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第2話 だれ?

 最近では、働く女性の間でなら短い髪の人もいることは知ってたし、見たこともある。

 でも令嬢と呼ばれる女性で首筋が見えるほど髪を短くするのは、年配の方や生まれつき髪が薄い方がかつらをかぶる為だ。――それが私にとっての認識だったわけなんだけど……。


「お姉様、目を開けてもいいわよ」


 セビーに茶目っ気たっぷりに許可され、恐々(こわごわ)と目を開けてみる。目をつむったまま手を引かれて歩くのが少し怖かったものの、連れていかれたのは広間の大きな鏡の前だった。


「えっ?」


 思わず首をかしげると、鏡の中の女の子も首をかしげる。

 正直な話、これ誰? って感じ。


「ロキシー、かわいい!」


 ニーナが手を叩きながら嬉しそうに褒めてくれるけど、え? これ私なの?


「さすがセビーよねぇ、タチアナ様。すごいすごい! おとぎ話の魔法使いみたい」


 驚く程髪を切られたから変わったんだろうなくらいの気持ちではいたけれど、これは予想外だ。だって、ニーナの提案でノリノリになったお母様が口紅を引いてくれただけ。服だって変わってない。

 なのに大きな鏡にうつる自分の姿は、まるで別人だったんだもの。

 コンプレックスだった大きな鼻は目立たないし、セビーがコテでセットしてくれた前髪のおかげか、ありきたりな茶色の目がとても柔らかな雰囲気になってる。厚いだけの唇だと思っていたそれは、今はとても魅力的(チャームポイント)に見えた。


 さらにはしゃぎまくっている継母たちに言われるまま着替えまですると、古典的(クラシカル)なのがむしろしゃれている赤い服に身を包んだ、とても洗練された女性になっていた。

 他人事みたいだって?

 だって、とても自分だとは信じられないのよ。本当に魔法にかけられたみたい!


「私に赤い服なんて、絶対似合わないと思ってた……」


 ぽつりと呟くと、継母が驚いたように目を丸くする。


「まあ、ロクサーヌってば。あなたはアンヌマリー様にそっくりなのよ。彼女の服が似合わないはずないわ!」

「え、これお母様の、ですか?」

 実の母のものが残ってたということ?


「そうよ。彼女のものは何一つ処分させなかったもの」


 なぜ? と不思議に思う私に、継母はいたずらっぽく笑った。


 なんと彼女は、私の実の母の「ファン」なのだそうだ。


「前の奥様のことは肖像画でしか知らないけれど、私と正反対のアンヌマリー様は、アクセサリーも服も、本の趣味だって本当に素敵でね。私が旦那様に一目ぼれしたのは事実だけど、共通の趣味がアンヌマリー様の話だったのよ。全然話が尽きなかったわ」


 そ、それもどうなのかしら。幸せそうだったからいいんだろうけど、意外な夫婦のきずなを垣間見た気がするわ。実は継母が一目ぼれしたのって、お父様よりもアンヌマリー母様の方だったってオチではないわよね?


「ロクサーヌはアンヌマリー様そっくりだったから、大きくなるのが本当に楽しみだったのよ。今なんてほんと、生き写しだもの。旦那様に見せたかったわ」

「生みのお母様も大きかったんですね」


 お母様の服は胸元が余るのが気になるものの、袖も裾も誂えたみたいにぴったりだ。むしろお母様のほうが背が高かったかも?


