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14 東国での再会

 エリアナの旅は順調だった。イーストン商会の一団として東国に来てから、今、三つ目の町にいる。

 東国は大陸の中で一番大きな国で、商人たちの行き来が活発だ。イーストン商会は首都を拠点に、国中に支店が点在していた。

 ここは首都に次いで大きな都市で、常に観光客で賑わっている。

 異邦人だらけの街には様々な人がいて、白い日傘のエリアナの姿を気にする者は誰もいなかった。


「ここはいい国ね。のびのびするわ」


 どんよりと曇った空の下を堂々と日傘を差しながら歩くエリアナである。


「そうだネ。世界は広いってことサ」


 エリアナの肩でヤモリのリアム君が寝そべっている。

 傍から見ればひとりごとを話す変わった少女なのだが、その声はガヤガヤとした雑踏に紛れてしまった。


「あ、ここだわ」


 ザガリーから貰った住所と簡単な地図を頼りに、ある店の前で立ち止まった。

 レイトン紅茶店。小さな看板を確認すると、エリアナは店の扉を開けた。茶葉の良い匂いがしている。


「お嬢様!」


 出迎えられた声の先に、懐かしいソフィアの姿があった。

 ここはソフィアの嫁ぎ先なのだ。彼女は茶葉を取り扱う東国の商人と結婚した。茶葉の小売り店の他に、喫茶店を何店舗も経営している。

 エリアナが訪れたこの店舗はレイトン家の初代が始めた一号店で、二階がソフィアたち家族の住居になっていた。

 優秀な成績で王立学園を卒業した彼女には、侍女より商会長の妻が似合っている。三年ぶりに会ったソフィアの顔からは、そう思えるほどの充実感がにじみ出ていた。

 

(幸せそうでよかった)


 十歳年の離れたソフィアがバーレイ家を辞めた当時は二十三歳だった。貴族令嬢としては行き遅れである。何度も縁談の話が立ち消えになったのは、彼女が自分を見捨てられなかったからだとエリアナはずっと気に病んでいた。

 しかし元気な彼女の顔を見て、ほんの少し救われる思いがした。


「夫には良くしてもらっています。今日は茶葉の仕入れで不在ですが、いつか会ってやって下さい。実は四か月ほど前に子どもが生まれたんですよ」


 そう言ってエリアナを二階に招き入れると、ゆりかごでスヤスヤと眠っている赤子の姿があった。

 母親の顔で子に寄り添うソフィアを見て、女の人生は結婚と出産でこんなにも変わるのだと感心する。


(私もいつか母親になれるかしら?)


 乳の匂いがするふくふくとした小さな赤子を抱かせてもらうと、エリアナの心にじんわりと温かいものが染みわたった。


「お嬢様は出産よりも結婚の方が先ですね」


 感情が顔に出ていたのか、ソフィアが笑う。


「そ、そうね。でも結婚なんてまだまだ先の話よね」


「もう十六歳になったんですから、いつ結婚してもおかしくないですよ。貴族女性は十八歳まで、遅くとも二十歳までにはって感じですから」


「そうなの? ずいぶん早いのね」


「貴族は幼少の頃に婚約することもありますからね。お相手の年齢によっては十五、六歳で輿入れなんてざらにあります。特にお嬢様のように直系が一人だけの家は、跡継ぎを作ることが必須なので」


「あら私、国を出てきちゃったわ。あの家より平民暮らしの方が楽しいんですもの。このままエリーとして生きていこうかしらって思ってたの。跡取りなんて考えてなかったわ。戻らないとマズイかしら」


「あんな家、ちょっとくらい困らせてやればいいんですよ。家が取り潰されてもお嬢様のせいじゃありませんて」


「取り潰されちゃうの?」


「そりゃそうでしょう。跡継ぎがいないんですから断絶です」


「マリエッタが跡を継ぐのかと思ってたわ」


「無理ですよ。直系じゃないから国から許可が下りません。ジェシカ様はそのつもりだったみたいですけどね。まったく何を考えているんだか」


 ソフィアは呆れている。しかし気を取り直したように茶葉の包みをいくつも持ってくると話題を変えた。


「最近、東国では利き茶が流行っているんです。お嬢様もいかがですか?」


「利き茶?」


「お茶を飲んで、どの銘柄か当てるんです」


 店の従業員が数種類のお茶を入れて持ってくると、ソフィアが手本を見せてくれた。


「うーん、これは南国産のフルーツティーね。甘酸っぱい香りがするわ。こちらは……東国産のストレート。味にコクと深みがあるから、最高級のロイヤルね。次は、北国のラベンダーティー。いい香り。リラックスできるわ――とまあ、こんな感じです」


「すごいわ! よくわかるわね」


「これは簡単なほうなんです。北国はラベンダーが名産ですし、こちらは南国フルーツ独特のフレーバーですしね」


 名人になると高級茶だけを並べてその銘柄を当てるという。

 エリアナは言い当てられるほど多くの種類のお茶を飲んだことがない。


「まあ、あんな離れで生活してましたからね。ザガリー邸でも優雅にお茶を嗜むというわけにはいかなかったでしょうし。でもこれからはきっと、ゆっくりと好きなお茶を楽しむ時間くらいは持てますよ」


 ソフィアはいくつかのお茶を見繕うとお土産にと包んでくれた。

 エリアナもエバおばさん直伝のベリータルトとジンジャークッキーを渡す。自分で作ったのだと言うと、ソフィアは「まあ、こんなことまで出来るようになったのですね」と目を細めた。

 早速、それらの菓子に合うミルクティーを入れて人心地つくとソフィアが思い出したように切り出した。


「あ、そう言えば、先日、父から手紙が来たんです。時々、母国の様子を知らせてくるんですけど、雨がね、降らないらしいんですよ」 

 

「雨が降らない?」


「もう何か月も降らなくて、作物の成長に影響が出始めているんですって。とうとう女王陛下と王太子殿下が毎日神殿へ出向かれるようになったそうですよ」


「まあ!」


 エリアナが思い出すのは、収穫祭の儀式で不快そうに眉を顰めていた女王の顔だった。祈ることに意欲的ではない印象を受けていたが、そこまで深刻な事態になっているのかと驚いた。

 

「王太子殿下の加護の力が弱すぎると、臣下たちの間では次代に対する批判的な声も出始めているみたいです。王に相応しくないのではないかと。女王の加護もそこまで強くはないだけに、なかなか悪い噂は消えないようですね」


「だけど代々加護持ちが国王になるのでは?」


「加護に期待できないのなら、誰が王になっても同じという事でしょう」


「なんだか不穏ね」


 継承争いが起きたら巻き込まれてしまいそうだと、父親の姿が脳裏をかすめる。エリアナの胸がちくんと痛んだ。


「こんな時、お嬢様みたいな超雨女がいればいいんですけどね」


 エリアナの正体を知るソフィアは、そう言って悪戯っぽく微笑んだ。

 

 帰り道、「国に戻ろうかしら」と漏らすエリアナに、リアム君はキョトンとしている。


「せっかく自由を満喫しているのに?」


「だって見て見ぬふりも出来ないし」


「まったくキミはお人好しだネ。あれは豊穣の加護持ちが解決すべき問題だから、キミが行ってもどうにもなんないヨ」


 エリアナの心配をよそに、リアム君はあくびをしながら退屈そうに呟いた。


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