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鉄壁の運び屋 零ノ式 ー記憶の欠片ー  作者: きつねうどん
第3章 長いトンネルを抜けると
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第漆話 別離

自分で言うのも何だが、俺は幼い頃から旭以外の男全員大嫌いだった。

勿論、親父もだ。正直言って自業自得だとおもう。

幼いながらに知っていたのだ、親父が外で女を作って遊んでいる事に。隠し子までいると聞いた時には背筋が凍った。

「あんなの人間じゃない」と。


だからこそ、自分が男である事を認めたくなかったしいつも優しく気丈に振る舞う母親が裏で泣いてるのを見て、いても経ってもいられなくなり女装を始めた。

そうすれば母親も喜んでくれるし、何より男でいなくて良いのだから一石二鳥だった。

母がくれた白に赤いリボンをつけたワンピースが自分の鎧だった。

赤い髪を伸ばし、飯事や人形遊びをした。


しかし、周囲はそれを許さなかった。

親父含め、朱鷺田家の親戚が俺を本来の姿に戻そうと躍起になっていたのだ。

本来の姿?そんな物何処にもないくせに。余計なお世話だと思った。

俺は母親と一緒にいればそれでいい。そう思っていた。


「縁さん、さぁ。ご挨拶して、旭さんよ」


「ゆかりちゃん。はじめまして、あさひっていうんだ。よろしくね」


「...ときたゆかり...です」


5歳の時、初めて旭に会った。

正直、隠し子でも連れて来たのではないか?と残酷なまでに思ったがそうではなく、没落し、影に潜めていた旧家の子息だった。

親父の伝なのは気に入らないが、俺は旭もそうだし谷川と会えた事は今でも幸せに思っている。


ただ、それからと言うものの俺が一向に女装を解かない事を周囲は焦っていた。正直、ざまぁみろと思っていた。

旭は俺というか、ゆかりちゃんにとても優しかった。


一緒に飯事や人形遊びにも付き合ってくれたし「おむこさんになって」と言えばすぐさま野花で指輪を作ってくれるぐらいには紳士だった。

親父から「嫁にはいけないよ」と言われたら「じゃあ、あさひをムコいりさせます」と言い返す事もあった。


俺は旭の事を気に入っていた。

ただ、本人にはそれが重圧だった事は否めなかった。

あの日、旭が家を出て行った日。俺は初めてアイツに恐怖した。


「鞠理、随分と早起きだな。まだ寝てなくていいのか?」


「お見送りぐらいさせてよ。荷物はとりあえずそれだけでいいの?」


「あぁ。必要な物があったら取りに戻るよ」


今朝、いつもの依頼者名簿を見た時。異変に気づいた。

俺や谷川の名前はあるのに旭の名前がないのだ。

と言うより、旭の仕事が俺に引き継がれていると言う状況だった。

除名は引退を意味する。それは運び屋の中の常識だった。


「あ、旭!...その荷物どうした?...まさか、出て行くとか言わないよな?」


その言葉に谷川は下に俯いた。

そう、玄関。旭の足元にはボストンバッグがおいてあった。


「そのまさかだ。俺達は長い事一緒に居過ぎた。これからはトッキーと鞠理がこの仕事を担っていくんだ。俺が居なくても、大丈夫になるまで帰らないつもりだ。後は頼む」


仕事に復帰し、これからと言う時に旭が離脱した。

その前から、薄らと旭への思いを自覚し始め。

お互いに一からやり直そうと誓い合った矢先での出来事だった。


「...何で。何でだよ、旭!いっその事、俺達の事は二の次で良い。お前はこの仕事を誇りに思っていた!誰よりも実力があった!キャリアを手放してまでしたい事って何なんだよ!」


