第肆話 団子鼻
「(すっごい視線を感じる。もう、森園。俺の事が好きなんじゃないかな?イケメンって辛いな)」
冗談はさておき、学校の休み時間にダチと一緒に飯を食っていると森園青葉が読書をしながら此方を偶に見つめてくるのだ。
視線を其方に向けると誤魔化すように本へと視線を戻した。
正直、森園について俺の知ってる情報は無いに等しい。
クラスメイトもミステリアスな美女という扱いで絡みに行くという事もしないようだった。
口を揃えて、遠巻きに見てるのが良いと。流石、校内ミスコン準グランプリと高嶺の花扱いだった。
「あっ、そうだ。今日、放課後調理室借りてお前達の差し入れ作ってくるよ。明日、まとめて作った奴持ってくる」
「出たっ!山岸の彼女面!美味いから余計に腹が立つ」
「モテないお前達が悪いんだよ。俺以外から欲しいなら野球ばかりじゃなくて彼女も作るんだな!」
そんな冗談混じりの会話をしているのを青葉さんは聞き逃していないようだった。
放課後、調理実習室でお菓子を作っているとゆったりとした足音が聞こえてくる。
何か戸惑うような、何度も立ち止まっては進んでそれを繰り返しているように思える。
「何?怖いんだけど」
調理室は自分だけ、不審者でも来たのかとドン引きしていたが正体を知ると首を傾げた。
「森園?何してるの?」
「あっ...えっと、ごめんなさい。良い匂いがするなと思って。お邪魔だったかしら?」
「いや、別に。もう片付け始める所だったし。丁度、味見役がいてくれれば良いなと思ってたんだ。森園、頼めない?」
周囲はお菓子の匂いに包まれているのに俺達の動きは甘いどころか不自然でぎこちなかった。
何で自分は森園を招き入れたんだと後悔するレベルだった。
もうヤケだと彼女の目を見る事なく、調理器具を洗っていた。
「(もう早く帰るか、入るかどっちかにしてくれ!)」
彼女は入り口で立ち止まり入ろうとしない。
これでは埒が空かないので、出来たクッキーを一つ彼女へと持っていった。
「バターと小麦粉の代わりに豆腐を入れてある。味気ないかもしれないけど、健康には良いから。どうぞ」
「やっぱりそうなのね。ありがとう、頂きます」
「(えっ、やっぱりって何!?不審者より森園の方が怖くなってきた)」
背筋を凍らせながら彼女のリアクションを見ていると頬が緩み微笑んでいるように見えた。安心してる?そんな風にも見えたのだ。
「山岸君のね、会話をいつも聞いてたの。凄いなと思って。私ね、幼い頃から太りやすくて実際に丸かったの。でも、それを周囲に指摘されて「団子鼻」って揶揄われて惨めな気持ちになってダイエットしたのは良いけど拒食と過食を繰り返すようになったの」
その時、俺は気づいた。確かに森園は昼時間何も口にしていなかった。本当に読書と刺繍をする子で何かを口にしている所を見た事がない。
だから、尚更俺が作った料理を知りたがっていたのかもしれない。
病を治すキッカケが欲しかったのだろう。
「じゃあ、俺の事も話さないと不公平だな。このあとさ、ラッピングをするんだ。作業の片手間で良いから話を聞いてくれない?」
そう言うと「お礼になれば良いけど」と彼女も手伝ってくれた。
白と緑のリボンを用意し、作業を始める。
「俺さ、好きな子が野球部にいて。未練たらしく差し入れを持って行ってその子に会いに行ってるわけ」
その言葉に青葉は手を止めた。無理もないうちの野球部にはマネージャーもいないし女子選手もいない。完全に男の集団だからだ。
軽蔑されると知りながらも彼女が打ち明けてくれた秘密に出来るだけ寄り添ってあげたかったというのが本音だった。
「その子には自分の思いを伝えた事があるの?」
「ある訳ないよ。今後もするつもりもない。俺はさ、誰かを愛してもその人にとって大事な人にはなれないんだよ。中途半端過ぎて、何者にもなれないんだ」
「ねぇ、女の子を好きになった事はあるの?」
そう言われ、自分よりも明るい若草色の瞳をチラリと見た。
「うーん、ないかな。無意識にはあるかもしれないけど、自分の経験上では皆無に等しい。何?女性とだったら結婚できるからそうすれば?とか言いたいの?」
「いいえ、違うわ!ただね、貴方と一緒にいると落ち着くのよ。貴方がそう言う人だからなのかもしれないけど、私の容姿を見て言い寄ってくる人もいて。本当はそんなんじゃないのにって思う事も多々あって。だから、何にもなれないなんて言わないで。少なくとも私は貴方を必要としているから」
その時、俺は初めて女の子に恋に落ちた。




