第壱拾話 一匹狼
私が運び屋になった理由は早く自立して1人暮らしをしたかったから。
そんな事を言ったら夢も希望もないと言われそうだけど、事実なのだから仕方がない。
ただ、まぁ。周囲がそれを許してはくれないもので親から「彼氏は出来たの?結婚は?」と言われるのが常だった。
それ以外は良い親なんだけどなと思いつつ日々を過ごしていた。
「浅間さん。次の会議の資料、用意してくれる?」
「はい。了解しました」
意外かもしれないが、私は最初協会で事務の仕事をしていた。
最終的に運び屋にはなるつもりでいたのだが、メンバーが集まらない事。研修期間という事もあり、実戦に出してもらえなかったのだ。
本当に平凡な日々だったと思う。でも、それを変えてくれたのが先輩達だった。
「失礼します。会議で必要な資料をお持ちしました」
「悪いな、浅間。いつもありがとう。研修の方はどうだ?」
いつも1番最初に話しかけてくれるのは児玉さん。
その次に光莉さん。
2人共、会議の常連という事もあって何度も顔を合わせる機会が多かった。
「実は全然進んでなくて。今は色んな部署のスケットに駆り出されているんです。「浅間さんは1人で何でも出来るから」って頼られる事が多くて。断らないといけないのは分かっているんですけどね。そう言えば、2人分席が空いてますけど。どなたですか?」
そう言うと彼の隣に座っていた光莉さんが口を開いた。
「旭と朱鷺田の坊ちゃんだよ。無理もないね、最初から担当希望も叶えてもらえなくて言わないけど、協会に対して不満を持ってると思うし。今、結構バダバタしててさ。何か、人事異動の話も出てるんだっけ?玉ちゃん?」
「あぁ。部署変えって奴だな。何か、スポーツ関連のイベントがあるみたいで結構大規模らしいな。それに合わせて、組織委員会を立ち上げるって話だ。会場に人を運ばないといけないからな、運び屋も必要になるだろうし。何か、既視感あるな。俺達の時もそうじゃなかったか?」
その会話を他人事のように聞いていた私だったが、まさか自分が巻き込まれる事になるとは思っていなかった。
「〜♪よし!準備終わり。早く職場に行かないと」
就職祝いにと母親に買ってもらった口紅を引いて、私はいつも通り協会へと向かった。
「浅間さん!丁度良かった!あのさ、和田から信濃までを担当する運び屋がいないんだ!これじゃあ、会場に人を運べない!研修中で悪いけど頼めないかな?」
職場に入った途端、上司にそう言われ顔を真っ青にした。
ただ、皮肉めいた事に赤い口紅を使っていた事もあり上司には健康そうに見えたようだ。
私は瞬く間に現場に駆り出され、運び屋としての業務を行った。
しかも、それで上手く言ってしまったのが更なる悲劇を生む事になる。
「あの、私の机はどこですか?」
「何言ってるの浅間さん!もう貴方も立派な運び屋じゃない!こんな所にいないで、自分の仕事をしていらっしゃい」
繁忙期も終え、職場に戻ったのですが私の居場所はどこにもありませんでした。
前途多難、その言葉が良く似合うと自分でも思います。
そうです。私は1人、取り残されてしまったのです。
「はぁ、どうしてこんな事に」
月夜の晩、依頼を済ませ帰路についている時でした。
目の前に月よりも目立つ運び屋が現れたのです。
不幸が続く私が会って良いものかと動転しましたが、結果的に良かったのだと今でも思います。
「君かな、ソロで運び屋をしている子というのは?今日は下見に来たんだ。ここは壁と隣接していないし、危険区域ではないけど仕事だからね」
「あの...貴方のお名前は?」
「僕の名前は黄泉幸慈。Dr.黄泉と呼んでくれたまえ。何かあったら、このコードを使ってくれ、直ぐに駆けつけるよ」
そう差し出されたのは「925」と書かれたメモだった。
私は彼を案内しながら、ある質問を投げかけた。
「あの、貴方は通常業務につかないんですか?光莉さんや児玉さんのように表に出て活躍する事だって出来たと思うんですが」
「愚問だね。僕はDr.黄泉だ。幸運を運ぶ運び屋、それが揺らぐ事はないよ。お嬢さんの検討違いだ」
何故だろう?何か聞いて欲しくないように思えるのは?
「貴方って、人を運んだ経験はあるんですか?沢山、機材を持ってますけど」
「...あるよ。でも失敗した。業務中に依頼人が死亡したんだ。僕は自分に自信を持っていた。誰よりも素晴らしい運び屋である事を自負していたんだ。それからは無残な物さ、通常業務が出来なくなって僕はラボに閉じこもるようになった。怖かったんだ。また同じ事を繰り返すんじゃないかってね」
その言葉に私は目を見開いた。
Dr.黄泉でさえ人の安全を保証出来ない運び屋という職業の過酷さを。
自分は幸運だと思う。誰一人として目の前で失った事などないのだから。
彼に起こった唯一の不運。噂に聞けば、誰一人としてこの話を聞いた事がないのだという。一匹狼同士、通じるものもあるのだろう。
この後も私は彼の力に頼る事も多かった。
一人で運び屋をする事はリスクが常に付き纏う。
仕事の相談もする事が多かったがいつも思っていた事がある。
孤独な彼に付き添ってくれる人はいるのかと?