そのあと、俺は旭に冷酷な目で見下された。

いつも、澄み切っていた空色の瞳は氷や吹雪へと変わっていた。

こんな表情、今まで見た事も無かった。

俺は気圧されるまま、壁際にズルズルと倒れ伏した。


「思いは常に伝えてあるはずだ。じゃあ、鞠理。後は頼んだぞ」


「うん、旭。気をつけて」


「...」


旭は俺達の事を思い、この組織から離れた。

分かっている、いつも成長させてくれるのは仲間と一緒にいる時じゃない。自分の気持ちと向き合っている時だ。

その機会を最初に得られたのが、見合いの時だと言うのだから本当に皮肉だと思う。


「はぁ、これで残るは2人か。キツイな」


親父に唆され、見合いを受けなければならなくなり次の時間や場所を1人目で使った料亭の廊下で確認していた。


正直、この時までは良い方がいるならお受けしようという考えはあった。

自分自身、温かい家庭には憧れがあったし子供との一緒に過ごす時間も考えると心が穏やかになる。


「...旭に会いたいな。今どうしてるだろう」


ポツリと出た自分の言葉に戸惑いを隠せなかった。

今は見合い中だ。親友の事を考えてどうする?と自分に喝を入れた。


ただ、何故だろうか?見合い中、目の前の女性と話していると胸がモヤモヤしたりズキズキ痛むのだ。

一種の罪悪感に苛まれているようで怖くなった。

見合いが終わる頃には完全にフラフラ状態で多忙な旭に助けを求める事は出来ず、不本意ながら谷川に頼む事にした。


「みどり君頑張り過ぎなんだよ。早く片付けたい気持ちはわかるけどさ、ペース配分を考えないと」


「言われなくても分かってるよ。ただ、ありがとう助かった。仲間がいるっていうのは本当に良いな」


自室の布団で寝込んでいると、谷川がウンウンと頷きながら熱湯で濡らしたタオルを持ってきた。

流石にお断りしたが、彼女の気遣いの気持ちだけは受け取っておこう。


「谷川さん、夕方まではここにいるからさ何かあったら呼んで。どうする?何か薬でも持ってくる?黄泉先生を呼ぶ程じゃないと思うけど」


「そうだな。何か、見合い中胸焼けが凄くて。チクチクすると言うか、苦しくなるというか」


「みどり君、そんな少女漫画の定型文みたいな事言わなくて良いから。そのあと「俺って何か病気なのかな?」とか言うんでしょ!それか、高齢化のどちらかだね」


「なっ!俺は真剣に言ってるんだぞ。茶化すのは良してくれよ」


その言葉に谷川は口笛を吹きながら誤魔化そうとしている。いつもそうだ、本当に底が見えないと言うか何というか。


「今日はお赤飯かな。みどり君はお粥の方が良いと思うけどね。愛しの旦那様に作って貰えば?」


「谷川、お前は本当に何言って...」


そのあとだった。ドタバタと足音が聞こえる。

何事かと思ったら旭が駆けつけてくれたようだ。


「トッキー!鞠理から聞いた、見合い中に体調崩したって」


「ギリギリ見合い後だけどな。大丈夫だよ、谷川に助けて貰ったし。安静にしてれば治るからさ」


「...そうか。ごめん、力になってやれなくて」


そんな寂しげな旭の顔を見て、俺も悲しくなるのは何故だろうか?

しかし、その様子を見た谷川が笑顔でこう言ってくれた。


「ねぇ、旭。みどり君にお粥作ってあげなよ。あっ、塩鮭は禁止ね。と言うか、塩分全般禁止!ただでさえみどり君は高血圧なんだから。長生きしてもらわないと」


「ははっ、だってさトッキー。お前の好きな醤油も使えなさそうだ」


「余計なお世話だよ、全く」


そのあと、言葉通り旭がお粥を作ってくれた。

味付けはシンプルなもので、卵やネギ以外無味に近かったが病人はこれくらいが良いのかもしれない。


「いつもトッキーに作って貰ってるからな。こう言う時は頼ってもらえると嬉しいんだ。どうだ?味の方は?」


「まぁ、そこそこ。やっぱり塩気が足りないな」


そう言うと旭は笑い出した。

揶揄われているのは分かるが、旭の笑顔を見るのは嫌じゃない。寧ろ、もっと見ていたいと思うのは変だろうか?


「塩鮭は体調が治ってからな。何か、鞠理が胸焼けしてるって言ってたけど見合い中に食事でもしたのか?」


「いや、話だけだよ。でも、今日の俺は何処か可笑しかったんだと思う。見合い中も旭の事を思い出すし、会いたいなって思ったり。不思議だよな」


そう言うと旭は急に足を抱えながら踠き始めた。


「足、攣った!足、攣った!トッキー、お前のせいだぞ」


「はぁ?何で俺のせいになるんだよ。こっちは真面目な話をしている時に。まぁ、でもお前達といると飽きないよ。こうして側にいれば、心も落ち着くし穏やかになるしな。こう見えて感謝してるんだ。得に旭には長年世話になってるしな。いつもそうだ、俺に優しくしてくれる。疑問に思う程にな。何かお返し出来たら良いけど、俺にはサッパリだからな。旭、何か欲しい物はないか?何でも良いぞ?」


「今はないよ。俺が求めるのはお前達との穏やかな時間だけだ」


「本当に?もし、町にないなら外だって構わない。俺はお前の為なら嫌だけど親父に頭を下げられる」


そう言うと旭は穏やかな笑みを浮かべながらこう言った。


「トッキー、そうじゃない。そうじゃないんだよ。俺は見える物を求めたりしない。元々、そう言う性格だからな。強いて言うなら...」


そのあと、旭はジッと此方を見つめてくる。

晴天のように透き通る空色の瞳は全てを見透かしているようだった。

何故か居た堪れなくなり、視線を逸らそうとするといつものように旭がニコリと微笑んだ。


「まぁ、気長に待つよ。今日は良い収穫があった。俺も仕事に戻らないとな。安静にしてろよ。トッキー」


「旭みたいに足攣らないから安心しろ。何があるか分からないんだ。気をつけてな」


そのあと、旭は去ろうとするが何か思い出したかのように慌てて彼を引き止めた。


「どうした、トッキー?」


「いや、あのさ。俺、お前にめちゃくちゃ失礼な事しなかったか?」


「失礼な事?何の事だ?」


言っても良いのか?悪いのか?いや、言わないといけないんだろうなと思いながら口を開いた。


「俺、凄い女々しい事してた。いや、頭おかしいだろって事ばかりしてる。やっぱり病気なのかな」


「あー、凄いなトッキー。ちゃんと自覚出来たんだな、偉いぞ。そうだな、もうちょっと節度を保ってもらえると俺も嬉しいかな」


「いや、もう絶対にしない!...でも、昔角筈に行った時。“嬉しかった”って言ってくれたような気もするんだよな。旭?」


俺が旭の方を向くと、そこに既に彼はいなかった。

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