第3話 エスコート?
書き直しループにどっぷりはまり込み、思ったよりもだいぶ更新が遅れてしまいました。
ストックがない自転車操業状態ですが、キリがないので投稿します。
馬車に三人が乗って御者のエンゾーさんが扉を閉める。
私は馬車の後ろに回って車輪などを確認してから、エンゾーさんに手を引いてもらって御者台の隣に座った。基本、案内人はお客様と一緒に中には乗らない。ここが定位置だ。
最初は思いのほか高くておっかなびっくりだった御者台だけど、ここは見晴らしがいいので大好きになった。馬車に乗ってるのに進行方向を見られるのがこんなに楽しいなんて知らなかった。
ちなみに観光用の馬車の中は四人掛けのシートになっている。エンゾーさんが言うには、体格のいい大人の男性四人が座っても余裕のあるつくりらしい。両脇に開閉可能な大きな透明ガラスがあって、外の景色も存分に楽しめるのだ。
しかもこの馬車は車輪も大きめで、衝撃を抑える工夫がしてある特別仕様らしい。この町の中心部は石畳とは違う特殊な素材で舗装されていることもあって、馬車で走っていてもびっくりするくらい揺れが少ないの。
高貴な方を乗せるには武骨な見た目だけど、安全重視でとても快適な車なのだ。
馬車は観光協会が力を入れてるとは聞いてたけど、乗ると本当に納得!
王都や実家のほうなんて見た目は美しいけど所詮は石畳。公共の乗合馬車なんてガタガタして苦手でここでも避けてたんだけど、固定観念はダメだとしみじみ思ったわ。
しばらく走っていると馬車の方は窓を開けたらしく、夫人の楽しそうな声が聞こえてくる。フォルカー様の事をたまに「ユーゴ」と呼んで慌てて訂正しているのが聞こえちゃったけど、あーあー、聞こえません。私はただの案内人です。何も知らないし気づいてませんよ。
仲のよさそうな家族に微笑み、最後まで楽しんでいってもらいたいなと改めて思う。
「よし、今日も頑張るぞ!」
軽快に馬車を走らせるエンゾーさんの横で、私はこぶしをグッと握った。
「今日も気合が入ってるね、ロキシー」
「もちろんよ、エンゾーさん。精一杯頑張るわ!」
軽快に馬車を走らせるエンゾーさんに頷くと、彼は日に焼けた顔をクシャッとさせて笑った。
「うんうん。あんたのお客さんはみーんな楽しそうだからなぁ。今日もきっと、笑顔で満足してくれるさ」
「そうだと嬉しいな」
エンゾーさんは、繰り返し指名してくれるお客様も多いのだというベテランの御者だ。たぶん五十歳くらいだと思うんだけど、どこか親戚のおじいちゃんみたいな雰囲気がある人だ。まだ数週間の付き合いだけど、この人の馬車なら安心、みたいな感じがするのよね。
いつか私も、「ぜひこの人に」と思ってもらえる何かが出来たらいいな。そんな目標ができたきっかけを作ってくれた一人なのだ。
(それにはまず、気を抜くとつい自分を否定しちゃう癖を直すのが第一目標ね)
そう。まやかしでしかない今の自分を、いつか本当にできる日がくるように……。
◆
最初にウィッケ伯爵一家を連れて訪れたのは、町の西側に建つ湖上美術館だ。
今から百五十年前に建てられたこの建物は、かつて北部一と呼ばれていた大貴族ジョエル七世が最愛の妻コレットのために建てた城で、今は美術館として一般公開されている。少し離れて見ると湖の中に建っているように見える人気観光スポットの一つなの。
伯爵自身は若い頃訪れたことがあるそうで、夫人と来たいと思っていたとリクエストされた。美術館を見た後は湖で釣りをしたり食事をしたりする予定だ。
「到着しました」
エンゾーさんが扉を開けると真っ先にフォルカー様が下りてくる。続いて伯爵が夫人に手を貸しながら降りてきた。
「懐かしいね」
目の前の風景を見てそう言って伯爵が、夫人を見て優しく目を細めた。
「いつか君に見せたいと思ってたんだ」
「一緒に来ることが出来てうれしいわ」
ふんわり微笑み返すシビラ様。
それはまるで一幅の絵のようで、見ているだけでこちらの頬が熱くなってしまうくらい、素敵な光景だった。
でも、うっとりする私の斜め後ろで、「やれやれ」という声が聞こえた。その呆れつつもちょっとした笑いを含んだ声に驚いてちらっと視線を向けると、フォルカー様が穏やかな笑みをたたえて両親の仲睦まじい姿を見ている。それはさながら、長年の友人たちを見守るような優しい眼差しでとても大人っぽく、なぜか私の心臓が小さく跳ねた。
「ごめんね、ロキシーさん。あの二人はいつもああなんだよ。暑苦しいとは思うけど気にしないで」
「いえ、とんでもない。とても素敵なご夫婦ですね」
私は表面上、案内人の穏やかな表情を浮かべていたけれど、「そう?」と、笑みを含んだまま微かに首を傾げたフォルカー様を前に、心の中は大変なことになっていた。
(ちょっと待って。中身はユーゴなのにフォルカー様の色気にあてられるんですけど! え、ユーゴだよ? 美男子だったことにはビックリはしたけど、それでも彼はあのユーゴなのよ?)
