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6 毎日が楽しいです

 エリアナにとって、イーストン商会で過ごす日々は新鮮だった。

 売り上げを計算して帳簿につけるのも、書類を外国語で清書するのもバーレイ家のあの離れにいては出来ない経験だ。

 ザガリーの邸宅では使用人部屋の一室を与えられ、休みの日には掃除や洗濯を手伝った。時々、料理を教えて貰っている。

 充実した日々を送るなか、あっという間に時が過ぎてエリアナは十四歳になっていた。

  

「エリー、悪いがこれも頼むよ」


 経理長のピエールが大量の伝票を持って来た。もう夕方に近い時間だったがエリアナは嫌な顔をせず「はい!」と元気に返事をする。腕まくりをして次々と伝票を処理していく。

 よく働くこの少女にピエールをはじめ従業員たちは好意的だ。

 訳ありだと薄々感じているのだろうが、ズカズカと踏み込んで来ない節度ある距離感を有難く感じながら、エリアナは懸命に働いていた。


「手伝うよ」


 隣席のビリーが伝票を半分持ってゆく。彼はエリアナより三年先輩で、何かと面倒を見てくれる。

 経理の仕事を一から教えてくれたのもビリーである。


「ありがとうございます!」


 エリアナが笑顔でお礼を言うと、ビリーの顔が赤らんだ。

 

「そう言えば、もうすぐ収穫祭だけど、エリーは行ったことがある?」


 年に一度、秋になると収穫祭が行われる。神殿の前で来年の豊作を祈る儀式が行われ、街はいろいろな屋台が出店し夜まで賑わうのだ。

 主立った貴族は神殿の招待を受けるが、エリアナは収穫祭に参加したことはない。雨が降るからだ。


(ザーザー降りになったら、お祭りが台無しだものね)


 女王のガーデンパーティ以来、招待状も届かない。きっと自分の存在など忘れられているのだろう。


「いいえ。ずっと王都にいなかったし、いたとしても親の許しが出なかったと思います」


「ええっ! 収穫祭には子どもだって参加するのに?」


 どれだけ厳しい親なんだと仰天するビリーに、エリアナは苦笑いしかない。


「はい。ウチは厳しいんです」


「行ってみない?」


 ビリーの誘いにドキンと心臓が跳ねた。ときめきとは違うヒヤッとした狼狽の気持ち。夜に日傘を差せば、怪しまれるのがオチだろう。 

 どう断ろうか、角が立たない理由をアレコレ考えているとピエールが助け舟を出してくれた。


「その日、エリーはザガリー会長と約束があるからダメですよ」


「そ、そうなんです」


「そっか、じゃあしょうがないよね」


 しょうがないと納得しながらも、ビリーは残念そうに肩を落とした。

 

「さあ、口より手を動かさないと帰れなくなっちゃいますよ」


 ピエールに指摘され、二人は慌てて伝票を処理し始めるのだった。


 エリアナはザガリー邸の自分の部屋に帰ると、はぁ~とため息を吐いた。


「なんだ、なんだ?」


 リアム君がチョロチョロと姿を現す。

 イーストン商会で働き始めてから、リアム君は再びしゃべるヤモリに戻った。王都へ来るまでの大活躍はどこへやら、今は暇さえあればエリアナの肩の上で昼寝ばかりしている。


「収穫祭があるんですって」


「行きたいの?」


「ううん。商会の先輩が誘ってくれたのだけど、断るのに嘘ついちゃってなんだか心苦しいの」


「行けばいいじゃないか」


「無理よ。雨が降っちゃうもの」


「雨が降ったら悪いのかい? 実りは雨あってのものだろう。それなのにキミを招待しないなんてサ。だから王家の加護が弱くなるんだヨ」


「王家の加護の力が弱まっているの!?」


 この国はずっと豊作続きだ。民が飢えずに生活できるのは、王家の「豊穣」の加護のお陰なのだ。その力が弱まることは、決して良いことではない。


「そうだヨ。当代の『晴れ』の加護も弱いけど、次代の『豊穣』の加護はもっと弱い。そもそも三つの加護は調和で成り立っているんだ。ちゃんとバランスがとれていれば、キミが収穫祭に参加したくらいで、ザーザー降りになんてなるものか。キミの加護がちょっとくらい……かなり強くてもネ」


「言われてみれば、お母様は毎年式典に参加していたわ。お母様の加護が弱いのかと思っていたけど違うのね」


「ハルフォード家の先代の加護もそれなりに強かったのサ。ま、なるようにしかならないヨ。キミが気に病む必要はないサ」


「そうね、私にはどうにもできないもの」


「そうそう。せっかく王都に来たんだし、収穫祭に行ってみようヨ」


「リアム君がそう言うなら、行ってみようかしら」


 ほんの少しだけ――。

 雨に降られたら、その時はその時だ。なにより久しぶりに日傘なしで外を歩いてみたかった。



 収穫祭の日、使用人たちが出かけた後に、こっそりとリアム君と神殿に向かった。

 日が沈む頃、神殿の前で貴族や民衆の見守るなか、神官長の祈りと共に「豊穣」の加護をもつ女王が女神に供物を捧げるのだ。

  

「こっちだヨ」


 青年姿のリアム君が人垣の中に場所を確保すると手招きをする。

 エリアナがパチンと日傘を畳んでリアム君の横まで来ると、厳かに祈りを捧げる銀髪の神官の姿が見えた。

 松明が焚かれ、刻々と近づく夜に炎の色が濃くなった。

 女王が稲穂と麦を捧げ持ち、神殿の入口までゆっくりと進む。初めて見る豊穣の儀式にエリアナは目が釘付けだ。


(い、いよいよクライマックスね)


 ごくりと喉を鳴らしたその時、ポツリポツリと雨が降り出した。


「あ……」


 やっぱりと思ったが、儀式を中断する様子がなかったのでその場に留まった。

 女王は不快そうに一瞬眉をピクリと動かし、そのまま供物を女神に捧げた。跪き、両腕を大きく広げてから祈りの所作を行うのと同時に、ザァーと雨脚が強くなった。

 貴族たちは戸惑うが、女王を置いてその場を離れることも出来ず濡れたままになった。民衆の人垣はとっくになくなっている。

 リアム君はフードのついたマントをエリアナの肩に掛けると「行こうか」と言って、その場から連れ出した。

 雨宿りできる場所を求めて人々が走り去ってゆく。屋台の店主は急いで店を畳んでいた。お祭りどころではなくなって、商売あがったりに違いない。


「なんだか迷惑かけちゃったわね」


「だけど、たまには雨もいいもんだヨ」

 

 リアム君は雨に濡れて気持ち良さそうにしている。雨の加護の霊獣は水が好きなのだ。


「うん、私も雨が好きよ」


 エリアナは雨の日に紅茶を飲むのが好きだ。辺りが静かになって雨音だけが聞こえてくると、日々の喧騒を忘れさせてくれる。社交から弾かれた寂しさも、父親がいない現実も、明日への不安も。


 ザガリー邸に着くと、一足先に帰っていたメイドのベティさんやエバおばさんが、タオルを持って来てくれた。

 

「風邪を引くといけないから早く風呂にお入り」


 エバおばさんは世話焼きだ。義母がこんな人だったら良かったのに。

 そう思いながらエリアナは、びしょびしょに濡れて肌に張り付いた服を脱いだ。


「これであの女王だって、嫌でもキミのことを思い出すだろう」


 お風呂に入っている間、リアム君がひっそりとほくそ笑んでいたのをエリアナは知らなかった。


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