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第9話 3

 二日後、オルター領へと向かうために、ホルテッサ王城を訪れたわたくしは、案内された倉庫で、目の前に繋留された浮船に驚愕した。


 大きさは交易船くらいの大型船だ。


 驚いたのは、そのサイズもさることながら、地面の上からわずかに浮かんでいるというところだ。


 そう。ここは港ではなく、王城の北西にある造船局の倉庫。


 本来なら、ここで造られた船は王城を囲む湖に運ばれて、そこを経由して港へ向かうのだという。


 けれど、この<風切>という名の船は、この倉庫を港としているのだという。


 先のパルドスとの戦で、ホルテッサが空飛ぶ船を用いて勝利したという話は、ミルドニアにも届いていた。


 けれど、もっと小さな船だと思っていたのに。


 ホルテッサが――オレア殿下が領土的野心を持たない事に、周辺国は感謝した方がいいと思う。


 こんなものを量産されたなら、太刀打ちできる国はほとんどないはず。


 だって、国境の防衛が意味をなさないんですもの。


 現にパルドスはそうして、都を直に襲撃されて滅ぼされている。


 少なくとも現在のミルドニアでも無理だ。


「ふむ。これは魔道というより鬼道の領域の技術のようだね」


 わたくしと同じように船を見上げていたゴルダ先生が、その大きな手で顎をさすりながら呟く。


「先生、わかるのですか? 鬼道って?」


「古き者――巨属よりさらに古い、竜や貴属、妖属が用いる力だね。

 帝国期以前の遺跡なんかで、たまに痕跡が見つかるのだが……そういえば、ホルテッサには守護竜がいるのだったね。

 ――恐らくこれは彼女の知恵を借りたのだろう」


 という事は、ホルテッサ以外では、この船は造れないという事なのでしょうね。


 母国の為にも、オレア殿下とは今後も良好な関係を維持していきたいものね。


 そんな事を考えていると、乗船の合図があって、船胴の開いた口に渡されたはしけを伝って、まずは<騎兵騎>から乗り込んでいく。


「あの数の<兵騎>を乗せても飛行できるというのだから、いやはや古き者の知恵と技術はでたらめだ」


 ゴルダ先生は苦笑混じりに肩を竦める。


「どうだい、我が国の技術力は。ミルドニアにも引けをとらないだろう?」


 と、そんなわたくし達に不意に声がかけられて。


「あら、フォルト先生。ごきげんよう」


 わたくしは淑女の嗜みとして、まず彼に挨拶を返した。


 礼儀知らずに礼儀を返さなくても良いという道理はないものね。


 そんなわたくしの内心など露知らず、彼は自慢げに船を指し示す。


「この船の魔道技術には、私の父も携わっていてね!


 いうなれば、我が家は先のパルドス戦役での立役者という訳だ!」


 喜色満面に告げるフォルト先生に、わたくしはため息が漏れないようにするのに努めた。


 ゴルダ先生にこの船は鬼道で造られていると聞く前なら、愛想笑いのひとつも浮かべられたのかもしれないけれど。


 今は失笑しか出てこない。もちろんそれを顔には出さないように努力したわ。


 そこに、わたくし達の背後から声がかかる。


「いや、フォルト子爵の案は、魔道士達を酷使しすぎるから廃案になったぞ?」


「誰だ! そんなデマを言うヤツは――殿下!」


 フォルト先生は声の主を怒鳴りつけようとして振り返り、そこに立つ黒髪の青年に思わずたじろぐ。


 オレア殿下は苦笑しながら、わたくしに視線を移して黙礼する。


 わたくしも腰を落として返礼した。


 それからオレア殿下はフォルト先生に顔を向けて。


「フォルト子爵は自分の案に固執してたから、じゃあ、自分らでやってみろって言ってやったんだよ。

 結果、一メートルも進められずに、実験に参加した魔道士達は倒れた。

 ――フォルト先生、つまらないデマを国賓に吹き込まないでもらえますか」


 オレア殿下は最後の方だけ慇懃な口調で、フォルト先生を睨みつけた。


「――わ、私の聞いていた話に齟齬があったようだ。申し訳ない。

 そうそう、荷物を運び込む用意をしなければ。

 ――殿下、御前、失礼致します」


 そう告げて、フォルト先生はわたくし達の前を去っていった。


「――相変わらず、小物臭がハンパねーな」


 と、オレア殿下は苦笑して、わたくしに向き直る。


 その口調が、本来の口調なのね。


「あの先生は厄介でしょう?

 俺――私も彼には学園に在籍中に悩まされた」


 彼が人称を言い直すのが、妙におかしい。


 そうか。彼は普段は自分の事を俺と呼んでいるのか。


「どうぞ、言葉遣いはお気になさらず。貴方が礼儀を心得ている方だというのは、これまでで良くわかっています」


 わたくしはむしろ、普段の彼が見てみたいと思い始めていた。


 あの街角でわたくしを助けた時の彼が、本来の彼のはずだ。


「――そう言ってもらえるなら助かる。

 なら、君も無理に言葉を整える必要はないからな?」


「わたくしの場合、素がこれなのですわ」


 兄弟達に足元をすくわれない為、徹底して躾けられた為に、もはやこの口調が素のわたくしだ。


 そう告げると、オレア殿下は少しだけ寂しげな表情を浮かべた。


「ミルドニア皇室とは、それほどまでに……」


「生まれは誰にも選べないものですわ。そうでしょう?

 それより殿下、船の中を案内してくださらない?

 わたくしもゴルダ先生も、この船には、すごく興味がありますの」


 わたくしが話題を変えたのに気づいたオレア殿下は、すまなそうに顔を歪めたものの、すぐに笑みを浮かべて、はしけの方に手を差し伸べた。


「そういう事だったら、案内は任せてくれ。

 ――といっても、学者のゴルダ殿にどこまでうまく説明できるか、自信はないけどな」


 オレア殿下の言葉に、ゴルダ先生は頭を掻いてうなずく。


「見せてもらえるだけでもありがたいのである。

 機密などもあるだろうから、説明できない事があるのは承知しているのであるな」


 朴訥に答えるゴルダ先生に、わたくしもオレア殿下も思わず吹き出した。


「それじゃあ、乗船しよう。

 移動しながら、いろいろと説明するよ」


 そうしてわたくし達は、空飛ぶ船――<風切>へと乗船したのだった。

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