「そうそう。肖像画では調整してあったけど、本当は旦那様と肩を並べられたらしいわ。かっこよかったでしょうねぇ。あなたのお兄様に気を使って表では話さないようにしてたから、こうして話せるのが嬉しいわ」


 ああ。私にとってはタチアナ母様は実母同然だけど、お兄様にとっては違ったものね。色々気遣ってくれてたんだ……。


 こんな風に服の状態がいいのも、私が成人した時のために手入れをしてきたのと自慢げに話す継母に、私は自然と笑顔がこぼれた。本当に嬉しい。


 一緒にクローゼットを見ていたニーナもニコニコしながらずっと褒めてくれるから、根が単純な私はどんどん気分が上がっていくのを感じる。


「ロキシー、本当に素敵。ほら見て、このドレスなんかも絶対似合うわ。タイトなデザインなのに裾が凝ってる。これを着たらきっと赤いバラの精霊みたいにみえるわね。卒業記念の舞踏会用に少しお直しするといいんじゃないかしら」

「そうね」


 パートナー不在だし参加もしたくなかったけど、それはセビーに頼めばいいかも。


 でもセビーに髪を切ってくれたお礼を言って、パートナーの話をしようとしていた私は、上機嫌なニーナの次の言葉に思わず固まった。


「明日のお仕事もきっとばっちりね! こんな素敵な女性に観光案内してもらえるなんて、幸運なお客様だわ」


(なんてことなの。すっかり忘れてた!)


  ◆


 短期のバイトとはいえ仕事の約束を忘れるなんて、私はよっぽど舞い上がってたんだと思う。普段ならあり得ないうっかりだ。


 観光案内(ガイド)の仕事はニーナのお母様の伝手だった。彼女のお兄さん、つまりニーナの伯父様が観光協会の会長なの。貴族の観光が増える時期なので、知識を生かせる私ならちょうどいいと請け合ってくれたらしい。学園の紹介状もあったせいか、休暇の予定が仕事でほぼすべて埋まったこともありがたかった。


(髪がぐちゃぐちゃになってもいいと思ってたなんて、あの時もどうかしてたけどね)


 この二週間。お客様の評価は上々だと、観光協会の会長からも褒めて頂いた。

 髪や服装を変えると同時に猫背もやめたら、自然と笑顔が増えた。そのせいか奥様方からの受けもよいのはいい誤算だった。

 もともと年配の方には可愛がってもらえる方だったけど、短い髪の意外さがウケたみたい。

 男性のお客様では渋い顔をする方が多かったけど、ガイドが終わるころには皆さん「短い髪の女性もいいもんだねぇ」なんてニコニコするようになってたのが嬉しい。


 夏に行われる幼い王女様の侍女選考会のことを教えてくれたのも、お客様の一人だ。

 もしその気があるなら推薦状を書いてあげましょうと、親切に言ってくださった夫人も数人いたくらいだ。想像以上に身分の高いお客様が多いのも驚き。うちは傍系にしかすぎないけど、同じ学園出身というのも親しみやすかったのかも?


 そのせいか(あくまで冗談だけど)、うちの嫁にと言ってくださる方もいたし、しっかり顔をあげると世界が変わるものなんだなと不思議な気がする。


 実母の服をお直ししてくれる継母の腕も、セビーのヘアメイクの腕も、それから毎日のようにニーナが言ってくれる「ロキシーは紅薔薇の乙女ね!」という言葉も、くすぐったくも背筋が伸びる感じがし、すべてが魔法みたいだった。


(よし、今日もお客様に楽しんでいただこう!)


 気合を入れて、いつものように事前情報をチェックする。

 今日のお客様は、ある高貴なご家族のお忍びだ。しかも案内は三日間という上客。


 とはいえ、ただの案内人(ガイド)である私には本当の身分などが伏せられていて、私の手元にあるのは仮の名前と好みや希望などのちょっとした情報だけ。

 その仮の身分を正しいものとして、何か気づいても知らんぷりする。そのうえで、協会の専門家とも相談しながら観光プランを組むのだ。

 本当だったら遅くとも数か月前には予約があるものなんだけど、急遽思い立ったらしく飛び込みのお客様だとか。だからこそお忍びなんだろうね?

