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第2話 4

「ラ――ララ――――」


 澄んだソプラノが室内に響き、あちらこちらに色とりどりの燐光が舞い飛ぶ。


 すげえ。俺、歌で精霊光が飛ぶとこ、初めて見た。


 宮廷術士達の大規模儀式なんかで、極稀に見られる光景が、魔法もなしに繰り広げられている。


 兄より若干色の薄い赤毛が、風に揺れるように波打ち、碧の瞳が優しく精霊光達を見回せば、応えるように、精霊光達は色を変える。


 エリスが手を広げれば、それに寄り添うように。手を伸ばせば、そこから放たれたかのように、燐光が舞い踊る。


 そして、それを生み出す彼女の歌だ。


「――殿下……どうぞ」


 ソフィアにハンカチを差し出されて初めて、俺は自分が感動に打ち震えて泣いている事に気づいた。


 いや、人って歌で泣けるんだな。本当にびっくりだ。


「ア――――」


 歌は下町で歌われるような、何気ないもののはずだ。


 お忍びで街歩きした時に耳にしたことがある。歌詞もあったはずだが、下町言葉が強いため、俺達に気を遣って、エリスはあえて単音だけで歌ったのだろう。それでもこの感動だ。


 歌が終わり、室内に静寂が訪れる。


 わずかな残滓を残して精霊光が消えて、エリスは深々と一礼した。


「粗末な歌で申し訳ありません。いかがでしたでしょうか?」


 ソフィアは惜しみない拍手を送り、俺は思わずエリスの手を取って握手した。


「あ、あのっ! 殿下っ!?」


「素晴らしい! おまえにはぜひ、大劇場の落成式で歌ってもらいたい!」


「――え? ええっ!?」


 思わずといった風にエリスは驚きの声をあげ、それに気づいて身を縮こませる。


「これだけの歌を俺達だけに留めておくのはもったいない。


 エリス嬢。おまえの歌は国民に広く聞かれるべきだ!」


 そうして俺は、まくし立てるように大劇場がどういったものかを説明する。


 庶民に娯楽を提供する為のものである事。


 収益の一部が孤児達の養育に使われる事。


 これからも才能がある者は身分の別なく拾い上げる事。


 ああ。俺もエリスの歌に浮かされて、感情が高ぶっていたのかもしれない。エリスの手を掴んだまま、次々と今後の展望を語っていく。


「――殿下。そろそろお時間です」


 ソフィアに声をかけられて、ようやく俺は我に返り、慌ててエリスの手を離した。


「す、すまない。命令するつもりはないし、返事は今すぐでなくて良い。ただ、前向きに考えてくれれば幸いだ」


 そう言って、俺はソファに戻った。


「それじゃあエリス。良い返事を期待している」


「はい。御前、失礼致します」


 そう言い残して一礼し、グレシア兄妹は退室した。


「……正直、マジ驚いた」


 俺はソファから、ずり落ちるようにして呟く。


「わたしもよ。魔道芸術の使い手が、この国にも居たなんて」


 ソフィアはお茶を注ぎ直して、カップを口に運んだ。


「知ってるのか?」


「伝説や伝承の類だから、わたしも詳しくはないのだけれど、ね。

 ――現代魔法使いや魔術師のそれとは、別のアプローチによる魔法だそうよ」


「ふーん」


「あら、興味ないの?」


 意外そうに首を傾げるソフィアに、俺は首を振る。


「あの素晴らしい歌の前には、そんなものは付加価値でしかないだろう」


「大事なのは、あの子の歌ってわけね」


 それはそうだ。現在、エリス嬢は大劇場落成式主演の最有力候補なのだから。


 俺はうなずき、それからふと思い出す。


「学園の話をした時、エリス嬢、少しだが様子がおかしかったよな?」


「あら、珍しい。気づいたの?」


 ソフィアはどこからともなく手帳を取り出し、ペラペラとページをめくる。


 いつも思うんだが、こいつ時々、こういう小物をいきなり出すんだよな。どうやってるのか聞いても教えてくれないんだ。


「あなたがいきなり招待を決めたものだから、昨日一日しか調べられなかったし、裏取りもできてないんだけどね」


 ソフィアはそう前置きして告げる。


「あの子、学園で、ちょっとしたトラブルに巻き込まれてるわね」


「……いじめってやつか?」


 あの器量で伯爵令嬢。


 父は将軍で、兄弟はロイドはおろか庶子も含めて、それなりのポストに着いている。そしてなによりあの歌声だ。


 同位の伯爵家や、それより上位の貴族令嬢にとっては、さぞ目の上のたんこぶとなることだろう。


 責めどころとしては、庶子であるという点だろうか?


 社交界の縮図とも言える、学園での生活を思い出し、俺はため息をつく。


「その辺りの話を聞く為に、次の客人を呼んだのよ」


 と、まるでタイミングを見計らったように、ドアがノックされる。


「――きっと面白い話が聞けるわよ」


 笑みを濃くして告げるソフィアに、俺はため息をついた。


 こいつがこういう顔をする時は、決まって俺が面倒に巻き込まれるんだ。

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