、気になってる男の子がいてさ。凄い可愛いんだよね、小さくてさ。上手い事お近づきになれないかなって画策してる」
「あら?この前は行きつけの歯医者に男前がいるって言ってなかった?ちょっと、寿彦さんストライクゾーン広すぎじゃない?貴方らしいけど」
そのあと、山岸や青葉と別れ俺達は自宅へと戻って来た。
「面白い奴らだったな。でも、良い人そうで良かった。周囲にもこう言う人達がいてくれれば良いんだろうけど難しいだろうな」
「それが理想だろうけど、それが出来たら苦労しないよ。旭、気を落とさないでくれ。チャンスは幾らでもある。とは言え、この先も何があるかわからない。それでも、この思いだけは残しておきたいんだ」
「そうだな。俺も諦めたくはない。どうにか実現させたいって思ってる。それまで、俺の側にいてくれるか?」
「勿論。どれだけ引き裂かれても、側にいられなくてもこの願いは叶える。必ずだ」
旭と朱鷺田が訪れた場所は完全に新宿二丁目のゲイバーですね。
今回、この2人のBL要素を確信に持って行ったのがコレです。
「新宿を起点、又は延伸する計画があった事」ですね。
解説の方で詳しくかいていますが本編、小話集を読み直した時にある説を思いついたのですが正直グレーで立証に持っていくのが難しい状態でした。
史実要素でそれに繋がる物があるかな?と精査した結果こうなりました。
これ、完全に旭。胃痛というかストレスマッハだったでしょうね。
飲まないとやってられないですよ。
作者にとっての優しい人は、直ぐ居なくなってしまう人、普段は怒らないですが見切りをつけるのも早い人というイメージがあるので旭もそんな性格にしていますが、彼は我慢強いですね。良く頑張ってくれてると思いますよ。