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18  逃げましょう

 月明りを頼りに暗い部屋の中でトランクに荷物を詰め込んでいると、リアム君からクレームが入った。


「ちょっと、ちょっと、これから逃げようって時に、その紅茶まで持っていくの?」


「だってソフィアから貰った茶葉だもの。置いていけないわ」


 まだすべてのお茶を試していないし、落ち着いたらリアム君と利き茶を楽しむつもりだったのだ。

 エリアナが力説すると「う……ん、そういう事なら仕方ないね」とリアム君は渋々譲歩した。


「ともかく夜明け前にはここを出よう。あの口ぶりだと益々監視が厳しくなるだろう。彼らが油断している今がチャンスだ」


 いつもの茶目茶髪の平凡な青年の姿に変身すると、リアム君は「荷造りしている間に様子を見て来る」と言って部屋を出ていった。

 

(やっぱり住人たちの生温かい視線は監視だったのかしら)


 エリアナが散歩の度に、なんとなく見られている感じがしたのは気のせいではなかったようだ。


 動きやすいワンピースに着替え、いつものポシェットを掛ける。トランクの中には少しの着替えとソフィアから贈られた紅茶と日記帳。白い日傘を小脇に抱え出発の準備が整うと、リアム君が戻って来てフード付きの外套を手渡した。


「準備はいいかい? 今なら見張りも少ない。行こう」


 リアム君はひょいとトランクを抱えるとエリアナを導いた。


「あ、ちょっと待って」


 便箋にサラサラと置手紙を残してから、エリアナは真っ暗な廊下をリアム君と手を繋ぎ密やかに進む。


(なんだか駆け落ちみたい!)


 物語のようなシチュエーションに、エリアナはドキドキしていた。不安はない。繋がれた手は力強く、決して離れることはないと分かっていた。


 二人が向かった先は厩だった。既にがっしりとした黒い軍馬が一頭、入口に用意されていて、リアム君は手際よく荷物を積むとその背に跨った。


「雨が降り出す前に距離を稼ごう。しっかり掴まって」


 リアム君はエリアナを馬上に引き上げるとすぐに出発させる。最初はゆっくりと、屋敷を離れてからは徐々にスピードを上げた。

 馬での移動に日傘は使えない。エリアナは外套のフードをしっかりと被った。


 暫く無言で馬を駆けた。シモンズ伯爵の館からは大分遠のいたように感じる。しかし、穀倉地帯だけあって領地は広い。彼らの勢力圏から脱するのに、道のりはまだ長そうだ。空が白み始めている。

 リアム君は馬を停止させ、エリアナに水筒を渡す。

 エリアナはゴクゴクと水を飲んだ。ずっと水分を取っていなかったので、喉はすっかり干からびていた。


「休憩させてあげたいけど、雨が降り出しそうだ。もう少し頑張れるかい?」


「もちろんよ」


 聡いシモンズ伯爵のことだ。雨が降れば、すぐにでもエリアナの脱走に気づくかもしれない。運が良ければ朝食まで時間を稼げるだろうと目算を立てるが期待はできない。

 エリアナは水筒をリアム君に返すと伸びをして体をほぐした。


「そういえば、あの置手紙にはなんて書いたの?」


「えーと、『愛する人と幸せになります。探さないでください』って。ほら、突然いなくなって、誘拐と間違えられても困るかと思って」


「キミって人は……」


 エリアナのストレートな愛情表現に、リアム君は、はにかんでいた。


 再び馬を走らせると雨が降り出してきた。雨粒が顔に当たる。しかし、リアム君がスピードを落とす気配はない。

 しとしとの雨が本降りに変わってすぐに遠くから警鐘が鳴り響いた。朝食の時間までにはまだ少しある。やはりこの雨のせいでエリアナの出奔がバレてしまったようだ。


「追手が来るぞ」


 リアム君が耳元で告げる。

 今のうちに出来るだけ遠くへ。

 毅然と前を見据えたその時、向こうから馬に乗った一人の男が駆けてきた。エリアナの体に緊張が走る。

 リアム君も気がついてスピードを緩める。

 旅人らしき男が近づき、顔立ちがはっきりと判別できると、エリアナは意外な人物の登場に驚きの声を上げた。


「お父様っ!?」


 孤児院で会った時より髭が伸びてワイルドになっていたが、エリアナと同じ亜麻色の髪は紛れもなく父クラークであった。

 エリアナが外套のフードを取るとクラークも気がついて慌てて馬からおりてきた。


「エリアナ? エリアナなのかっ! やっと……やっと見つかった! すまん、お父さんがすべて悪かった。許してくれこの通りだ!」


 クラークがぬかるんだ地面に膝をついて、額をこすりつけている。


「お父様、こんな所でどうしたんです? とにかく顔を上げてください」


 エリアナも馬からおりると、事情が呑み込めないまま父親の体を起こした。

 クラークの服は濡れてベショベショ、顔面泥まみれで、その目からは涙があふれていた。


「ああ、おまえが無事でよかった。領地に行ってみれば、あんなことになってるし、いるはずのおまえは行方不明だし、孤児院で会ったのが実はエリアナだと知って…………グズッ……うう…………」


 クラークは感極まって泣き出してしまい、まったく要領を得ない。

 そんな父親をエリアナは憎むことが出来なかった。

 リアム君は「キミたちって、泣き方まで親子だよネ」と感心している。


「お、お父様、落ち着いてください。どうやってここがわかったんですか?」


 エリアナは父親の背中をさすり宥めた。


「グズッ……孤児院のシスターからイーストン商会の従業員だと聞いて後を追ったのだ。東国を転々としているようだったが、ザガリー商会長なら必ず本店に寄るだろうと首都で待ち構えていた。先日、やっと面会してこの領にいると知ったんだ」


 どうやらザガリーの目には、父クラークが娘と再会させるに値する人物だと映ったようだ。でなければエリアナの居場所を教えることはなかっただろう。

 

「ちょっと、キミたち、急がないとマズイよ」


 詳しい事情を聞きたいのは山々だが、リアム君に急かされエリアナも気を引き締める。

 警鐘が鳴った以上、追手は屋敷からくるとは限らない。ここが辺境の軍で組織されているのであれば、いくつか拠点があるはずだ。


「お父様、お話はあとで。追手が来ます。早く逃げなくては」


「な、なんだって!」


 クラークは娘の言葉に仰天しながらも素早く馬に跨る。

 リアム君は周囲を見回して眉を顰める。


「あー、間に合わないかも。どうする? ボクとキミのお父さんでヤツらと戦うか、ちょっとズルするか」


「リアム君、戦うと言っても我々は素手だぞ!?」


 すかさず父クラークの横槍が入った。

 そうこうしているうちに複数の蹄の音が左右から聞こえてきた。エリアナたちを囲い込むように数十人の兵たちが距離を詰めてくるのが見える。


「エリアナ、先に行きなさい。ここはお父さんが食い止めるっ」


 娘を守ろうとクラークの瞳にギラリと闘志が宿る。

 あまりの無謀さにリアム君から「いや、それ死ぬだろう」と突っ込みが入った。追手がすぐ近くまで迫っていた。

 

「リアム君。もうこの際、ズルしちゃいましょう!」


 エリアナが決断を下すと、その瞬間、目の前の視界が大きく歪んだ。


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