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13 それからのバーレイ伯爵家  ~父クラークの決意

「遅いヨ、キミ! 待ちくたびれちゃったヨ」


 しゃべるヤモリを前にして、とうとう頭が変になったのだとクラーク思った。


(今日はいろいろあったからな。疲れているんだ)


 とにかく眠った方が良いと判断して布団に潜り込む。


「ちょっと! わざわざ姿を現してあげたのにサ。その態度はどうなの?」


 そのヤモリはポンッと茶髪の少年に姿を変えると、布団を剥いでしまった。

 クラークは仰天して自分の頬をつねる。どうやら夢ではないようだ。


「どちら様ですか?」


 少年といえども明らかに人外の者だとわかる。自然と言葉遣いが丁寧になった。

 

「ああ、自己紹介がまだだったネ。ボクはリアム君。エリアナの守護霊獣サ」


(リアム君!)


 日記帳にあった謎の人物の名を聞いて、クラークは飛び起きた。使用人名簿にリアムという名前はなく、未だ正体不明だったのだ。と同時に、侍女のソフィアが去ったあと、エリアナは正真正銘の一人ぽっちであの離れに捨て置かれたのだと証明されて胸が痛くなった。

 あの後リアム君が娘を救い、支えてくれなかったら……と思うとゾッとする。

 クラークはベッドの上に正座し、深々と頭を下げていた。


「守護霊様、娘を助けて頂き感謝いたします」


 仰々しい態度にリアム君はドン引きしている。


「あー……キミたちはホントに親子だネ。守護()じゃなくて守護()()だヨ。それにリアム君と呼んでいいから。せっかくエリアナがつけてくれた名前だからネ」


「り……リアム君」


「そうそう、その調子」


「リアム君、エリアナの行方をご存知なら教えてくれませんか?」


 リアム君の表情がスーッと冷えたものに変わった。


「王命のため? それともバーレイ伯爵家の存続のため?」


 心がえぐられる。己の利益のためだと思われているのだ。


「もちろん娘が心配だからですよ」


「その娘の顔もわからなかったのに!?」


 もう既に会っているかような物言いに、クラークは二度目の衝撃を受けた。帰還してから王都を出たのは、今回が初めてだ。いったい、いつどこで会ったというのか。

 もし自分がエリアナならば真っ先にソフィアを頼ろうとするだろう。たしかソフィアの実家の住所は王都だったと使用人名簿の記憶を手繰る。


「まさか娘は王都へ行ったのですか?」


 昨日まで娘が領地にいるものと信じて疑わなかった。しかし王都にいるならば――とそこまで考え、ハッとする。

 自分と同じ亜麻色の髪、前妻と同じ藍色の瞳の少女に会っているではないか。似ているのではない。本人だったのだ。娘がこんな所にいるはずがないという先入観が邪魔をして気づけなかった。


「孤児院!?」


 思わずクラークが叫ぶと、リアム君がニッと笑う。その表情でどうやら正解らしいと察した。

 あの時自分は娘に声を掛けた。他人行儀に、貴族的な高慢さで相手の返事も待たずに通り過ぎた。父親に無視された娘の気持ちは…………。

 クラークは両手で顔を覆った。


「ま、いいや。キミはエリアナのために泣いたからネ。その涙に免じて一度だけチャンスをあげようと思ってやって来たのサ」


 クラークが顔を上げるとリアム君は大人の姿になっていた。そして何やら考えている。


「う~ん、そうだナ、とりあえずエリアナは無事だということだけは言っておくヨ。ま、ボクは優秀だから当然だけどネ。あの子に会いたいならその覚悟を見せるんだネ」


 じゃあ、と去っていこうとして、リアム君は思い出したように止まった。


「あ、そうだ、女王に言っといてヨ。エリアナを無理に連れ戻したら龍神の怒りを買うってネ。女神の加護が弱くなったのは、加護の力を己の欲に利用したからだ。権力を維持するためにネ。収穫祭のお祈りだって、ヤツらはカタチばかりでちっとも心がこもってない。あの子だけが雨降らしの行脚をしたって効果なんてあるはずないだろう? たまには彼らが他人のために必死になって祈ってみればいいのサ」


 リアム君は言い終わるとポンッと姿を消してしまった。


「あっ、待っ……」


 聞きたいことはたくさんあった。だが必要なことはすべて話したのだろうと判断して諦める。クラークはリアム君の言葉の一言一句を反芻した。


(ソフィアの実家、それに孤児院。あとは陛下の謁見だな)


 翌日、クラークは自分の留守をハリスに任せると再び王都へ出発した。



 まずソフィアの実家に向かったが留守だった。貧乏男爵であるこの家に使用人はおらず、トン、トン、トンと扉に訪いを告げる音がこだまするだけであった。

 次に孤児院へ足を運ぶ。定期的にお菓子を差し入れていたという亜麻色の髪と藍色の瞳の少女をシスターは憶えていた。


「お探しの少女はおそらくエリーさんですね。イーストン商会の方です」


 そう教えられてイーストン商会を訪ねるも「ザガリー会長の許しなく従業員のプライバシーは明かせない」と警戒され、ごもっともな意見だとザガリーの邸宅へ向かう。


「会長は東国の本店へ帰られました」


 通いの下働きだという男から東国と聞いてクラークは肩を落とす。駄目で元々だと従業員のエリーについて尋ねてみると「エリーさんは会長に随行したはずです」と意外な答えが返って来た。


(東国!)


 やっと糸口がつかめた。クラークの心に希望の光が一筋差し込んだ。


 早速、女王へ謁見を申し込むと、その日のうちに叶えられた。

 エリアナが龍神の導きにより旅に出たと報告すると女王はピクリと眉を寄せる。


「では、彼女は既にこの国にはおらぬと申すのだな」


 不法な出国である。怒りを含んだ静かな声がクラークを刺すが動じない。覚悟は出来ていた。


「はい。陛下は加護持ちの守護霊獣をご存知でしょうか?」


「聞いたことはある。力の強い愛し子に現れると。たしか七代前の国王がそうだったはずだ。それがどうしたのだ?」


「昨夜、娘の守護霊獣が私の前に現れて告げたのです。『旅の邪魔をすれば龍神の逆鱗に触れる。雨を降らせたくば、王家加護持ちによる全身全霊の祈りを捧げるべし』と。()()()()()()民を想う心が大切だと」


 リアム君のように「祈りに心がこもってない!」「加護を政治利用するな」などと叱咤したいのは山々だが、相手はこの国の女王である。不敬にならないように、丁寧かつ過不足ない言葉選びが重要だ。はたして伝わっただろうか。

 

 女王は思案しながら扇を弄び、やがてゆっくりと口を開いた。


「龍神の思し召しとあらば仕方あるまい。()()()()()を罪に問えば天罰を受けるのは、わらわのほうなのだろう? 民の幸せを願うは王たるものの務め。次代の加護が弱いのは女神からの戒めなのであろうの。このままでは、いずれ王家は加護を失うかもしれぬ」


 女王の明察にクラークは平伏で答える。

 父親としてエリアナを探しに行くつもりであることを告げると、女王は「好きにするがよい」と短く返した。その声にもう怒りはなかった。


 エリアナに会って謝ろうと、クラークは決意していた。


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