あれはユーゴっ!
そっくりさんかと自分でも疑ってしまうけど、やっぱり間違いない。それでも見たこともないような美しい表情が本当に心臓に悪いと思う。
だいたいユーゴとは、とある事故で二人きりで夜を共にした時だって、互いにほんのちょっとの噂になることさえなかったような関係なのよ。事実をそのままみんなが信じてくれて、邪推さえされないような。
私は地味だから言うに及ばず。
ユーゴは馬術と剣術が飛びぬけて優秀だから、男子からはわりと人気があった感じがするけど、女子からは基本、あのもっさりとした姿と塩対応のせいで遠巻きにされることのほうが多かったのね。私と話してても、愛想がいいとはお世辞にも言えなかったし。友人からは『よく普通に会話できるよね? 怖くないの?』と言われるくらい。
『怖くなんかないわよ。時々腹が立つけど』
そんな風に答えられるほど、私にとってのユーゴは男の子というよりは珍獣というか、むしろ「ユーゴ」というカテゴリ? でしかなかったのだ。
そんな彼とは三年の付き合いだけど、クラスが違ったこともあるせいか、柔らかな表情を見るのは本当に希少で……。
だからユーゴが別人として振舞ってるとはいえ、あまりにも珍しいことされてしまうと動揺してしまうのよ。むしろ正体に気づかなかったほうがよかったかも。
家族がいないと身だしなみを気にしないタイプの人っているけど、ユーゴも多分そのたぐいだったのだろう。
フォルカー様の姿だったら、人気のあった男子たちにもまったく見劣りしないどころかダントツで男前だったでしょうし、むしろ普段の塩対応さえ人気だったかもしれないのにね? もったいないわ。
入り口まで案内しながらそんなことを考えていると、伯爵がふと思い出したとでも言うように、「頼みがあるんだけど」と私を呼び止めた。
「ロキシー嬢。今日は息子にエスコートをさせてもらえないかな?」
「エスコートでございますか?」
思いもかけない言葉に瞬きをしてフォルカー様を見ると、彼も驚いたようにぱちくりと目を瞬かせている。
ここでの案内人の仕事の特徴の一つに、エスコートが含まれるものがあるのは確かだ。たとえば下級貴族や、若者の社交の予行演習としてとか。もしくは商売等がうまくいって早く社交に慣れたい人や、お一人になられたご年配の方をガイドしつつ案内するなんてこともあるとは聞いている。でもそれは、ベテランのスタッフが対応するはずなのだ。
(だから短期仕事の私は該当しないのだけれど……?)
それでも伯爵から「こちらを渡すのを忘れていたよ」と、エスコート追加依頼を受注済みという書面を差し出されれば、否と言えるはずもない。私の意思を尊重するような聞き方ではあったけれど、これは正式な仕事依頼なのだ。
「普段のフォルカーは不愛想でねぇ。これでは家に戻ってからの社交が思いやられるから、いい機会だと思ってね。同世代の娘さんに担当してもらえてよかったよ」
大きく笑う伯爵の横で夫人も「本当に」と頷くので、(あら、やっぱりそうなんだ)と思ってしまった。
しかも、経験にこだわらず担当が私でもいいと了承した理由が、
「ロキシー嬢の、この城のガイドがとても面白いと友人に聞いてきたんだ。楽しみにしてる」
となれば、張り切らずにはいられないわよね?
ガイド初日、自由にやってみていいと言われて会長の前で見せて大うけだったことが、早くもどこかで話題になってたのは驚きだけど。
「承知いたしました。ではフォルカー様、宜しくお願い致します」
苦笑が隠しきれてないユーゴに気づかないふりで、私はきちんと一礼する。彼が少し困ってるようにも見えるのは、美人が相手ではないことの不満ではないことを祈るわ。たぶんエスコートが不慣れだからとか、そんなところよね?
「ああ、よろしく。ロキシー嬢」
それでもなぜか彼の視線に一瞬熱がこもったのが見えてしまい、今何かあっただろうかとドギマギしてしまった。
よく考えると不慣れなのは私も同じなのよ。
六年間も婚約者がいたにもかかわらず、後半の三年間はデートらしいデートをしたことがなかったんだから。
以前より逞しくなっている彼の腕に少し驚くけれど、前からユーゴの隣に立つのは無意識に猫背にしなくても苦痛でなくていいなと思っていた。いつも聞き上手だったし、話すのも苦労はしないだろうという安心感もある。
エスコートされながらの案内は初で少し緊張するけれど、表面上は自分がなんでもない顔をしてるのは分かっていた。
(今日は予想外の事ばかり起こるけれど、仕事をするってきっと、こういうことなのよね)