 手が足りないとはいえバイトの私でいいのかという不安もあったけど、同世代のお客様がいるからむしろいいのではということになったらしい。責任重大だ。


「えっと、オーディア国のウィッケ伯爵と夫人のシビラ様。それからご子息のフォルカー様か。ふむふむ。ご子息の成人祝いを兼ねた、最後の家族旅行か。仲がいいのね。んー、ご子息が同い年だけど、知り合いではないわよね?」


 お隣の国であるオーディアは、現国王同士が親戚で国同士も仲がいい。私が通ってた学園にも留学生は何人かいたけれど、高貴な身分だと言う学生の話は聞いたことがないと思う。

 もっとも、万が一同級生の一人だったとしても、今の私なら絶対誰か気づかれないだろう。見た目もそうだし、仕事中は学園では誰も呼ばなかった愛称ロキシーで通してるし。


 少しだけワクワクしながら待ち合わせ場所に立っていた私は、後ろから声をかけられてドキッとした。


「すみません、ロキシーさん。待たせてしまいましたか?」

「いえ、時間通りですわ」


 にっこり笑って今日の客に返事をしたけれど、背中に変な汗が流れる。

 中年の男性が差し出した観光案内所発行の紹介状には、ウィッケ伯爵ら三人の名前が記されている。今目の前にいるのも、誰がどう見ても親子だという三人だ。


 でも私は声をかけてきた息子の方を見ないよう、ニコニコしながら伯爵たちの相手をするのに必死だった。


 夫妻の後ろに立っているのは浅黒い肌をした、うっとりするほどの美丈夫だ。声をかけてきたのは、間違いなくこの人。

 見たのは一瞬。でも強烈に印象は焼き付いた。


 私よりも背が高く、がっちりした体を包む旅行者らしいラフなスーツ。

 青みがかったような黒い髪は後ろで無造作にまとめられ、広い額にはこぼれた幾筋かの前髪が無造作にかかってる。

 眉は凛々しく、濃いまつ毛に縁どられた目は黒に見えるくらい深い青。

 意志の強そうな口元が今は魅惑的な弧を描き、親しみやすい印象を与えている。


 どんなに姿が変わっても、この背の高さ、この声は間違えようがない。元々声の聞き分けは得意なのだ。

 私は心の中で思わず呻いてしまった。


(なんでなんでなんで? ユーゴ・ヴァレルがどうしてここにいるの? というか、いつものもっさりスタイルはどこにやったのよ~!)


 知り合いの可能性を想定していたとはいえ、あまりにも予想外すぎ!

 ああでも、よくよく記憶を探れば、たしかにユーゴはオーディアの出身だったわ。

 クラスが違ったこともあって、実家の話なんてお兄さんがいることくらいしか聞いたことはなかったけれど、勝手にうちみたいな傍系だと思い込んでいた。うちの学園は次席までが学費免除だったんだもの。下位貴族や庶民ほど成績にどん欲だと思うじゃない。だいたい皆そうだったし!


(しかもお忍びでの仮の身分が伯爵ってことは、普通に考えてもっと上位ってことよね。いやだぁ、気づきたくなかったぁ)


 心の中は大嵐でも、表向きは穏やかな案内人の顔をして挨拶を済ませる。気を抜かない限り感情が(おもて)に出ない質でよかったわ。


「それではご案内させていただきますね」


 高貴な人を観光所の馬車に乗せてもいいのか一瞬悩んだけど、これはお客様の希望なんだと切り替える。幸いユーゴの方も私に気づいた気配はない。向こうも私が気づくとは思ってないわよね。お互い普段とは違い過ぎるもの。


(そうよ。これはお仕事。ええ、お仕事ですとも。私は何も気づいてませんし知りません)


 にっこり笑った私に伯爵ご夫妻が笑顔を返し、ユーゴ……じゃない。フォルカー令息が甘やかな笑顔で私の右手を取ると軽く唇をあてた。


「よろしく、ロキシーさん」

「……はい」


 ねえ、心の中だから叫んでもいいかな?


(いやぁぁぁ! あなたいったい誰なのよ~!)


 美男子の洗練された一挙手一投足って心臓に悪いわ。普段のもっさりに戻ってくれないかしら?

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[良い点] ヒロインとともにヒーローまで大変身とは。 楽しくなってきた〜!(*´艸`*)
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