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8 お父様は娘の顔を忘れていました

本日二度目です。朝に6話と7話を投稿しています。


 ()()()雨は一度降り始めると、途中からリアム君のまじない付きの日傘を差しても止むことはない。

 最初はしとしとだった雨が、夕刻にはバシャバシャの本降りに変わり、舞踏会を邪魔するように雷雲がゴロゴロと不穏な音を立てて蠢いている。

 この横殴りの雨では王宮の庇のある車寄せでも、濡れずに入場するのは至難の業だろう。


 この国の求心力は、なんといっても王家の持つ女神の「豊穣」の加護である。この加護があるからこそ貴族や民は王を認め、王は王でいられるのだ。

 収穫祭に続き、凱旋の祝賀である晴れの日に土砂降りの雨が降る。凶事の前触れだと感じる者も少なからずいるに違いない。

 エリアナの降らせた雨は、盤石だった王家の権威に小さな綻びを生み出そうとしていた。


 そんな大人の事情など慮る余裕があるはずもなく、エリアナはワンワン泣いている。泣いて、泣いて、また泣いて、瞼がパンパンに腫れあがり、何かあったということは誰の目からも明らかであった。


「エリアナが成長したから、わからなかったのかも知れないヨ? ああ、泣かないで。キミに泣かれると、ボクの胸もギュッと苦しくなるヨ」


 リアム君が懸命に慰めるが、エリアナの涙は止まらない。

 

「グズッ……でもお父様と目と目が合ったのよ? 近くでハッキリと。わからないなんてこと、ある?」


「ウ~ム……あるようナ、ないようナ…………?」


 リアム君がしどろもどろになると、エリアナの泣き声が一層大きくなった。


「お父様()私のことなんて忘れちゃったんだわ……ううっ……」


 エリアナの瞳は藍色だ。銀の光を宿すそれは、バーレイ家の龍神の加護を持つ者に現れる特有の色味である。

 出兵直前に嫁いできた義母はともかく、当主代理であるエリアナの父はそれを知っていた。しかも亜麻色の髪は父親譲りだ。母親の面影だってある。

 どれだけ成長しても会えばすぐにわかるはずだとエリアナは考えていたのだ。


「あとはキミを証明する物といったら、あの金の懐中時計だヨネ」


 エリアナはグズッと鼻を啜ると頭を振った。懐中時計の入ったポシェットをそっと上から撫でる。


「それでも忘れられた事実は変わらないわ。それにこれを持ってたら誰でもお父様の子になれちゃうってことじゃない? それじゃ納得いかないのよ」


「そうだよナ~」


 リアム君は青年姿になってエリアナの頭をよしよしと撫でている。

 寄り添うのにもう少年姿では釣り合いが取れなくなっていた。あと数か月もすれば十六になるのだ。貴族の中には結婚する令嬢も出てくる年齢である。

 エリアナは涙を拭いて、鼻をかんだ。


「もう、こうなったら」


「ン?」


「一人で生きてやろうかしら」


「ボクが一緒だから一人じゃないってば」


「そうだったわ。でもリアム君は二人で一人みたいな感覚だから」


「ン。まあ、好きにしなヨ。ボクはキミの味方だからサ」


「外国に行くって言ったら、ついてきてくれる? あ、でもこの国を離れたらダメなのかしら」


「そんなことないサ。空は続いているんだ、ドコへ行くにもキミの自由サ」


「でも女王陛下が…………」

 

 貴族が外国で暮らすには女王の許可がいる。表向きは有能な人材の流出を防ぐためとしているが、本来の目的は神の加護を国内に留め置くためである。その証拠に他の貴族は申請さえ出せばすぐに認められ、外国へ嫁ぐ貴族令嬢も多いのに対し、加護持ちの二家門に限っては一度も申請が下りたことがない。


「そんなの王家の事情だろ? 都合よく爵位と金で縛ってサ。ホントにキミのことが必要なら、どーんと公爵位でも授けるべきだったんだヨ」


「言われてみればそうよね。なんで伯爵だったのかしら」


「公爵位なんぞ与えて、加護持ちに叛意があったら厄介だからだろ。高くもなく低くもない爵位。狭すぎず、豊かでないけど不便でもない領地。バーレイ家が不満を持っても、力をつけても困るのサ」


「みんな勝手ね」


「そうだネ」


 エリアナはリアム君と話しているうちに冷静になってきた。

 皆、自分のことを忘れて好き勝手している。だったらこっちも自由に生きてやろうという気持ちになった。長く領地に閉じこもっていたぶん、もっと外の世界を見て回りたいという欲もあった。


「よし、私は外国に行くわ!」


 エリアナが意を決して宣言すると、リアム君は「やっと元気になったネ」と嬉しそうに笑った。


 夕食の席に着くと、エバおばさんとベティが驚いて急いで冷やしたタオルを持って来た。

 

「ど、どうしたんだい、エリー! 失恋でもしたのかい?」


 エリアナは冷えたタオルを腫れた瞼に当てながら、エバおばさんの的外れな推理が可笑しくてついクスっと笑ってしまう。


「ほら、私のぶんも食べな。元気がない時ほどきちんと食べなきゃ。お腹さえ満たせば、気力はそのうち湧いてくるから」


 ベティが自分の皿からチキンのソテーを分けてくれる。

 ザガリーの家は温かい。エリアナの瞳に、引っ込んだばかりの涙が再び溢れ出した。


 偶然、父親に会ったけれど、自分のことがわからなかったのだと話すと、二人は「親なのに子どもの顔を忘れるなんて!」とエリアナの代わりに怒ってくれた。


「まあ、私なんて生まれたときから孤児院にいたからね。親の顔なんて知らないし、家族に夢見たこともないわ。期待するから辛いのよ。エリー、愛に血の繋がりなんて関係ないんだからね」


 ベティは辺境の孤児院で育った。王都に憧れていた時、たまたま辺境を通りかかったザガリーに拾われて今のメイドの職を得ることになったのだ。そのせいかベティは人にも住む場所にもあまり頓着しないところがある。恋人と別れても「ご縁がなかったのよ」とあっけらかんとしている。

 そんな彼女にエリアナは救われていた。


(姉がいたらこんな感じなのかしら)


 思えば二歳年下の義妹とはまともに話したこともない。義母によって意図的に遠ざけられていた気がするし、父親が家を出て間もなくして離れに住むことになったからだ。

 あの人たちとは家族になれなかったけれど、ベティやエバおばさんのように家族同然に接してくれる人たちもいる。ベティの言う通りだ。もうバーレイ家に囚われるのはやめようとエリアナは思った。


 心に迷いがなくなると、次にやるべきことが見えてくる。エリアナは気持ちの切り替えが早いタイプだ。うじうじ考え込んでいては、伯爵邸のあの離れではやっていけなかったのだ。


「ねえねえ、リアム君。東西南北、どの国がいいと思う?」


 ゆっくりお風呂に浸かったあと、エリアナは髪をタオルで拭きながらリアム君に尋ねた。

 西は終戦したばかりでゴタゴタしていそうだし、南は暖かくてのんびりできそうだ。北は寒いが雪を見てみたいと思ったりもする。

 うーん、と唸っていると、青年姿になったリアム君がニッと笑う。


「キミは、ホントに呑気だよネ」


 バサバサッと数冊の外国語の本が手渡される。


「何よ、コレ!?」


 またリアム君のスパルタ教育が始まったと、エリアナはげんなりするのだった。


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